踊るヤキブタ
……キイ
「いらっしゃいまし」
「こんばんはでやす、マスター」
チャシューさんがいらっしゃいました。
「マスター、今夜は酒だけ欲しいでやす」
「かしこまりました」
丸い氷の入ったグラスに酒を注ぎ、チャシューさんに渡しました。
「いただきやす。…………ぶふぅ。もう一杯、お願いしやす」
チャシューさんは、グラスの酒を一息で飲み干しました。
いつもは、少しずつ味わって飲むので、珍しいことです。
「どうぞ」
「……ありがとでやす」
「こちらも、どうぞ」
「ああ、ありがとうございやす」
もう一杯、酒を出しました。
「うん……これは、いい酒でやすね。ちょっと仕事が、うまくいかなくて、それが態度に出ていたようでやすかね」
「いつもチャシューさんは、ゆっくり酒を飲まれますから」
チャシューさんは、少し飲む早さを落として、静かにグラスを傾けました。
「マスター、ピアノを弾いてもらいたいんでやすが、お願いできやすか?」
「ええ、他にお客さんもいらっしゃいませんから」
私は、ピアノを弾き始めました。
チャシューさんは、席を立ち、舞を舞うように踊ります。ただ独りで、何かに祈るように……。
「マスター、済まなかったでやす。また来やす」
チャシューさんは、夜明けまで踊って、帰られました。
……他のお客様が、誰もいらっしゃらなかったのです。
「……はぁ。明るくなってしまいました。看板を下ろさないと」
……バギャアァァン!
「ぶふぃ!帰ったぜ、マスター!」
「ああっ!ゴッドさん!ゴッドさん!いらっしゃいまし!」
「ぶふぃ、こいつは土産だ」
ゴッド様は、こちらに紙袋を放りました。
「ぶふぃ、海の方を通って帰ってきたからな、魚の干物だ」
「ありがとうございます」
「ところで、明るくなっても店が開いてるなあ珍しいな。ぶふぃ、どうかしたのかい?」
「実は……」
チャシューさんの様子がいつもと違い、夜明けまで踊っていったことを話しました。
「……ぶむぅ、チャシューがなあ。俺様や猫の神時春が、出雲へ行ってた間に信濃で戦いがあったみてえだから、そのせいかな?」
「そんなことが?」
「ぶふぃ、あったみてえだ。人間社会に潜り込んでいる期間が長いから、思うところがあるんだろうぜ」
「……そうですか」
「ぶふぃ、多分な」
ゴッド様は、何か痛ましい様な表情を、一瞬しました。
「ぶふぃ、朝になっちまったが、一杯だけもらえるかい?」
「かしこまりました」
ゴッド様は、目を閉じて酒を飲みました。
「ぶふぃ、美味かったぜ。またな、マスター」
「ありがとうございました」
ゴッド様は、少し高くなった朝日に照らされながら去って行きました。




