忍者、話し合う
この世界の国家は王制が基本で、民主制などは存在していない。恐らく今後どれだけの時が経とうとしても、その萌芽すら生まれることはないだろう。別に文明が発達していないからというわけではない。迷宮やら魔力やらあるこの世界では、むしろある点では元の世界を超えている場面もある。
この世界で国家元首に就くために必須な固有職、その名もズバリ、『王』。
この職こそがこの世界で民主主義が発生しない理由そのものである。
そう、つまりこの世界で国家元首というものは、『王』という職を持つこと者のことを言うのである。この世界の人間は『王』以外の者が国を支配する、なんてことは考えたことがないのだ。
ある意味当然なのだろう。元の世界でも遥か昔、王は神に認可を受けたものと言われていたのだ。それがこちらではステータスという、神により書かれた(と思われている)絶対の身分証明書に、『王』と書かれている。つまりそいつは神のお墨付き、王として認められた存在なのだ。ならばそいつに国を任せることに何の躊躇いがあろうか。
そしてこの『王』という固有職は、後天的に得られるものであるということも同時に知られている。固有職には先天性と後天性の物があり、『王』は後者の代表例として知られている。
そして前者の代表として知られているのが、月さんの傍に居たあの死神と同じ名を持つ目の前の少年、リュークの固有職、『王位継承権保有者』である。
ここまで言えばわかるだろう。この『王位継承権保有者』の進化形が『王』であり、それを持つということは、この国の王になれる可能性を持っているということだ。
「つまり、お前は次の王になれる可能性があるかもしれないから、狙われていたわけだ」
「その通りだ」
なに、色々ややこしく言ってはみたが、話自体は超簡単だ。
この国の将来の王様を決める、楽しい楽しい血みどろの王位争奪戦に巻き込まれました。ちゃんちゃん。
……いきなり宮廷闘争の頂点に巻き込まれるとか、さすが異世界ぱねぇな。
「しかしこんなところで王子や王女と会えるなんてな」
「いや、僕たちは王家の人間ではない。しがない農家の生まれだよ。もちろん両親もね」
「あ? でもお前、ああそうか」
王位継承権保有者は王家の人間に出ることが多いが、稀に全くの血縁関係のない人間が保有して生まれることがある。
そしてその無関係な人間が王に就いた場合、素晴らしい統治をするため、神に選ばれたという印象がより一層強くなったと本には書いてあった。
となるとこいつは、他の王候補より素晴らしい政治をする可能性を秘めているのか。
「王位とか興味ないというか、現実感なかったし、両親の言いつけ通り、ばれない様にしてたんだけど、いつの間にやら嗅ぎつけられてね。ここ最近になって急に王宮に招かれたんだ」
「なるほどな。そこで不覚にも『王様? なれるならなってみたいっすねー(笑)』とか言っちゃったわけ?」
「そんなこと言うわけないだろ! 兄さんをバカにしてるのか!?」
「いや、ベルだったっけ? 君が言ったと思っている」
「ああ、なんだそうか。ならいい……わけないだろーが!」
「バカにしてるのかって質問に関しては、答えはイエスね」
「私をバカにするな!」
叩いた分しか返してこない鐘と違って、こいつはそれ以上を返してくるな。元気があってなによりだ。
「それ以上はよすんだベルベット。彼は巻き込まれただけというのに、その元凶たる僕たちをわざわざ助けてくれた恩人なんだ。礼を言うことはあれど、非難を浴びせることはないよ」
「でも……」
「別に感謝する必要はねえぞ。報酬くれるって言ったから雇われただけよ。払ってくれるんだよな?」
兄妹への興味本位からの成り行きではあるが、助けたのは事実。貰えるものがあるのなら貰うに決まっている。
「もちろん。僕が王になった暁には、必ず」
「……やっぱ王宮に招かれたら、ちょっとは玉座に興味持っちゃったのか? 現実感生まれちゃったか?」
王になることを条件に出したということは、王になる気があるといってもいい。王というものを目の前で見せられたら、心を揺さぶられても仕方ないはず。
「欲がないと言えば嘘になる。しかし僕には、王にならずに生きるという選択肢はない。死ぬか、生きて王になるかの二択しか」
なんでそんな極端なんだよ。そりゃ他の王位継承権持ちからすりゃ、『僕はなりませ~ん』なんて言っても信用ないだろうが、継ぐまでの間監禁でもすればいいだけだし、つかこのまま逃げ続ければ問題ないはず。
その疑問をぶつけると、困ったように眉を曲げた。
「本来ならばそれでも良かったはずなんだが、様々な問題でそうもいかなくなった」
そういうとリュークは指を立てる。その数は三つ。
「一つは、王家の王位継承権保有者より、僕の継承権が高いことだ」
「農民のお前の方が、序列が高いのか?」
継承権に序列があるのは分かる。しかしそれでも、普通は王に近い人間のほうがより高くなると思うのだが。
「ああ。これは僕も王宮に招かれてから知ったんだけど、王位継承権保有者のレベルの高さはそのまま、序列の高さに繋がる。そして王が禅譲の儀をしていなければ、序列が最も高い継承権保有者が王となる仕組みらしい。しかしそれだけならまだ問題はないはずだったんだ」
指を一つ折り曲げる。
「二つ。今生陛下が、その禅譲の儀をしていないということ。この儀を行えば、継承権の上下を無視して任意の者を王とすることができる」
更に一つ指を曲げる。
「最後は今生陛下が、現在床に臥せっていることだ。これにより禅譲の儀を行うことができないため、継承権の高さはそのまま、玉座への近さとなる」
最後の指を畳む。
「あー、質問良い?」
「なんだ?」
「今の王ってもしかして、長くはない?」
「今すぐ死ぬというわけではないが、後一、二ヶ月といったところか」
「わお。すてきな情報だね」
これは、最悪なシチュエーションだな。
「以上のことを統合すると」
丸めた手から指を一つ立てる。
「禅譲の儀を行えない現在、国王が死ぬと継承権上位の僕が次の王となるわけだ」
「そりゃ命狙われるわけだ」
継承権第一位だもんな。
「つかなんで王様さんは禅譲の儀ってのをやらなかったんだ? リュークみたいに一般人のなかに保有者がいるかもしれないってのに」
「市井の中に保有者が生まれる可能性は本当に極僅かだ。しかも禅譲の儀は文字通り王位を渡す行為だからな。王を辞めたくないものは死ぬまでしないだろう。それに今の王家には一人しか保有者はいないため、次の王は決まりきってたようなものだったから、する必要はないと考えていたんだろうな」
「なるほどな。けどそこに他の保有者が現れ、しかも継承権上位と来たからこれは一大事。その王家の保有者に随分と恨まれてることだろ~な」
「だろうじゃなくて、恨まれてるのよ」
そうだろうな。鳶が油揚げを掻っ攫うどころか、平民に玉座と国を横取りされかけてるわけだもんな。
ゲキオコプンプンって所か。
こんこん、とノックの音がした。
「アンタら、さっさと戸を開けな」
開けると、宿の女将であるババアが無遠慮に室内に入ってきた。
「口調戻ってんぞババア」
「夜更けに客が飛び込んできたもんでね。連れてきた奴を引っ叩くのを我慢してるから機嫌悪いのさ」
ババアの言うとおり、今俺たちはババアの宿の俺が借りた部屋にいる。こっそりと兄妹を部屋に上げようとしたが、何用かで夜遅く起きていたババアに見つかってしまった。色々聞かれると思っていたが、特に何事もなく俺の部屋まで案内してくれた。
その後足早に一階へと降りてしまったが、今は両手に盆とタライを持っており、タライからは湯気が、盆からはいい匂いが立ち上っている。
「アンタらご飯は食べたのかい?」
「え、私たちはその」
匂いにくすぐられたのか、タイミング良く兄妹の腹の虫が鳴きだした。
「腹減ってるのならそう言いなさい。子供が遠慮するもんじゃないよ。ほら食べな」
「あ、ありがとう女将さん」
「感謝します女将さん」
「お、美味そうだな。あんがとよババア」
「アンタの分はないよクソガキ」
何でじゃあ。俺もまだまだ育ち盛りの子供やっちゅうねん。
「この子らはまだ、アンタみたいに捻くれてないみたいだからさ」
兄貴の方は死体放置を提案する腹黒だっつーの。
ただやはり逃げ続けていたため余程腹が空いてたのだろう、すぐに盆の上にあった肉野菜炒めとパンは兄妹の腹の中に納められていった。
「食い終わったんなら体を洗うよ。随分とボロボロじゃないか」
「いや、でも……」
「夜分急に訪ねてきた僕たちを上げて、食事を用意して頂いただけで充分なのに、そこまでして頂くわけにはいきません」
「遠慮するもんじゃないって言っただろう。それにもう湯を作ってきたんだ。これを無駄にする気かい」
持ってきた盆の中には湯が張られており、ババアが手ぬぐいを浸し、絞っている。
「お言葉に甘えとけって。それに俺が獣人だからかもしれんが、お前らかなり臭いぞ」
「っな! あんた、臭いって--」
「女の子に向かって臭いなんてどういう了見だいクソガキ!!? ぶん殴られたいのかい!!!?」
「ってぇー! もう殴ってるじゃねーか!」
俺とこいつらとでは扱いに格差がありすぎる。こういう些細な差が人との間に溝を作り、それは差別へと顔を変え、いずれは戦争へと--
「わけの分からないことブツクサ言ってないで、とっとと部屋から出ていきな! この子の裸を見る気かい!?」
「いや、ここ俺の部屋なんだけど」
「それをいうなら、ここはウチの宿さね。さ、出てった出てった」
ババアによって部屋の外に押し出される。現代日本だったら考えられないサービスだ。ここは元の世界の方が優れている点だな。間違いない。
廊下で棒立ちし、何かがこぼれないように天井を見上げ、取り留めのないことを考えていると、扉の隙間からババアが顔だけ出してきた。
「言い忘れてたけど、この子らの宿泊費と食事代、ついで湯の代金は後でアンタに払ってもらうから。ああ、深夜だから料金2割増ね」
何かがこぼれた。
「話を戻すぞ」
台風一過、ババアが消えたので話し合いの続きをする。
「それはいいが、少し目元が赤くなっていないか?」
「眠さのあまり目を擦り過ぎたんだよ」
それいがいのりゆうがあるはずないだろなにいってんだ。
「そうか。とにかく僕はまだ死にたくないからな。この後どうすればいいのかについて話し合おう」
「そだな。お前ら他に家族は居るのか?」
「いや、三ヶ月前ほどに両親が死んでしまい、親族と呼べるのはベル以外はいないな」
「ならよし。そういう柵がない方が身軽に動ける」
最悪人質に取られかねんからな。
「外国に逃げるってのはダメなのかな?」
「駄目だ」
「駄目だろうな」
外国に行っても王位継承権が消えるわけではないから、見逃されるわけでもなし。次の王を籠絡する行為と見做されて、戦端が開かれる可能性も十分にある。それを伝えると妹のベルベットはしゅんとしょげた顔をした。
「大体お前ら国から出ていけるコネとか伝手とかあるのか? 味方してくれる奴らもいねえってのに」
「伝手はないが味方なら居るぞ。一応な」
「居るの?」
驚いた。暗殺者に囲まれて後一歩の状況から、孤立無援で立ち回っていたのだと思っていたが。
「王宮にも兄さん派の人間が居るのよ。当然でしょ」
しょげてた癖にすぐ調子を取り戻して食って掛かってきた。もう少し大人しくしてろ。
「かなり少数派だがな。大半はガーフ王子派で残りは中立派、つまり様子見の奴らだな」
「第一位よりかは、昔から粉掛けてきた王子の方を手助けするわけだ。むしろお前を応援してくれる奴がいるほうに驚きだ」
どんな奴か分からんぽっと出の平民より、多少付き合いのある王子の方が取り入りやすいだろうに。只でさえ平民出の継承権保有者は優秀って言われてんのに。
「最近、隣国で戦争の準備を進めているという話は、聞いたことがあるか」
「モチ」
「もち……? とにかく聞いたことがあるんだな。その国に狙われてるのがこの国、ウデンだという話だ」
「戦争には優秀な指導者のもとで臨みたいってところか」
そういう思考になるってことは、恐らくリューク派の人間は軍関係者かな。王家守護の騎士団はそのガーフとかいう王子派だろうし。
なるほど。それなら……やりようがあるな。
「でも、兄さんを助けてくれたソート将軍は今捕まってるし、どうすれば?」
「そうか、将軍とはますます都合がいい。じゃあまずそのソートって人を助けに行くか」
「え?」
「おい、その将軍がどこに捕まってるか分かってんのかリューク?」
「それは把握しているが」
決まりだな。思わずこぼれた笑みを見て、俺の意がわからない兄妹は疑問の表情を浮かべる。
「この政争はつまるところ、王子とお前、リュークのどちらかが王になるため行われてるものだ。王が決まればそれで終わる。だからよ--」
「逆に王宮に攻め入って--」
「--殺すんだよ」
その時、深めた笑みを、兄妹がどう受け取ったのか、俺は知らない。