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物語のはじまりへ


 選択肢を間違えても、もう戻ることはできない。

 どうにもならない、ということは、これも『悩んでも仕方がない』ことなのだ。


 であれば、結局決まってしまった入所に関して、あーだこーだと思い悩むのは無駄だ。

 今後をどうするか、考えるべきはそこである。

 そして答えはやはり変わらない。


(シズカニ…イキテ……ワルイコト…シナイ……)


 それしかないのだ。

 しかしビビり倒すエマは脳内でさえ片言であった。


「エマさん、食べないんですか?」

「……」

「紅茶も冷めてしまいますよ…?」

「………」


 エマさーん、と悲愴な面持ちで正面に座っているのは、エマの暗黒オーラの元凶となった男。


 現在、悪魔の来訪から数日が経ち、あれやこれやと準備を終え、ワーズに向かう道すがら。


 カフェのテラスで、仏頂面のエマとフェリクスは一息入れているところだった。


「機嫌直して……ほら、キュウのもちもち感に癒されてください」


 そう言って、むんず、と掴まれて伸びるキュウが手渡された。宙ぶらりんにされた状態でぴこぴこと暴れている短い足が愛らしい。

 ここ数年で更に柔らかさが増したようで、とろりと零れてしまうのではと思うほどの魅惑のもちとろ感触へと進化していた。


 両手で抱え、ふにふにと抱き込む。

 素晴らしきかなアニマルセラピー。

 次第に気持ちがほぐされていく。


「魔法士を目指していると言っていたのに、どうしてそんなに嫌がっているんですか?」

「……それは┄┄」


 そこが私の死地だからだよ! なんて言えるはずもなく。

 結局エマは黙り込んだ。

 視線を上げればいつものように優しげな困り笑顔を浮かべているフェリクスがいる。

 彼から見れば、おかしな言動だろう。

 魔法士を目指しているというのにワーズに入りたくないと駄々を捏ねる。

 今更何なんだ、と思われても仕方ない。


「すみません……えっと、実家を離れるのが、ちょっと、不安で……」


 エマは観念した様子で適当な嘘を並べた。

 王宮書庫に住み着いていた奴が言うには信憑性のない話で、怪しまれるかと思ったが、意外にもフェリクスは「なるほど」と納得したようだった。


「仲が良さそうでしたもんね」


 お父様とも、使用人の方々とも、と言われ少しこっ恥ずかしくなった。

 嘘を言ったつもりだったのに、じわじわと本当のように寂しくなってくるのだから、我ながら女々しい。


「でも、僕はエマさんが来てくれて嬉しいです」

「私はコネ入所も含めて気が重いです……」

「ははは、何を言ってるんですか。ちゃんとした審議の結果ですよ」

「┄┄もしかして、六年かけて審議してました?」


 問えば、フェリクスは不思議そうに瞳を丸めた。

 相変わらず長い前髪の隙間から覗く灰色の瞳は綺麗で、羨むほど多い睫毛が瞬くたびに、じっと食い入るように見てしまう。


「僕があなたを推すのは誰に頼まれたからでもなく、僕個人の意ですよ。綺麗な花を良い環境で育てたいと思うのは当然です」


 甘。紅茶に砂糖を入れすぎたのかと思った。


 時が経とうが魅了スキルは健在で、寧ろ日に日に酷くなっている気がする。

 エマを妹のように可愛がってくれるフェリクスだが、如何せん根っこが魔性なので飛び火が凄い。


「ワーズはご存じの通り素晴らしい場所です。学びたいことに思う存分没頭できるのは楽しいですよ」

「……はい」


 わかっている。腹を括るしかないのだ。


 魔法の研究だけを思えば心が沸き立つほどそそられる。しかし、行く先は物語の舞台である。だが、


 ┄┄もう、どうとでもなれ、だ。


 いざ行かん混沌の坩堝。


「今年は平民からも、特別な魔力を持った子が入って来るらしいです」


 楽しみですね、と微笑まれても、エマは引き攣る表情筋を何とか稼働させて笑みを作るしかなかった。


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