第20話
「私が今回の指揮を任されている。ダグラス・ルーベントだ」
会議室に再集合したアオイたちが見たのはダグラスが議長席についたところだった。今回からルミナスに代わってダグラスが現場指揮を勤めていた。
敵は相当な実力者と知れた、ルミナスほどの身分のものがいては守るべき優先順位をはかり間違えて現場も混乱する。そのため今回は強く志願したダグラスが指揮を執ることになった。
「今回の大結晶ほどの物が奪われたのは初めてのことだ。なんとしても大結晶を奪い返す。必ず軍よりも先んじてだ。これにはカルディアの名誉がかかっている」
ことの重要さを示すようにダグラスはテーブルを力強く叩いた。
「奪い返すって言ってもいる場所が分からないじゃないか」
アオイが茶々を入れるとダグラスはふっと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「我々は独自にやつらの足取りを捉えた。ルミナス様が切り裂いたやつの仮面の欠片……それで辿ることができた。どこにも見当たらないと思えばやつらがいたのは遺跡内部だ。サルフェストの南にあるアルガ山をまたがる大きな遺跡を使って移動している、その中にある世捨て人の集落の一つに停泊しているそうだ」
遺跡には数多くの出入り口があり、危険はつきまとうが、それを使えば人知れず移動することは可能だった。ヴィスたちはその方法を選択し世捨て人の集落にいるようだった。
世捨て人、それは宗教や人種、その他様々な理由により人の世を捨てて遺跡に居住する人間達の総称だ。あらゆる理由で排斥され忌み嫌われたものを受け入れる場所だ。
「やつらの目的は不明だ。アルガ山を下れば近くに魔王城跡地があるが……あの警備が厳しい場所に入れるわけもない。そちらには向わないだろうな」
西の海岸線沿いに魔王との決戦場所になった魔王城跡地がある。一夜にして城を築き、この地に踏み込もうとした魔王を封印した場所がそこだ。周囲をフェンスで囲われて軍が押さえている、許可なく入ることはできない警戒区域だった。
「まだ数時間前の話で、これはまだ我々しか掴んでいない情報だ。そこで……我々はアルガ山遺跡に入り追いかけることにした。動ける者は全員行くぞ。急ぐ必要がある」
その発言で動揺が走る、それがかなり危険付きまとう行為だからだ。だが誰も反対の言葉を口にすることができずに出立の準備を始めに出て行った。
「ダグラス様。お待ちください。我々だけでは危険です」
そんな中でユリアがダグラスに直談判をした。
「引き下がれとでも? 怖気づいたなら帰っていいぞ」
「そういうことを言ってるのではありません。せめて女王の剣を要請するべきです」
「国に泣きつくなど、これ以上の恥をさらせと言うのか。あり得ない」
ダグラスの冷たい態度にもユリアは怯まず言葉を続けた。
「銀の弾丸などのカルディアの上位チームもすぐに帰ってきます。彼らを待ちましょう」
「駄目だ。これ以上遅くなれば追いつくのは難しい。今すぐに行かなければ」
「ルミナス様からそういう指令をされていませんか?」
「聞いてないな」
そこで会話が終わると、ユリアは難しい顔をして押し黙った。よほど気になるのかダグラスを食い入るように見つめた。そんな態度を見てあっとレヴィは声を上げる。
「ユリアってああいうのが好みなんだ」
「ち、違います!」
軽いからかいにも関わらずユリアが必死に否定したことでレヴィはにやけ顔を見せた。
一行は平坦な道を全速力で馬を走らせていた。
既に現在位置は遺跡内になる。アルガ山の登山道に差し掛かりつつあった。
バシャン! と雨でたまった水たまりを跳ね飛ばしながら進む。曇り空が嘘だったように少し強い風が雲を吹き飛ばし、からっとした晴天になっている。
馬車は長距離移動には最適だが小回りは効かず、やはり乗馬のスキルは最低限持っておくと便利だ。もちろんシンを使えば高速移動は可能ではある。だが戦闘をするために向かうのにシンを使い果たすような真似がいかに愚かであるかは明白であるだろう。
緑の生い茂る景色が終わると焦げ茶色の地面ばかりの風景が続くようになる。またしばらく時間が経過して緩い傾斜の登山道に入った。やがて道が狭まり勾配が急になるとみな馬から降りた。雨で地面がぬかるんでいる、そんな獣道を馬で走るのは自殺行為なためだ。自然と行軍はゆっくりしたものになった。
険しい足場で馬が足を踏み外した時に下敷きになって死亡する事故などは普通にあることだ。さらに馬上にいては奇襲を受けた時に真っ先に狙われるであろう。
一行はほとんど整備されていない土の地面を踏みしめて進む。現代ならともかく遺跡内部の登山道はまったくと言っていいほど整備されていなかった。
「おい。派遣」
「なんだよ。貴族」
アオイの下にダグラスがやって来て言う。ダグラスはアオイの無礼に眉をぴくりと動かしたがいつものことだ、そのまま言葉を続けた。
「お前らはあの仮面の男をどうやって退けた。お前らが本当にそうしたと言うのなら正直に答えてみろ」
「ゼインがやっつけてくれたんだよ」
近くにいたゼインはぎょっとして否定のために口を開いた。だが貴族の会話を遮ることを躊躇して結局、口を閉ざした。
「そうか……大戦で有名な戦士だからな。まさかそれほどやるとは……」
「運が良かったのもあるな。ユリアの言う通り何か策がないと負けるぜ」
「なにを馬鹿なことを。派遣の戯言だな。いくらなんでもこれだけの神技使いが集まってるんだぞ。負ける要素はない」
根っからの貴族主義者のダグラスは仲間4人も貴族で固めている。その他にもう一組のパーティーに貴族が3人ほどいた。確かにこれだけの人数が一斉に神技を放てばヴィスであろうと対応はできないはずだった。
「いいか、お前たち。これまでの無礼には目を瞑ってやる。私を全力でサポートしろ。もし見事結晶を取り返すことができたら、カルディア社の失態を私がカバーすることになる。その手柄により私はルミナス様の有力な婚約者候補に躍り出るはずだ。その暁には報奨を持って返してやろう」
「あんたルミナス様のこと好きだったのか?」
聞いた時点で既にアオイの中では答えは出ていたが。
「なにを馬鹿な。これはそんな個人の感情の問題ではない。女系優先の我が国ではルミナス様の王位継承権はかなり高い。彼女さえ射止めれば将来は王配の地位を得られるかもしれない。まだ女王陛下が未婚だから今はそれほど目立ってはいないが、陛下が婚姻を結べば間違いなく諸侯の狙いはルミナス様に移る。一斉に求婚の嵐だろう。今の時点で他に差を付けておく必要がある」
はあーと長く息を吐く。呆気に取られたのだ。ダグラスは社の貢献度実績においてカルディア社の上位3パーティに断トツに差を付けられた4位に位置する。焦っていたのだろう、上位チームの派遣を要請しなかったのはここで実績を稼ぐためだったようだ。ルミナスにいいところを見せようと息巻いているのだ。
そして独断でそんなことをした以上、失敗は許されない。ダグラスからしてみれば猫の手も借りたい状態になる。だから犬猿の仲のアオイたちも連れてきているのだ。
「野心に燃えてるねえ。でもなんで直接女王を狙わない。超逆玉じゃないか」
少しの段差を登るため慎重に手綱を引きながら問いかける。
「女王陛下は雲の上の人だ。それに巷に悪い噂が流れているからな。大きな声では言えんが大の男嫌いで、しかも政務を放り出して毎日遊び歩いているとか。国一番の美貌とまで言われる陛下なのに18にもなって夫がいないどころか男の影すらない。あながちただの噂とも思えない。しかし、だからこそルミナス様の価値は高いのだ。陛下が子をなさないならば王位はますます近づく」
ティルタニア建国神話にてこの地を築いたのは女神と女王だ。そのためティルタニアは女系が強くの王もまた女系優先になる。
『お前は一族の最高傑作だ』
アオイの脳裏で呪われた声が反響した。
気が付けば言葉が口をついていた。
「価値だ何だって人を物みたいに言ったら可哀想だろ」
「平民には分からんか。貴族とはそういうものだ」
「人としての問題だ。本人の意思がどこにあるよ」
「確かに最終的に決めるのはルミナス様だ。だが、きっと彼女も自分の価値を分かっておられる。カルディアのため、この国のために相応しい人間を選ぶだろう」
何も分かっていないとアオイは思う。自分の心を殺すことを肯定するとしたら、そう思うように教育したこと自体が問題に他ならないのだ。アオイがなおも言いすがろうとすると「アオイさん」ユリアが呼びかけた。
アオイは彼女に目を向ける。スカートで乗馬すると下着が開けっぴろげになるためユリアは乗馬に適した半ズボンを着用していた。
「力ある者には責任があるんです。ルミナス様も理解していますよ」
でも──と言葉を続けた。
「きっと、凄く嬉しいと思います。そんなふうに言ってくれる人がいたら」
照れ臭そうにはにかんだ。
「だから……ありがとうございます」
「なんでユリアが感謝するんだよ」
「ふふ。なんだか私まで嬉しくなってしまいました」
心から嬉しそうにユリアは表情に喜色を滲ませた。
眩しい笑顔を見てもアオイの鬱屈とした感情は晴れることはなかった。
アオイはただ当たり前のことを当たり前に口にしただけ。それを喜ぶのは、それほど生き方を決められていることに他ならなかった。かつての自分のように──アオイはそう思わずにはいられなかった。
前を進む背が止まり、アオイも足を止める。
「どうやらついたようだ」
山間には煉瓦の小さな建物が密集する集落があった。山と山の間にぽつんとある村は日差しが遮られて太陽が照りつける時間がほとんどない。薄暗く埃っぽい、少し陰気臭い場所だった。山の向こうではわずかに光が木々を照らしていた。
集会所にて村長とダグラスは向かい合ってテーブルにつく。樫で作られた頑丈そうな机と椅子のセットだ。油が塗布されて黒光りしている。
その色とは対照的に村長の顔色は真っ青に近いものだった。日暮れ時の暗い室内、煤で汚れたランプの薄明りに照らされて、武器を携えた村人たちがいた。唐突に押しかけてきた多人数の武装した団体を警戒しているのだ。彼らの緊張感が伝わってくるほどだった。
「私はカルディア派の貴族、ルーベント家の長男、ダグラス・ルーベントだ」
「ルーベント様。よくぞ起こしになられました」
カルディア派の貴族であると伝えると彼らの緊張は幾分か緩和する。カルディアは名誉を重んじる家系だと知れ渡っていた。
「魔王の残党を追ってきた、中に二人組の旅人を入れてはいないか」
「申し訳ないのですが、外の争いをここに持ち込んで欲しくはありません」
村長は顔を顰めて返答を渋った。世捨て人の集落は身分社会に嫌気がさして逃げてきたものが多い。閉鎖的な態度も不思議ではなかった。
「やつらは強大な魔王のシンを携えている。狙いは魔王の復活だ。そうなれば困るのは貴方がたも同じのはずだ。協力して欲しい」
村人たちに動揺が走り互いに顔を見合わせる。暗黒の時代と大戦の記憶は新しい、世を捨てた彼らにしてもそれは同じだ。その深刻さを理解した村長も深く頷いた。
「確かに二人組の旅人はいます」
「そうか」
その言葉でダグラスの目がぎらりと光った。しかし。
「お力になりたいところですが、もう彼らは旅立ったのです。少し前に」
「なんだと。こんな日暮れ時に?」
ダグラスは忌々しげに舌打ちした。
「泊まるというなら寝床を貸しましょう」
「仕方ない。そうさせてもらう」
ダグラスは承諾する。陽も落ちた状態で遺跡の山道を進めば死が待つのみだ。元々ここで泊まらないという選択肢は存在しなかった。




