表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
63/145

62.名前の無いおんな

 意識がもどると、そこは見知らぬ部屋だった。

 窓の無い部屋。

 出入口と思しき箇所はあるが、把手(とって)も無ければ自動で開閉するでない。

 どこまでもツルリとしているばかりで、何をやっても変化はなかった。

 ひとしきりアレコレ試してみた後、私は諦め、部屋の中を見まわした。

 しろい部屋。

 ぐるりの壁も天井も床も全部がしろい。

 部分的な凹凸も無い。完全なる四角形(キューブ)

 家具調度の類いはつい今し方まで私がその上に横たわっていた寝台が一つ。

 ホテル並み……、いや、それ以上に無個性で無機質なたたずまいの部屋だ。

 そして無音。

 室内に音を発するモノはなく、また室外から伝わってくる音もなにも無い。

 静かすぎて、逆に耳鳴りがするような静寂で部屋の中は満ちあふれている。

 試しに、パン! と両掌を打ち鳴らしてみた。

 音はする。しかし、砂に水が吸い込まれるように、スッと消える感じでひろがっていかない。

 吸音材、もしくは音を相殺する仕掛けがされている。

 空気の動きは感じられないが、室内の温度は快適で、淀んでいる感じもしない。

 空調が完璧にほどこされている。

(じん)(もん)施設だ)

 そう思った。

 理屈ではない。

 直感だった。

 わたしは単なる航宙船(ふな)乗りで、スパイじゃないからその種の訓練などは受けたことがない。

 それでも、それなりの期間、戦闘航宙艦の乗員として働いてきた。だから、きっと、そこを狙われたんだろう。

 自分のおかれた状況を把握した後、わたしは寝台に腰をおろした。

 これからの展開はわからないが、立ったままでいても仕方がない。

(捕虜、か……)

 身体がジワリと冷えていくような感覚。

 と同時に疑問も()く。

 我が国――大倭皇国連邦の宇宙軍組織にあって、わたしが所属している逓察艦隊は、確かに軍事軍略というよりは政治政略方面でより必要とされる高位情報をあつかう戦闘組織ではあった。

 しかし、そうした組織にあっても、わたしはあくまで一下士官兵にすぎない。

 秘匿(ひとく)性の高い情報に接近できる立場ではないし、いわんや直接ふれることなど不可能だ。

 どこの誰だか知らないが、そのことを知らずにわたしを()()したというのであれば、ざまぁと言うしかなくて、すこしは溜飲も下がろうというもの。

 身の安全が保たれるかについては不安だが、同僚、フネ、艦隊に今以上の迷惑がかからないだろうことをせめてもの(なぐさ)めとしておこう。

「あなたはだれですか?」

 声が聞こえたのはその時だった。

「きゃ!?」

 ふいをつかれた感じで、思わずわたしはとびあがってしまう。

 男性のものとも女性のものともつかない中性的な声。

 威圧的なところはカケラもない――いや、感情がいっさい感じられない声だ。

「あなたはだれですか?」

 わたしが黙っていると同じ問いが繰り返される。

 それに対しても応じないでいると、また同じく。

 それが無限と思える程の回数、延々とリピート。

 ついにわたしも降参……、もとい、根負けした。

「能田沙友理! 大倭皇国連邦宇宙軍逓察艦隊所属の、単なる伍長よ! なにが目当てでわたしを拉致したのかは知らないけれど、いずれこんな下っ端だもんでお役になんかは立てないわ! 残念だったわね!」

 機械的というのか、ねちこい相手に、意趣返しもこめて言ってやった、のに……、

「その返答を否定。あなたは能田沙友理ではありません」

 相手がそう言ってきたものだから、思わず息が詰まりそうになった。

「は……?」

 素で声が出た。

「ッ馬鹿なこと言わないで! わたしは正真正銘の能田沙友理だわ! 違うというなら、どうしてわたしを拉致ったのよ!?」

 二重の意味で辻褄のあわないことを指弾した。

 わたしが()()()()()でないというんだったら、どうして拉致などしたのか。

 そして、わたしが能田沙友理だから拉致したのなら、何故違うと言うのか。

 すこし激高気味に言いつのりつつ、しかし、冷静さを保ったままの頭の片隅では、やはり拉致だったか……、と納得していた。

「その返答を否定。あなたは能田沙友理ではありません」

 どこの誰だか知らないが、相手もタフだ。

 わたしが矛盾を指摘したのに、なおも同じ言葉を返してきた。

 これは、実は()()う側()は無人で、(くず)(てつ)しかいないんじゃないか……?

 それで針跳びする音盤みたいに、延々おなじ質問と返答をしか用意できないのではないか?――さすがにそう(いぶか)しんだ時、わたしの正面の壁面が、唐突に色を失い透明になった。

……いや、あるいはその全面がスクリーン状になっただけかも知れない。わからない。

 しかし、そんな事はどうでもよかった。

 問題は、透明ガラス状、もしくは、全画面状態となった壁面にわたしが見たモノ――もしかすると、隣の部屋にいるのかも知れないモノが、おぞましいとしか言いようのないバケモノの姿だった事だ。

「ヒッ……!?」

 わたしはすくみ上がった。

 恐怖。

 嫌悪。

 いずれ、これ以上ないレベルの忌避感で身体が硬直し、反射的に足を床から宙に持ち上げていた。

 わたしが目にした――見せられたモノは、高さ一.五メートルほどの軟体動物。

 テラテラとした腐りかけの肉色と言うか、赤ちゃん肌のピンク色を薄汚くどぎつくした感じと言うか、でろでろに溶けたラードを山と積み上げたような、ざっくり円錐形をしたなにものか、だった。

 目鼻は無い。

 すくなくとも、パッと見、判別することはできなかった。

 ただ、口? だけが、火山の火口よろしく(てっ)(ぺん)ちかくにパカリと大きく開口している。

 生ゴミ、廃棄物としか思えない、思いたくないそれは、しかし、生きている――動物である証にヌラヌラぐねぐね蠢き、いざるように、裾をひきずり脂の尾をひきながらゆっくりゆっくりと動きまわっていた。

 こんな生き物は見たことが無い。

 見てみたいとも思わないし、何故、今、こんなモノを見せられているかもわからない。

 バケモノ。

 まさしくバケモノだ。

 (ボキ)(ャブ)(ラリ)に欠けているだろうが、他に適切な表現をわたしは知らないし出来ない。

 と、

「めずとみお」

 声があたらしい事を言ってきた。

「めずとみお」

 何を言われているかもわからず黙っていると、また同じく。

 さっきと同じく、こちらが対応しないでいると、返事をするまで無限にリピートするつもりなのか。

 わたしは、知らずカチカチ鳴っていた歯を意思の力を総動員して止め、口をひらいた。

 が、

「は、はぁ……ッ?」

 意味を問おうとするも、舌はこわばり、喉は固まったようになっていて、裏返った掠れ声をだすのが精一杯。

 それも引きつった悲鳴まがいな状態で、とてもじゃないが、まともな言葉にはならなかった。

「みおぼえがありませんか?――かれに」

「あ、あるわけが、って、ヒ、ヒィッ!?」

 あるわけがない――そう言いかけて、今度は本当に悲鳴をあげる。

 めずとみお?――そう呼ばれたバケモノが、こちらへ近づいてきたからだ。

 偶然?

 それとも()()()を嗅ぎつけた?

 多分……、いや、絶対、そこにいるのではない。

 アレがいるのはわたしがいる部屋の隣ではない。

 理性はそう(ささや)くけれど、その姿が映像――どこか遠くにいるのを映したものでなく、透明化した壁面のガラス越しに見えているものでは(絶対に)ないとの保証も無い。

「あなたはだれですか?」

 足をもたげただけでなく、ほんの一ミリだってバケモノから身を遠ざけようと、寝台の上を尻でいざるようにして奥へ奥へと後じさるわたしに、また同じ問い。

「だから、能田沙友理だってば! もう何度もそう言ってるでしょう!? ねえ、わたしが知ってることだったら何でも喋る! 協力するから、お願いだから、あのバケモノを止めて! こっちに近寄らせないでよ!」

「このえいぞうにみおぼえは?」

 わたしは必死に懇願する。

 同僚、フネ、艦隊に対する裏切り――後ろめたさがチラと胸をかすめたけれども、なに、たかだか一下士官兵が知っている『秘密』などたかが知れている。と言うか、実際なにも重要な、価値ある情報など知りはしないのだ。それを喋る程度でこの拷問をやめてくれるというなら、いくらでも喋る。

 だけど、

「は!? はぁッ!? な、なにコレ!? 一体全体なんなのよ!?」

 新たに見た――見せられた像にわたしは叫び声をあげていた。

 壁は、やっぱりスクリーンだった。それはいい。今となってはどうでもいい。それより何よりバケモノの姿にかわり、壁面に映し出されたモノが衝撃的だった。

 それは一隻の戦闘航宙艦。

 その貨物積載口から降船していく軽貨物用カート、その運転席に座るわたし。そして、それからカートの荷台に積まれているのが、あのバケモノ。

 あまつさえ、そのバケモノに、でれッでれに(とろ)けた笑みなど浮かべて熱視線をむけているわたし、わたし、わたしなのだった!?

 我が事ながら何だけど、誰が見たところでいわゆる一つの牝の顔してる!?

 は!? ハ!? はぁああァあア……ッ!? こ、こんなの嘘だ、でまかせだ。ありえないにも程がある! こ、これじゃ、まるで……、まるで……、わたしがあのバケモノに……、バケモノに……ほ、惚れ……。

「ぉうッぷ……!」

 突然、こみあげてきた吐き気と、逆流してきた酸っぱいなにかを喉の深くで食い止める。

 しかし、わたしの我慢もがんばりもそこまでだった。

 血の気が引いて視界がすぅッと暗くなっていく……。

 ああ、ああ、もう、わたし、わたし……。


『……間違いないですね。明らかに記憶剥離処置をほどこされています。能田沙友理のネガティブキャンペーン情報と照合しても、現在の生理反応値は恐慌状態に陥った時のそれと合致します。偽装反応ではありません。おそらく逆探知を避ける目的で逆行型の加工履歴の抹消をかけられています。そう時をおかず被検体は、人格までもが無化されて終わるでしょう……』


 ふたたびわたしが意識を手放す直前に何かが聞こえたような気がした。

 だけど、その意味するところを考える以前にわたしは無明の闇にのみこまれ、そして、もはや目覚めることは……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ