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11 おまけの引率担当は、王太子殿下預かりに


 騎士たちに連れられて、救世主ご一行はそれぞれの騎士団に移動していく。


 残された私も与えられた部屋に戻ろうとしていると、恐れ多くも王太子殿下が声をかけてくださった。

 

 もし良かったら宮殿内を案内しましょう、というお誘いだ。


 確かに、立派で煌びやかな宮殿には興味を引かれていたし、かといって一人で散策する勇気もなかった。


 他にすることがなくてどう時間を潰そうか考えあぐねていたから、ありがたい申し出に飛びつくことにした。


 が、落ち着いて考えてみると、このリアルギリシャ彫刻、王太子殿下である。


 しかもこちらを客人として扱い、あまつさえ殿上人というその地位を無視して敬意をこれでもかと表してくる上に、どういうわけか距離が近い。

 なぜか二人きりになるとさらにその距離を詰められた。おまけにまで抜かりなく敬意を払ってくる徹底ぶりが怖いくらいだ。


 パーソナルスペースがほぼないことに戸惑っていると、思考に気を取られて足下がおろそかになったようで、何でもないところでつまずいてしまった。あわやみっともなく転ぶ、という寸前で支えてもらい、ほっと安堵の息を吐いた。


 王太子殿下様々である。


 それ以降、私の手は王太子殿下の腕が定位置になってしまった。


 知ってる。語弊を恐れずに言うなら、これ、エスコートってやつですね。もしくは連行される異世界人。


 まさか私の人生の中でそんな超常現象を身をもって体験する日がくるとは。もしかしたら異世界召喚以上に珍しいことが起こっているのかもしれない。


「この宮殿は迎賓館として使用されているものです。年に二度、国中の貴族を招待して催される舞踏会もこちらの広間で行います。王都にタウンハウスを持たない遠方の貴族が安心して宿泊できるよう、部屋数も多く、高いセキュリティを誇っております。王宮とは異なり、細かな仕来りやマナーを指摘する者もいないので、心穏やかに過ごしていただけると思ったのですが」


 言葉を切ると、窺うように王太子殿下がこちらを見た。


「何かお困りごとなどはございませんか?」

「いえ、もうこれ以上ないくらいに快適に過ごさせていただいております。ちょっとこの生活に慣れるのが怖いほどです」

「怖い? どういう意味でしょうか?」

「あ、いや、言葉の綾というか。メイドさんたちが優秀すぎて、自分で動かなくても全部やってもらえるんです。だから元の世界に戻った時に、一人でやっていけるのかと不安に思って」


 一言もお願いしてないのに察して行動するとか、こちらのメイドさんたちの募集要項に読心術が必須だと言われても驚かない。


 つい先ほども、舞踏会が開かれる広間を案内してもらっている間にトイレに行きたくなって、まぁまだ我慢できるか、と思ってたらすかさず現れたメイドさんが「こちらです」って声かけてきて度肝を抜かれた。


 その後も歩き疲れた、喉が渇いたと思った瞬間に「お茶の席が整ってございます」って姿を消してたはずのメイドさんが現れて泡を食ったほどだ。


 そして今、私好みの甘いものがテーブルに広げられているところである。


 昨日、部屋で食べた何種類かのクッキーの中で、私が一番気に入った味のものが多めに用意されている。もうここまでくると、恐怖を感じる。


 ホスピタリティの域を超えている。これではもうストーカーだ。


「元の世界では、どのようにお暮らしでしたか?」


 メイドさんストーカー疑惑に内心震えていると、王太子殿下が優しげな声で会話を促してきた。


 いけないいけない。お忙しい身の上の人を捕まえて、案内してもらった挙げ句お茶までいただき、その上楽しい会話もできないだなんて、客人としてのマナーに反する。


「ええと、普段は働いておりまして。家はただ寝に帰る場所といいますか、仕事中心の生活を送っております」

「そうですか。仕事ができるからこそ人に求められ、お忙しくしているのでしょう」


 わかります、という視線を向けられるけど、そうではない。単にブラックな職場なだけだ。


 なんてことを王太子殿殿下に向かって言えるわけもなく、曖昧な笑みを浮かべておく。


「それほどお忙しいのであれば、心安らぐ時間もなかったのでしょうか」

「え、いえ、まぁ一応は決められた休日がありましたし、ほぼ家で、……ゆっくり過ごしていました」


 家で惰眠をむさぼっていました、とうっかり本当のことを言いそうになって、ギリギリで言い直せた。良かった。


 何だか王太子殿下の私を見る目が、どんどん憐れみに満ちている気がするけれど、気にしない。


「ではせめてこの世界で過ごす間は、心安らかに過ごしてください」

「ありがとうございます。特に私には役割もないようで、ほっとしてるような、申し訳ないような気もしますが、お手を煩わせないように過ごしたいと思います」


 ペコリと頭を下げると、王太子殿下は少し思案した後、花がほころぶように笑った。


 いつもは控えに口角を上げるだけの笑みなのに、目一杯微笑まれるとこちらの耐性がついていない分、視覚を破壊しにきているとしか思えない威力だ。


 ご自分の魅力がいかほどか、理解しているのだろうか。


 必殺技と言われても頷ける。リーンフェルド殿下の名前を拝借して必殺・キラリーンスマイルと名付けよう。


「もしお一人で過ごされるのがお寂しいようでしたら、私がいつでもお相手しますよ」


 たとえ社交辞令と分かっていても、ときめくものはときめく。


 言葉の内容も含め、完璧なまでの美をまとった男性が笑うと、心臓への負担が半端ないということを思い知った日であった。


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