56.超光速航行―9『遷移―4』
アタシは、ただただ泣きつづけた。
泣きつづける、しかなかった……。
恐怖から解き放たれ、
つかの間の平安を得、
宇宙軍の闇に憤慨し、
人外漢の秘密に迫り、
自分の不運を悟った。
総じて、惑いと怒りと嘆き、
それら感情があふれた結果、
泣くしかなかったのだった。
無念、屈辱、悲哀等々を吐き出す手段が他にわからなかったから。
ここで鬱積したネガな感情を全部吐き出してしまいたかったから。
大人、大人言ってるけど、アタシには他にとれる手段がなかった。
でも、それで、中尉殿と曹長は困ってしまったんだと、そう思う。
というワケ(?)で、
突然、アタシは中尉殿からサバ折り(!)をキメられる事になったのだった。
「ゴメンね……」
つぶやきのような、囁きのような声が聞こえたようだけれども定かじゃない。
とにかく、
肋骨の下あたりを力いっぱい締め上げられて、アタシはゲハッとのけぞった。
ゲハッとか、なんとも女の子らしくないけど、それだけ圧が強力だった。
まぢで背骨を折られかねない強度で身体を『く』の字にへし曲げられた。
肺が潰され絶息する。中尉殿の胸に押しつけ、埋めていた顔が仰向いた。
顎先が上がって酸素をもとめ、口が自然とひらいた――そこを狙われた。
唇にしっとりとやわらかな『なにか』が触れてきた。
お鍋にフタをするように、アタシの口がふさがれた。
(え? エ? これって!? これってぇ……ッ!?)
突然の凶行(?)に目を白黒させてたアタシは、まさかまさかと、更なる異変で恐慌状態に陥ることとなる。
キ、キス!?
キスなの!?
ア、アタシ、中尉殿からキスをされてるの!?
なんで!? なんでどうして何故ナニWhy!?
ワケがわからん! わからんよぉお~~ッ!
突然、意味不明な暴行(!)を受けたかと思ったら、間髪入れずに次はキス!?
それも茶目(?)な先輩ではなく、信頼おく能わざる上官その人から、直接!?
なんで!?
どうして!?
一体なにがどうしてこうなってンのぉお~~ッ!?
(心の中で)叫んでみてもムダ。狼藉のコンボはまだ続く。
今度は、口の内部に大きな『なにか』が躍り込んできた。
極上のお刺身肉むたいな、あたたかくぬめった『なにか』
ぬるり、どろりとしたそれをムリヤリ頬張らされたんだ。
その新たな侵入者は、軟体動物よろしくアタシの口内奥深くまで入り込んでくると、歯列の裏や口蓋を舐め、驚きにちぢこまったアタシの舌に巻き付く感じにネットリからんで弄んだ。
(え? エ? なにコレ!? 中尉殿!? い、いったい何がどうなって……!?)
ディ、ディープキス!?
先に曹長にされた(ファースト)キスみたく、イタズラじゃすまない。
いや、曹長からのキスだって、イタズラで済ませちゃダメだけどもさ!
それはともかく、
こ、これって、
これって……。
これってぇええぇぇ~~ッ!?
アタシは心の中で絶叫した。
頭の中が、ショートしたみたいに真っ白になった。
反射的、意識外で手足が暴れたけれども効果ナシ。
サバ折り自体は解かれた。だけど、代わりに中尉殿の手はアタシの後頭部にまわされ、一ミリだって動かせないキツさでガッチリ緊縛(!)してる。逃げられない。
曹長も曹長で中尉殿に協力――背後からアタシを羽交い締めにしてるし、なにがなんでも二人をふりほどこうとするなら、もぉ、ケンカするレベルでヤるしかない!
なんてったって乙女の純潔を守るためだもの。正当防衛なことでもあるし、いくら軍隊だっても、事後に申し開きしたら被害者側の言い分が妥当と認められる筈!
フリーな腕で中尉殿を殴る(!?)
後頭部で曹長に頭突きする(!)
する?
抵抗。
『やめて』って意思表示。
肉体言語で……、ヤる?
…………。
…………。
……できないって。
なんなら、曹長はともかく、中尉殿相手にはムリ。
上官/部下の関係以前の問題として、絶対にムリ。
曹長になら出来ても、中尉殿には逆らえないって。
だから、
アタシはあきらめた。
もがくのをやめ、身体じゅうから力を抜いた。
ど~ぞ、好きにしてください――そんな感じ。
異宇宙がもたらす恐怖感も薄れ、
滝みたく溢れてた涙もひっこみ、
諦念というか、無の境地? に至ってた。
これからは中尉殿のことを『お姉様』って呼ばないといけないのかなぁ、なんて。
心臓は依然、いまにも胸を突き破りそうな勢いで鼓動し、暴れまわっているけど、
それはそれとして、突然&意味不明な上官からの無体に抵抗するのは諦めたんだ。
そしたら、
「ゴメンね、深雪ちゃん……」
アタシの口の中からチュポンと舌を引き抜いて、
アタシの後頭部を抱え込んでた手で頭をなでて、
コツンと額を合わせて中尉殿がそう言ってくれたの。
心の底から申し訳なく思ってるとわかる口調で。
で、
まぁ、ついでに、
「落ち着いたかよ」
やれやれ……と言わんばかりに溜息まじりで曹長も。
「深雪がいつまでも泣きやまないからいけないんだぜ」
羽交い締めの腕をほどき、アタシの肩に手をのせて、
「ま、中尉殿にとっちゃあ役得だったかもだけど、な」
いかにもな、茶化しの文句を最後に解放してくれた。
結果、
「曹長、減俸!」とか中尉殿から罰を貰ってたけども。
とまれ、
「え、エービーシープロトコル、ですか?」
一息ついて、落ち着いて、それで、仕切り直しと言うか、あらためて聞かされた言葉に、アタシはあらためて目を瞬かせることになったのだった。
「ええ、そうよ――〈A・B・C〉プロトコル」
つないだアタシの手をキュッと握って中尉殿。
相も変わらず何も見えないけれど、闇の向こうからコクンと頷く気配が伝わってくる。
「〈個体編組式情報伝達媒質共有〉を略して言う語な。おベンキョしとけよ?」
これは曹長。
中尉殿とは反対側のアタシの手を、なぜだか『恋人つなぎ』にして握ってる。
いい加減くたびれちゃったし、反応すると喜ばしちゃうから放置してるけど。
人生的にも軍歴的にも『先輩』なんだから、お茶目も程々にしてほしいなぁ。
ま、まぁ、そんな感じでいつもと変わんないから、ある意味安心するけどさ。
と、
アタシ、中尉殿、そして曹長――アタシ達三人は、上(下?)から見たら三角形な位置関係で、お互いに手をつなぎあい、異宇宙の闇黒のなかを漂っている。
最前の無体はいつまでも泣きじゃくり続けるアタシを正気にもどすための一種のショック療法だった――現在進行形の裏宇宙航法を無事にクリアするための。
そういう説明と、あらためての(主に中尉殿からの)謝罪があって、現在はアタシに不足している関連情報のレクチャーが為されている真っ最中なワケなのだった。




