12 殺戮の妖精姫爆誕を阻止する
その後王太子殿下は用があるとのことで、次回は庭園を案内したいとこれまた笑顔で去っていった。客をもてなす能力が天元突破している。
大変良い気分にさせてもらったところで、私もそのまま部屋へと戻った。三食おやつ昼寝付きの生活を満喫して夕焼けに染まる空を部屋からぼんやり眺めていたところで、輪音ちゃんと嬉世ちゃんが帰ってきた。
夕焼け空っていうからには夕方だと思うだろう。あに図らんや。この世界も地球と同じ球体だとして、緯度の関係かここは日没が夜の八時台なんだそう。
今は時間にして夜の八時半を回ったところだ。そのため私はすっかり夕食も入浴も終え、あとは寝るだけのスタイルである。
「おかえりなさい。どう、だ、った……大丈夫?」
訓練初日なら軽く自己紹介やオリエンテーションをして終わりなのかな、と思っていた私は甘かったらしい。
二人はぐったり疲れた様子で、部屋に入るなりソファにヨロヨロと身を預けた。ここでダイブして寝転ばないところが、お嬢様らしい。
「ただいま……第四騎士団、美女の仮面を被ったアマゾネスだった」
絞り出すように輪音ちゃんがかすれた声を出す。
大声を出す練習でもしたんだろうか。食事なしでぶっ通しで訓練していたんだろうか。やつれ方も尋常じゃない。
輪音ちゃんに癒やしの力を使う嬉世ちゃんも、今にも目が閉じてしまいそうに船をこいでいる。
二人が帰ってきたのを知ったメイドさんたちが、二人の夕食と入浴準備をするために動き出した。
ちゃっかり私の分の軽食と飲み物まで用意してくれている。ストーカーなんて言ってごめんなさい。
「食事、とれそう? 先にお風呂にする?」
「わー、おねーさん、新婚の奥さんみたい。続けて、『それとも私?』って言ってみて~」
嬉世ちゃんの癒やしの力が効いたのか、輪音ちゃんは冗談を言えるくらいには回復したようだ。良かった。
ちなみに、二人は私のことをおまけとは呼びにくいようで、おねえさんと呼んでくれている。
何度もちよこと呼んでくれようと頑張ってくれたけど、その度に口が曲がったり唇がめくり上がったりして、二人とも涙目だった。
それでもどうにかして呼ぼうと努力する二人の姿に私の方が呼ばなくていいと懇願したら、折衷案としておねえさん呼びが採用された。
不思議なことに、おまけでなくても呼べるらしい。ありがたい。一緒に召喚された人たちにまでおまけと呼ばれる悲しさは計り知れない。
「そういえば、癒やしの力って嬉世ちゃん自身にも効果あるの?」
食事をする二人を見ていると、どうも嬉世ちゃんの疲れが取れていないような気がした。輪音ちゃんは癒やしをかけられて元気になり、さらに食事をとって元気になり、とみるみるいつもの様子になってる気がするのに、嬉世ちゃんは食事もあまり進んでいない。
「それが、自分自身にはかけられないようなんです。私が疲れていても、癒やしはかけられるし、その効果も変わらないみたいなんですけど、対象が狭まってしまうみたいです」
「え! そうだったの!? ごめん! どうしよう、疲れてるのに力使わせちゃった」
嬉世ちゃんの言葉に、慌てて輪音ちゃんが謝る。
同時に、「でもすっごく元気になったよ。ありがとう」と満面の笑顔を浮かべて言うところが、妖精が妖精たる所以なのだろうと納得した。
「多分、寝て疲れが取れれば元気になると思います。元々、こんなハードな生活送ってなかったですし」
心配されるのに慣れていないのか、頬を染めて恥ずかしそうに嬉世ちゃんが言った。あー、ここにも妖精いたな。
あぁそうか、やっぱりこの世界の神様は私にひとときの休暇を与えてくださったんだ。ありがとうございます。妖精の国、万歳。
私が心の中で神の祝福に感謝している間、二人はそれぞれの騎士団で行った訓練内容の情報交換をしていた。
どうやら輪音ちゃんが訓練を受けている第四騎士団は女性騎士が中心らしく、長身でスタイルの良い女性たちが集まっているとか。
この世界の美的水準は知っての通りハイレベルなので、美貌の騎士にはじめは胸をときめかせていたのだそう。
しかし、そこは戦闘狂の集まりだったらしい。
「私の武具って、この腕輪なんだけど、私や私の周囲に危険が及ぶと完全結界って防御を張って、浄化するようになってるの」
「すごい! じゃあ輪音ちゃんの側にいれば危険はないってことだね」
手放しで褒めていると、輪音ちゃんは困った顔をした。
「そうやって褒めてくれるの、おねーさんだけだよぉ。危険って言ってもね、何だか知らないうちに防御張ってることが多いってことが判明して、必要なときに必要な範囲に防御を張れるようにならなきゃならないんだって訓練することになったの」
確かに必要ないときに自動的に防御されてしまったら、戦うに戦えない。私みたいな戦闘能力皆無の平和主義な民間人ならありがたいけれど、戦闘狂であればこそ戦えない苛立ちは相当なものだろう。
「あーうん、何となく分かった。第四騎士団の皆さんは、あんまり防御は求めてないってことかな」
「そうなの!! 私、勝手に仲間って判断すると防御の中に入れちゃうみたいで。私一人の範囲の防御とか、こちらの攻撃は与えられるような結界の展開を徹底させられたんだけど、意識すればするほど上手くいかなくて……」
「た、大変だったね。今日一日、頑張ったよ。……防御に関しては、一度騎士団長とか偉い人に相談してみた方がいいかもね」
ここで徹底的に輪音ちゃん一人分の防御を身につけちゃうと、いざって言うときに他の誰かを防御できなくなるかもしれない。
それなら、範囲を絞るよりも今の範囲を維持したまま、戦闘狂とは違う班で行動する方法もあるのかもしれないと素人ながら思ったりする。
「うん、そうしてみる。あとは護身術を習えってことだったんだけど、護身術が私が想像していた以上に難易度高くて、落ち込んじゃった」
護身術なら地球に戻ってからも必要になるだろう、だって妖精なんだし。と油断していた私は、戦闘狂の教える護身術だということをうっかり失念していた。
「ねぇ、跳び蹴りって、相手の身長以上に跳躍して相手の頭の天辺から足振り下ろして倒すことだったっけ? 頑張ってみたんだけど、どんなに跳んでも胸の高さがせいぜいで。あと、背後を取られたら、騎士服の袖に仕込まれてる毒針で相手の頸動脈を刺せって言われたんだけど、頸動脈って、相手見えなくても正確に分かるものなの?」
いや、どう考えても過剰防衛だし、防衛方法に殺意しか見えない。
今日の訓練を思い出してか、輪音ちゃんが手首を返して腕を背後に振り抜く動作を始めた。思った以上に素早い動きに、女性騎士たちも素質を見たのかもしれない。
「……うん、それも、明日相談してみた方がいいね」
そっと輪音ちゃんの腕に触れてお行儀良くテーブルの上に戻しながら呟くと、そうしてみる、と素直な答えが返ってきた。
良かった。戦闘狂の妖精が生まれなくて。
ほっとしながら嬉世ちゃんを見ると、これまでの話の内容が血なまぐさすぎたのか、顔面蒼白だった。
「嬉世ちゃん、大丈夫? もうお風呂入って寝る?」
「は、はい、そうします。輪音があまりにハードな環境だったので、ちょっと衝撃を受けたみたいです」
「分かる。その衝撃の半分も伝わってなさそうなところも、衝撃だよね」
「はい」
「え? どの部分が? だって、これが普通だってアマゾネスさんたち言ってたよ?」
焦ったように言いつのる輪音ちゃんは、もうすでに毒されつつあるのかもしれない。純真すぎるが故に、染まりやすいのだろう。一日でこれだ。このままではどんどん染まっていってしまう。
早急に配置転換を願わなければ、と引率担当として強く決意したのであった。




