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人ぎらいの慣性ドリフト。  作者: 西薗上美
17/27

信頼

「殺人ということですか?」

質問の内容が段飛びなところ、これはもういつもの色葉だ。

「そう。だから雪ばあさんを殺した相手を捜すの」


私達二人はすでに平静を保てていた。

「仇を討つ」なんて時代錯誤みたいで馬鹿げているけれど、私達は真剣だった。


配達に行けば、季節によって温度が調整されたお茶を淹れて満面の笑顔で居間まで向かい入れてくれた。

最初のうち数回は配達の時間を取られて迷惑だと思っていたものの、あまりにも丁寧に毎回出迎えてくれる雪ばあさんに、天邪鬼な私も配達そっちのけで話し込むまで長居するようになっていった。

仕事に生真面目な色葉も何故かその時間に対しては文句なんておろか、自ら話しを振ったり、最近じゃ私と二人の時にだって決して言ったことない仕事の愚痴みたいなことまで話すほどだった。

元々、口数の多い私達が、雪ばあさんの前ではさらに饒舌になった。

そんな状況を、毎回うんうんとただ黙って、どうしてか嬉しそうに雪ばあさんが首を縦に動かすだけで時間が過ぎていくというのが定例だった。

いつしか、当たり前、それに、なくてはならない三人の日常となっていた。

大げさかもしれないけれど、あの時間私達は家族だったのだろう。


だから、こんな信じられないことになってしまった現状に他人を介入するというのは私、じゃない、私達には到底出来るようなことではなかった。


「それで、あてはあるんですか?」

色葉も、すでにそこのところを十分に理解し、意識出来ている。

その証拠に、目の前の可愛く、綺麗で、男ウケのよさそうな顔は、一生今の表情から変化することがないのかもしれないと思えるほど、緊張して決意を固めた、いつもの雰囲気が感じ取れないほどの無表情になっていた。が、それは柔軟にこれからのことに対応することができる唯一の表情といえる。


「あてというか、目星がついてるから。ね、あんたは何か知ってるんでしょ?」

雪ばあさんがあんな状態で見つかるという点に限っては、もしかしたら私達人間よりも後悔していたかもしれない。

だから私に、その原因の目星が自分に付けられていると言われて絶句するほど驚くことしか出来ていなかった。


「私に備わったこの力が意味を成すの。だから、躊躇も、容赦もしない。百パーセント使い熟す。協力してもらうのは色葉だけじゃない、あんたもだよ」

「そんなこと言ったって、あたしは何も」

「そんなこと解ってる。いい? あんたは勘違いしてるみたいだけれど、自分のことしか考えれないのなら、利用するだけだから」

「なに言ってんの? 私達と話すことが出来るからって調子こかないでよね」

「無駄みたいね。いいわ、あんたのこと利用させてもらうから」

「はぁ!? ・・・あんたってもしかして!」

今どきの料理本であるこいつは、その口調に誤魔化されるが、そんじょそこらの本たちよりも経験値が高いことは私の目からすれば明白。


「やっぱり。知ってたのね、私みたいな人間のこと」

さっき、救急車を呼ぶフリをしてあの部屋を出た時、人間失格だと私を揶揄するような素振りをしたあの時になんとなくそうなんじゃないのかと、勘だけれど思えた。


「あんた、自分のこと雰囲気で誤魔化してる節が会ってからずっとあったからね」

「なんで。どうして。あたしはあたしのままだった。誤魔化してなんてない!」

「そうかもしれない。けれど、こんな田舎の、それも雪ばあさんみたいな老人何年もやってる人が、『今どき』なんて言葉から程遠い暮らしをしてたにも関わらず、あんたを購入するなんて違和感しかなかったの」

「どういうことですか? この料理本さんがどうして今回のことに関係しているんですか」

「ごめん色葉。今は黙ってて。」

ここが勝負所。

能力者の世界に介入されるのは困る。正直なところ邪魔だ。

こいつとは駆け引きという勝負をしている真っ最中。サシでなければ意味がない。


「ほんっと性格最悪ね、あんた。じわじわと責め立てるやり方。らしいっちゃらしいけれど、でも無駄だから。あたしは関係ないから」

この存在が『本』だからなんだろうか。

弱い。

とにかく、弱い。

物理的防御力は勿論のこと、こいつの場合、精神的防御力もそれほどだ。


「性格が最悪? 物如きが誰になに言ってんの。あんたが言ったんでしょ、「だから」だって」

私は『本』と会話出来るという特殊な力がある。

ごく普通の人間からすれば十分に異常な人種だ。

それならば、私のような、私達のような『普通』な人間からみた『異常』な人種とはなんだろう。

性格やらなんやらで区分するんじゃなくて同じベクトルで異常だと思える人間とは?


「初めてまして。改めて、そう言わせてもらうわ。」

「観念したってことで良いのよね?」

「まぁーね。でもその前に教えて」

「いいわ、でも私自身もこの言い方が正解だとは思っていないけどね。ある人がそう言った時にしっくりきたから名称しているだけだけど」

「ふーん。で?」

「読心術」

「ドクシンジュツ?」

「どうやら分かってないみたいね。心を読む術。あんた達本に限ってだけどね」

「そうなんだ・・・。ん? てことは・・・」

「そういうことなんだけどね」

「ほんと性格最悪。改めてそう言わせてもらうわ。自分でしてて回りくどいやり方だって思わないわけ?」

「そりゃ思うわよ。でも、本人が口に出して初めて本当というか、音にするから本音というかね」

「それって、ジコマンでしょ?」

「そうとも言える」


私は、私のような力を持っている人達の中でも異常な人間。

だから能力者なんて、漫画みたいな言い方で名称している。


「いいですか?」

色葉が我慢できずに会話に参加してきた。


「いいよ。もう八割がた要件は済んだから」

「読心術って? それに、なんだかリョウコさん怖かったですよ」

「そうだろね。私が一番したくないことしてたから」

「それを・・・聞くことは・・・駄目ですよね」

「そうね」

優しい会話。


「和むわね。あんたと話してるとほんっと」

「そうですか・・・それならいいんですけど」

色葉との会話で、気分をスッキリ切り替えることが出来た。

自分だけが整うことが出来て、色葉と、色葉の言うところの料理本さんは全く納得も、当然スッキリなんてしているわけがないが。


「大丈夫だから。これからスッキリすることになるから」

「犯人ね」「犯人ですね」

「そう」

私にしか聞こえず、二人しか居ないからこそ私に向けられた言葉であることが間違いないシンクロが聞き届いた。

「二人にもさっき言ったよね、強制だって、利用するって」

「はい」

「言われた」


「まず、あんた」

私は両手で料理本を掲げる。


「あんた、図書館から紛失された貸し本だよね?」

別に質問することも、こうやって確認することも必要なことじゃない。

でも、私はそうする。

そうすることで、そうして、なによりも私が納得出来るからだ。

人間、変わるなんてことは絶対に出来ない。自分のことを自分が知っている限り。


「まったく、ほんとに。・・・そうよ」

「なら言って。その先の、私の言おうとしていること。二度手間になるから。まだ確信までもっていけてないし」

「どっちよ、あんたと話すと頭おかしくなっちゃうわ」

「色葉にあんたの声が聞こえたら激しく同意するだろうね。で?」

「最後にあたしを借りた人物が犯人。・・・じゃないんじゃないかってことでしょ。そんで、証拠がここに」

自力で出来もしないのに、まるで自分が人間のように話すやつだ。


「色葉、裏表紙開いて」

「分かりました。えっ・・・とっ、あっ!」

気付くんじゃないかとは思っていたけれど、予想以上に早い。

「あるでしょ、跡」

「これって、貸出本ってことですか?」

「そう。だけど、糊付けの跡だけでしょ」

「盗品ということですか。じゃあ、盗んだ当人が今回の犯人だと」

「どうだろうね、そこのところは現場に居合わせた、というか渦中のど真ん中にいた原因になったこの本に聞けば分かるんじゃない?」

ここまでの会話中掲げ続けた料理本を、まるで目を合わせるようにして表紙と向き合う形をとる。

「別に貸出カードを入れるあのところは直接関係ない。重要なのは、そこに書いてあった暗号」

「暗号?」

「そう。それを偶然解いてしまって、あのばあさんは死んだの」


暗号なんてもの、解こうとしない限り解くことなんて出来ない類のものじゃないのか?

そもそも、一般の目に付くようなところにそんな重要なもの書く時点で頭がどうかしている。なぜならば、用のないリスクを自ら背負い込むことになるからだ。

現に、こうして雪ばあさんが死ぬという事故(?)に発展してしまっている。


「なにが書いてあったわけ?」

「そこまではあたしにも分からない。けど、あたしが図書館に居た頃ここの人達が借りたことは確かね」

「この家に覚えがあるってことね」

「うん。因みに、あたしを配達したのはあんた達だから」

「そうなの!?」

「どうしたんですか? なにか分かったんですか?」

色葉が無理やり私の視界に心配した表情で頭を入れてくる。


「犯人が分かったわけじゃないよ。でも、こいつ、ここに来たことがあるって、それも、私達が配達したって言ってる。覚えてる?」

「思い出せません。いつとか、時期って分かりますか?」

心配していたさっきまでの顔とは打って変わって、すでに私からは目線を外し、うつむくようにして、左手は口元へ、右手はその左手を支えるよう右肘を甲で支えている。


「いつ頃かってあんた覚えてる?」

「うーん、確かー、えーっとぉ、一年前くらいかなぁ」

まったく、頼りにならない。

「一年くらい前だってさ。私は全然覚えがないけど」

「そうですか・・・。因みに、配達元が辰巳さんならば他に何冊か借りてるんじゃないですか? それが分かれば多分思い出せます」

さすが色葉。誰かさんと違って頼りになる。


「聞いてた? そのくらいは覚えてるわよね」

毎回思うことなのだけれど。こうして三人で話し合っているというような形をとって会話していると、実質、言葉を交わすことが出来ているのが私と本のみになってしまうのは仕方のないことだが、本と私以外の関係に不釣り合いというか、私達にアドバンテージみたいなものが存在するように感じてしまって気持ちが悪い。


「色葉なら、あんたの記憶の断片から部分的だけど確かな情報を手に入れることが出来るんだからなんとか思い出しなさいよ」

「なによそれ、まるであたしが悪いみたいな言い方して」

「リョウコさん言い過ぎです。私は料理本さんに聞くことでしか先に進むことしか出来ないんですから」

私らしくないというか。

苛立ってしまっているようで、弱さを隠すような態度。

そんなことしているから多分、私らしいんだろう。


答えなけれればならない。

彼女の期待に。

信じなければならない。

この本を。

責任を全うしなければならない。

こんな能力を宿しているのならば。


「うーん、そう言われてもなー。あっ、思い出した、そうそう、確か、車の整備書と、初心者のためのバイオリン、それと・・・。あと一冊あったんだよねぇ、なんだったかなぁ」

「重要なことなんだから、頑張って思いだしてよね」

本相手に「頑張って」なんて初めて言ったかもしれない。


「なんだかムツかしい題名だったなー・・・。あっ! そうそう、確か『なんにでもある記憶、どこにでもある記録』だ」


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