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102 襲撃は突然に


「じゃあ、ユエジンさんから見て可愛いものってどういうものがあります? 小さいもの? 美しいもの? あ、輪音ちゃん見て可愛いって思います?」

「そうですね、モトネさまは可愛いと思います。おまけさまも、可愛いですよ」


 突然のふりに、完全に気を抜いていたので、予想外の衝撃を受けて身体が固まった。


 言葉を反芻して、理解しだすとじわじわと頬が赤くなっていく。


「おや? こちらとしてもまさかの反応ですね。言われ慣れているのかと思っていましたが」

「い、言われ……!?」

「おまけさまは可愛らしい、という言葉をです。言われるでしょう? よく」


 言われない。


 とりあえずこの世界に来てからも、来る前も、記憶の中では言われたことが思い出せないくらいには言われていない。単に忘れているだけかもしれないけれど。


 衝撃でまだ言葉が上手く発せず、とりあえずブンブンと頭を横に振って意思表示すると、おや、とユエジンさんが首を傾げた。


「これはまた、随分初々しい反応ですね。本当に言われ慣れてない? 得意の思い込みで、自分への言葉だと気づかなかっただけなのでは?」


 なぜ私が悪いような言い方をされているのか。得意の思い込みとは何なのか。


「まぁ、気づかずにいていただけて良かったのかもしれませんね。これほどお可愛らしい様子が見られたのですから」


 にっこりと、目を細めて見つめられると、からかわれていると分かっていても顔は勝手に熱を持つし、胸は勝手に心拍数を上げていく。


 心臓が口から出るのではないかという緊張状態の中、緊張感のない声がぽつんと落とされた。


「遊ばれすぎじゃない、おねーさん?」


 とおくん! 目、覚めてたの!?


 と目が口ほどにものを言っていたんだろう、とおくんは私の顔を見るなり、やれやれといった風に息を吐いた。


「途中から目は覚めてたよ。随分遊ばれてたね。そういう反応するからからかわれるんじゃないの?」


 なぜ。


 なぜ私が責められているのか。


 目が覚めてこの変な雰囲気を壊してくれたのは感謝したい。感謝したいけれど、ちくちく責めてくるとおくんの言葉に遠慮がなさすぎる。


「これは、うるさくしすぎましたね。お休み中だったのに、申し訳ありません」

「うん、主におねーさんの情緒がうるさかった」


 いや、私にだけじゃないな。ユエジンさんへの態度も氷かってくらい冷たい。ちょっと安心した。ただ、発言の内容は私への苦言だけど。


「おねーさん、可愛いなんて言葉で舞い上がってるようじゃ、恋愛詐欺に遭うよ」


 たしなめてくれているところ申し訳ないが、もうすでに恋愛詐欺師の良いカモになっている。


 そうか、やっぱり私チョロかったか。王太子殿下なんていう恋愛上級者からしてみれば、児戯にも等しいレベルだっただろう。


 傷に塩を塗られた気分でうなだれていると、私の様子の変化に気づいたのか、とおくんの声のトーンが変わった。


「なにその態度。まさかユエジンさんの言葉、本気にしたの? それで落ち込んでんの?」

「おや、まるで私が嘘を言ったかのようだ。嘘など吐きませんよ。おまけさまは可愛いです」


 すらすらと可愛いを連呼するユエジンさんにはもうときめくものか。


「簡単に可愛いなんて言うやつを信じちゃダメだよ。おねーさん、人を信じすぎる傾向があるから」


 さっきまでツンツンだったのに、今は何だか心配してくれてる。


 じっととおくんを見つめると、「なに」と冷たい声が返ってきた。


 ツンツンしているけれど、良い子なのだ。さっきまで加速して鳴り響いていた心臓は落ち着き、ほんのりと温かくなってくる。


「とおくん、優しいね」

「は? おねーさんやっぱ頭空っぽだよね? 今そういう話してないでしょ? 簡単に雰囲気に飲み込まれないでって言ってんの!」

「うんうん、分かった」

「絶対分かってない! おねーさん甘過ぎ。恋愛詐欺師にまじで引っかかるから!」


 うんうん、もう引っかかってる。


 という言葉は、これまで揺れなかった車を襲う突然の衝撃で、口にできなかった。


「っ、伏せてください、掴まって!!」


 ぐわん、と車内が横に大きく揺れた。


 とっさのことでどこにも掴まれずにいると、ユエジンさんが私の頭を片腕で支え、壁にもう一方の手をつき衝撃が来ないようにしてくれた。


「っ、なにっ」

「すでにグリパレの高度に入っています。そこを攻撃してくるものは……グリパレしかありえない」


 衝撃の後の揺れが収まらない。車を牽いてくれているグリパレは大丈夫だろうか。


「ここからでは見えませんね。高度を変えたのかもしれない。私が外に」

『騎士団所属ではないグリパレからの襲撃。魔のものに取り憑かれているようだ。ユエジン、そこを頼めるか』

「……承知いたしました、殿下」


 ユエジンさんの声を割り込むように頭の中に響いたのは、王太子殿下の声だった。姿は見えないから、声だけを届けたのだろう。


 ユエジンさんが返事をするのに不思議そうな顔をしていなかったので、とおくんにも殿下の声が聞こえていたようだ。


 人同士のテレパシーも使えるんだ。何でもありだな、この世界。


 現実逃避は、少しの間この緊張感を和らげてくれた。それでも、切迫した状況に変わりはない。とおくんはすでに起き上がり、窓の外を見つめている。


「ユエジンさん、グリパレを一頭こっちに寄越せる? 僕、それに乗って様子見てくるから」


 億劫そうではあるけれど、すぐに取り出せるところに置いていた弓と矢筒を手にして、とおくんは準備を整えている。


「私も参りましょう。こちらのグリパレは無事なようですし、周囲のグリパレに声をかけます。私はおまけさまの安全を守るためこの車の側から離れられませんが。おまけさま、万が一襲撃があった際には私が必ずお守りします。ですから、ご安心ください」


 さっきまで、いつも通りの会話をしていた。それなのに、急に命も危ぶまれるような状況が襲ってくる。


 世界の危機、という言葉が急に現実味を帯びて迫ってくるのを感じた。


 息が苦しく感じるほどの緊張を覚えながら、私はユエジンさんの言葉に応えるようにしっかりと頷いた。


 覚悟しなければならない。


 この世界を救うと決めたのだから。


「おねーさん、間違っても顔出したりしないでね。加護が効かないってこと、忘れてないよね?」


 とおくんの言葉に、そうだった、と慌てて輪音ちゃんの加護がかかっているマントのフードをかぶって前をしっかりと留めた。


「ほんと心配。僕より加護効かないっていうおねーさんのがよっぽど命賭けてるじゃん。何で付いてきたの?」


 いまさら過ぎる質問も、こういう状況では反論できない。ほんとなんで私付いてきたんだっけ。


「トオさま、グリパレが参りました。補助します。先に乗ってください」


 扉に付けられた小窓から、グリパレ二頭が並走するように飛んでいるのが見えた。


「おねーさん、ちゃんと隠れててね」


 念押しするようにとおくんが言って、扉を開けてグリパレに乗った。


 弓を握ってグリパレに乗るとおくんの姿を見るのは初めてだけど、いつものだらけた印象とは全く違う、戦う者の目をしていて驚いた。


「おまけさま、私も周囲の様子を見てまいりますが、すぐ近くにおります。もしこの車が襲撃された際には、私はもちろん、この車を牽くグリパレが守ります。ですから、決してここから出ないでください」


 良いですね、とユエジンさんもまた念押しして、車を離れた。


 救世主として召喚された中では最年長なんだけどな、私。


 どんどんみんなが過保護になっていく気がするのは、私が加護が効かない身だからなんだろうけど、何だかそれだけじゃない気もしてすっきりしない。


 どうにも目を離すと何かしでかしかねない要注意人物のような扱いじゃないですか。


 「ほらやっぱり」と言われないように、今回は絶対大人しくしていようと心に決め、私はいつ衝撃が来ても大丈夫なようにと壁にくっついて座ったのだった。



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