101 異世界可愛いもの事情
翌日は昼前まで様子見となり、その後小隊を残して私たちは先を急ぐことになった。
昨日同様私ととおくんは馬車に乗ることになり、なぜかそこにユエジンさんも同乗することになった。
「体調はいかがですか?」
とおくんへの質問かと思いきや、とおくんはとっくにクッションに沈んで夢の中である。
「……私ですか?」
数秒の沈黙の後に隣に座るユエジンさんを見ると、視線が合ってにっこりと微笑まれてしまった。
ちなみに、とおくんを休ませるための車ということもあり、向かい合わせの座席の一方にとおくんが上半身を横にして休んでおり、もう一方の座席に私とユエジンさんが隣同士で座っている。
座席の幅に余裕があるとはいえ、隣同士というのが何だか気まずい。
「私は別に……。枕が変わったら寝られないという繊細なタイプでもないですし、ぐっすり眠れて体調も万全です」
「そうですか。良かったです。もし何かあれば、些細なことでも教えてください」
あっさり頷きながらも、念押しがしつこい。まるでこれから体調不良になるのを予想でもしているようだ。
「昨日私が口にしたものの中に毒でも含まれてたとかですか?」
先日、私自身には加護は効かなくても、加護をかけたマントや服を通してであれば加護が効くというのが判明したばかりだ。
口にするものは直接身体に取り込むため、毒などを口にしたり触れたりした場合は加護が効かずに身体に影響してしまう。
うっかり毒でも口にしたのかと思って聞いてみたのだけど、ユエジンさんは目を丸くしてまさか、と言った。
「あなたを害そうなどと、そんなことを考える人間はいません。ただ純粋に、この世界での旅が初めてのおまけさまを心配しているだけです」
うん、まぁそうなんだろうなぁとは思うんだけど。あんまり何度も聞かれると、邪推したくなるというのが人情だ。
「そういえばとおくんから聞いたんですけど、この世界には病気はないんですか?」
窓の外は青い空が広がっている。少し後ろを、ウフマが飛んでいるのが見えた。
こうして数いるグリパレの中からウフマを見分けられる程度には、私もグリパレに慣れてきた。
「そうですね、そちらの世界で言うところの病気というものがどういうものか私には分からない程度には、この世界にそういった概念は存在しません」
あるかどうか分からないことが、必ずしも「ない」と結論づけられるかというと、そうではない。けれど、それくらい存在感のないものなら、怯える必要もないだろう。
「毒やケガといった、傷を負ったり身体を損傷したりすることはあります。しかし、病原菌やウイルス……? ですか、そういったものは、存在したという話は聞きませんね」
この世界には菌は存在しない? それはそれで大変なのでは。あれか、菌の変わりに魔法が関係してるのか? それとも、菌は存在するけど、魔法的な何かによって悪さできないようになってるとか?
勝手に想像を膨らませていると、ユエジンさんは私の様子を楽しげに眺めていた。
「病気のことを聞いてきたのは、トオさまが関係していますね?」
確信を持って聞かれたので、頷く。
ユエジンさんが優しげに見つめてくるのが、少し居心地が悪い。何かこう、年上の余裕を出されているというか。「うんうん、わかるよ」みたいな雰囲気が出ている。
「とおくんは元の世界では病気だったみたいで、この世界に病気がないとするなら、とおくんの身体にあった病気も消えて元気になるんでしょうか?」
「そうなりますね。病気自体が存在しないのですから」
「それって、大丈夫なんですよね?」
寝てるとはいえ、同じ車内にとおくんがいることに憚って、自然と小さくなる声に、ユエジンさんも合わせるように小声で返事をくれた。
「大丈夫ですよ。トオさまは、この世界でなら生きられます」
これまで救世主の役割のことやイヴェリーン教のこと、ユエジンさん自身のことに関してはのらりくらりと明言を避けていたユエジンさんが、はっきりと答えをくれたことに驚いた。
「だから、とおくんはこの世界に召喚されたんですか?」
ユエジンさんの言葉が、何故だかとおくんの状況を知った上で召喚されたようだと感じさせた。
ユエジンさんが召喚したわけじゃないはずなのに。
「そうかもしれませんね。どうでしょうか。大いなる神のなさることを私などが推し量るのは恐れ多いことです。————ただ、無慈悲ではない。そう、信じています」
ぽつりと最後に落とされた言葉は小さく、けれど何より感情がこもっているように感じた。
「それにしてもおまけさまは、グリパレにも乗れるようになり、随分この世界にも馴染んできましたね」
急な話題転換ではあるものの、ユエジンさんのことだから同乗している私を退屈させてはならないと思ったのかもしれない。
「馴染んで、ますかね。まだ全然こちらの世界の常識とか分かってないことの方が多いかと思いますが」
「いえいえ、三ヶ月で全てを身につけるのは至難の業です。おまけさまは良く頑張っていらっしゃいますよ。グリパレも初めは怖がっていらっしゃったのに、今ではすっかり慣れたようだ」
「そうですね、良く見れば……、接するうちに、耐性ができてきたと言いますか」
良く見れば可愛い、とはお世辞にも言えない。良く見なくても「可愛い」からは逸脱しているのだ。良く見れば余計に悲鳴しか上げられなくなる。
こうして親しくなった今でさえ、予期せぬ時や夜中にウフマやツディーネに出くわしたら悲鳴を上げる自信がある。慣れの問題かもしれない。心の準備がなくても、昼間は平気なことが多くなったし。
「可愛い、とはお思いになりませんか?」
「……逆にお尋ねしますが、ユエジンさんはどうですか? この世界の基準で言うところの可愛いに当てはまります?」
旧生物たちには失礼極まりない発言だが、許してほしい。
「個人差が大きいですが、一般的には可愛いと表現されるものではありますね」
そうか、この世界の可愛い基準は、そうなのか。
ちょっと自分とは相容れなさそうなのを感じて落ち込みながらも、ツルさんの言葉が思い浮かんだ。
ツルさんは、自分のこと、可愛いって豪語してた。
確かにツルさんは可愛い。私基準で見て間違いなく可愛いと思うけれど、この世界の人から見てツルさんはどう映るんだろう。
「あの、ツ……」
ユエジンさんはツルさんを可愛いと思いますか?
思わずそう尋ねようとして、ユエジンさんがツルさんを知らないのでは、と思い直して口を閉じた。
危ない。ここでもしユエジンさんがツルさんのことを知っていたとしても、私がなぜツルさんを知ってるのかと尋問を受けそうな気がする。
……黙ってよう。
瞬時に判断して、話題を別のものに逸らすことにした。




