忍者、王都へ向かう
「えー!? お仕事辞めちゃうの!?」
「はい。急な話で申し訳ないんですが」
「なにか不満があったのか?」
「いえ、少しカレスの街から離れることになったので」
「じゃあ戻ってくればまたやんのか?」
「そうですね、まだ席が空いているのなら厄介になると思います」
「エイナ、どこ行くの?」
「ええ--王都の方に少し」
話し合いの結果、出来る限り早く行動に移した方が良いということになったので、二日後に王都へと向かうことが決まった。次の日にはジンさんたち職場の同僚に別れの挨拶を済ませ、王都へ向かうのに必要なものを買い集めていく。文字か読めるということだったので、兄妹たちにはギルドでの頼みごとと図書館での調べものをしてもらった。
その後睡眠をたっぷりと取り、いつも通り太陽が顔を出す前に起床する。農民らしく兄妹もほぼ同時に起きたらしい。ババアに朝食を頼み、食べ終わると部屋から荷物を持って降り、チェックアウトを済まそうとしてカウンターに向かったとき、ババアから声が降ってきた。
あんたら何かヤバいことをするつもりなんだろ? と。
「兄妹が並じゃないことに巻き込まれてるのは、なんとなくわかるよ。それをどうにかしようと動いているのもね。厄介ごとを解決できるのならそれでいいさ。でも、当然危ない橋を渡ることになるんだろ? 別にアンタらはまだ子供なんだから、逃げてもいいんだ。まだ、戦う必要はないんだよ」
「おばちゃん……」
「女将さん……」
「ババア……」
無言の拳骨が俺の脳天を直撃してきた。何故だ解せぬ。
しかしこのババアが俺らの心配してくれるとは思わなかった。長年宿の経営していると、客がどんな状況にあるのかも分かるのかもな。
けどまあ。
「あんたかなり勘違いしてるぜ。俺達はちょっと王都の方へ行って、かる~く用事を済ませてくるだけだっつーの。すぐ終わるから、ババアはあの部屋キープしとけよ。なんたってこの俺が帰ってくるんだからな」
自分でもどうかと思う発言だ。気を利かすとしても、もうちょっといい言葉があるだろうに。
ただツボに嵌ったのか、ババアには受けが良く、大笑いしている。他の客が起きてしまうぐらい大声で。
「そうかい、じゃあキープ料も今度の宿泊費に乗せとこうかねぇ」
「マジふざけんなよおいババア」
横暴極まれり。そんなやり取りをした後、宿から出ていこうとすると、再びババアから声が掛かる。
「アンタ! 名前を教えな! キープするにゃ名前が要るんだよ!!」
宿帳に記入してるだろ。そう言おうとして、こちらではまだ名前を書いたことがないことに気づいた。必然記帳すらしていない。
「そういえば」
「僕たちもまだ聞いてなかったな」
あれ? まだ名乗ってなかったっけ?
振り向いて、三人に答える。
「俺の名前はエイナ。よろしくな」
「変な名前だね」
「変な名だな」
「変な名前ね」
うるせぇよ。
そんなやり取りをした後、馬を引き取り門へと向かう。兄妹と出会った日から二日、日の出と共に街を立つ。向かう先は王都、ウード。
「兄ちゃん兄ちゃん。あっちの方、あの林がある所をよろしく」
「おう」
俺と共に馭者席に座って手綱を取っている男に声を掛ける。
傭兵や893で通用するような体躯と顔面を持つ獣人の兄ちゃん--しかし職業は行商人--が、林のほうへと視線を向ける。遠くのものを見ようと目を細めているだけのはずが、強面のせいで睨み付けているように見えるという、場合によってはかなり損な容貌をしている。
「うん、オッケー。ありがとな兄ちゃん。この後もよろしく頼むぜ」
「こんなことで良いのならいくらでもするけど、いったい何の意味があるんだい?」
微笑みを浮かべこちらに対して聞いてくる。しかしその眼はさりげなくこちらの背景を探ろうとしていた。
俺なら嘘を吐きとおすことができるだろうが、後ろの二人に関してはどうか分からない。さてどうするか。
「あそこに僕たちを狙う刺客が居たのです」
俺がどう答えようと考えていたら、幌が掛かった荷台から声が掛かる。宮廷闘争の火種、少年リュークが顔を覗かせる。
「それ、ほんとかい?」
兄ちゃんが驚き、こちらの内を探る様子を隠さなくなった。その態度を兄の後ろから盗み見ていたベルは、男と兄の間で視線を泳がせていた。正直俺もこんなバカ正直に答えるとは思ってなかったから、リュークの様子を窺っている。
リュークはその場の空気に気づいていないように、得意げな顔を浮かべている。
「ええ。そのために僕たちは馬車の中に隠れているのです。しかし心配はいりません! 何を隠そうそこにいるエイナこそが、僕たち兄妹を守る騎士なのです! その眼は遠い山の獣すら見落とさず、その力は強力無双、刺客たちをバッタバッタとなぎ倒すのです! 彼が居れば僕たちの安全は保障されたといっても過言ではないのです! どうぞご安心を!」
大仰に立ち上がりそう言い放つ。まるでごっこ遊びをする少年のように。リュークの意図を読み取れた俺はそれに乗っかっていく。
「実をいうと、この方たちは由緒正しいお方なんだ。俺は彼らを守ろうと全力を尽くしてんのよ。理解してくれたか?」
兄ちゃんに小声で、俺もごっこ遊び中の少年のようなセリフを吐くと、彼は納得した表情を浮かべ、態度を軟化させた。
「そうかそうか、僕に手伝えることがあれば何でも言ってくれ」
「ご協力感謝するぜ」
彼は俺たちがごっこ遊びをしていると納得したようだ。少なくとも嘘は吐いていないと。
当然こちらは嘘など吐いていない。ただごっこ遊びであるように大げさに振舞っただけだ。
性根は優しい彼は、少なくともこの移動中はごっこ遊びに付き合ってくれるだろう。
「このような感じで問題ないかな?」
耳元でそう呟いたリュークにしか見えないように、俺は親指を立てた。
なぜこの行商人の兄ちゃんと一緒に王都へ向っているのか。
それには俺たちが王都へ移動中のときに発生する、二つの問題が絡んでいる。
一つは王都までの距離。
王都までへの道のりは起伏が少なく、村などで休息を取りながら三日程馬に乗って歩き続ければ到着するといった、極めて平易なものと言える。しかし、この馬に乗って歩き続ける、というものが曲者であった。
こちらの馬は品種によるものか魔力の影響のためなのか分からないが、元の世界の馬に比べてかなり体力がある。カレスの街に行く時にはかなりの速度、馬術で言う襲歩のときの速さ--だいたい時速40km--を維持したまま、朝から夕方まで走り抜けるという、競走馬も舌を巻きブルルと鳴くような働きを見せてくれた。
何が言いたいかというと、こちらの馬の歩く速さもまた、元の世界とは比べようもないということだ。
駈足の速さ--時速20kmほど--で半日ぶっ通し歩き続けれるってどうなのよ。
三日間そのペースで移動したと仮定すると、単純計算で720kmほどの道を進まなくてはならない。大阪東京間より長い。
最初は兄妹を馬に乗せて俺は歩こうとしたが、あまりの距離に考え直した。流石に三人も乗せると馬の負担も馬鹿にならない。
移動時間が長くなればなるほど、襲撃される頻度は多くなるだろうし、そうでなくとも緊張時間が長くなってしまう。その分だけ命を取られる危険はそれだけ増加してしまう。
もう一つが、その刺客たちだ。
この世界の馬なら潰す気で走らせれば、一日でカレスから王都まで移動できるだろう。リュークの策通りこちらに腕の立つ者がいるということは把握しているはずだ。しかしこの場合その強者、すなわち俺の容姿に問題がある。
見た目ガキの俺は、どこをどう見ても強そうには見えないという問題が。
獣人ゆえに同年代の人間の子供よりは強いとは思うだろうが、訓練を積んだ大人たちを斃せるほど強いとは決して思わない。やはり嬉々として襲われてしまう。
これらの問題の解決手段がズバリ、ここにいる兄ちゃんである。
昨日兄妹に頼んでギルドを通して人を探してもらっていた。条件は近日中に王都に馬ないし馬車を使って帰る、ぱっと見て強そうな人物であること。そこで不運にも俺たちのお眼鏡に適ってしまったのだ。
乗り物の有無はそのまま、一つ目の問題の解消に繋がるのだが、俺たちが何より重要視していたのがその見た目である。
性根は良いが、見た目カタギじゃない系の獣人の兄ちゃんを、刺客はどう見るだろうか?
リュークへの刺客を殺されたと聞いた彼らはきっとこう思う。『こいつが刺客を殺した腕利きか』と。そう勘違いしてくれることだろう。商人は仮の姿、俺は兄ちゃんの血縁者とでも向こうが勝手に解釈してくれるはずだ。
俺が指示した場所、すなわち刺客が潜んでいる場所を凝視してもらうという行為も、このハッタリを一層強固なものにするため作用している。
馬車の使用料払った以上の価値はあってよかったよかった。
さて、視線で牽制された(と思っている)刺客たちは、次にどういう手段を取ってくるだろうか。
兄ちゃんは当然として、兄妹はずっと馬車の中か、兄ちゃんの視界内にいるから無理。ならばそれ以外の人物、つまり俺を狙ってくるだろう。同じ獣人という点から、護衛である(と思われている)兄ちゃんの血縁者とでも思っているかもしれないな。
俺を捕えて脅迫するのかどうするかわからないが、一番手を出しやすいのが俺である以上、何かしらの行動を起こしてくるだろう。
こちらの思惑通りに。
カレスと王都までの間にある宿場町の一つ。俺たちが部屋を取った宿から出てくる人間が一人。つまり俺のことね。
日中とはまるで違う顔を覗かせる夜の町に釣られて無防備に飛び出したアホな少年の図、と見えるだろう。人工の光も星の光も遠くなる裏路地に入っていく。宿周辺を嗅ぎまわっていた者たちも同様に。
恐らくここから出てくるものは俺以外いないだろうがな。
「ただいまー」
色々な処理をし終えて泊まっている部屋の扉を開けると突然、室内から閃光が奔ってきた。
驚愕と同時、後退し光源から距離を取る。光が消えたそこにあったものは。
「なにしてんのアンタ?」
呆れた顔をしたベルベットであった。傍には兄であるリュークが居る。
「いや、さっきの光は何よ?」
「何って、魔術に決まってんじゃん」
「なにそれ聞いてない」
え? なにこいつら魔術が使えんの? 一時期俺のやる気を根こそぎ奪った忍術習得不可事件のそもそもの原因を、こいつらは使えるというの? 何で俺こいつら助けたんだろ教えて神様。
「てゆーかほんとお前ら魔術使えんなら俺の助け要らなかったんじゃねーの自力でどうにしかしろよDC&JC共が」
「でっ、でぃーしーあんどじぇーしー? よく分かんないけど魔術くらい使えるに決まってるでしょ。私たちを何だと思ってたのよ」
「あらゆる意味で面倒くさい兄妹」
「面倒くさいってどういう意味よ!」
「ベルは煩いから面倒くさい。リュークはトラブルそのものだから面倒くさい」
「トラブルそのものとは言ってくれるな」
だが残念。それは紛うことない事実だ。
「確かに魔術を使えれば僕たちもあの窮地を脱することができたのだろうが、その前段階でかなり魔力を消耗してしまったし、そもそも奴らが魔術を使えるほどの隙を作ってくれるとは思わなかったからな。実際問題エイナの助けがなければ僕たちは死んでいたということだけは確かだろう。感謝してる」
そう言ってリュークが頭を下げてきた。こいつはこのことについては本当に頭が軽いなぁ。そんなことよりも重要なことがある。
「戦力の情報共有は大事だからな。お前らが使える魔術がどんなんか教えてくれや」
「そうは言っても、僕が雷。ベルが水の魔術を使えるというだけで、魔術の構築にも普通の魔術師の何倍もの時間がかかってしまうぞ。こんな風にな」
そう言うと、魔力を用いて描かれた魔術式が空中に浮かんでいく。しかし言った通り記述のスピードは遅く、その式の雲散を留めるにも魔力を使っているので、時間を掛ければ掛けるほど魔力の消耗度は大きくなっていく。
時間を掛けて書いていた魔術式が焼失すると同時、先ほどと同様に室内を強烈な光で照らしていく。
「とまあ、こんな具合だ。すまないがあまり戦力にはならないだろう。
「いやいや問題ないぜ。安心しろ、お前にやってもらうことができた」
俺は満面な笑みを浮かべているだけなのに、なぜそんな引いた顔するのだろうか? りかいができないなぁ
こんな感じで道中進むこと三日目の昼。俺たちは王都ウードに到着した。
とっくに俺たちの所在はばれているのだから、隠すことなく堂々と城門から王都へ入っていく。そこで兄ちゃんとは別れた。巻き込まれたらごめんなさい。
「お前ら覚悟はいいか?」
「出来てるわよ」
「そうだ。僕たちはもう敵中にいるのだからな」
そう。既に俺たちは敵の腹の中に居る。王都の内部へと入った瞬間から。
あっちにも。こっちにも。こちらを熱い視線で見るものが居る。道中感じていたのと同じ熱量を持った視線が、こちらの一挙手一投足を見落とさぬように。
「ねえ、なんかすっごい見られてない?」
「ま、こんだけの数になると流石にわかるか」
「ああ、王城でも同様なものを受けていたからな。しかし、この日中に手を出すような真似はしない--」
「いや逆だ。この街の場合は昼だからこそ、狙い目となる」
王都というだけあって、街の中の道には人が溢れんばかりに存在している。もしここで通り魔のような事件が起きても、犯人を見つけることは困難だろう。
「ならばどうするのだ?」
「とりあえず、宿を取るか」
「そんな悠長なことを言ってていいの?」
「いや、勝負は夜からだ。それまでに準備をし終えなきゃな」
絶えず警戒をし続け、街の中に紛れた襲撃者をやり過ごしつつ宿を探す。王都でも一等安く環境が悪い宿に泊まる。
築何年か分からない、いつ壊れてもおかしくないし惜しくもない木造建築の宿という好条件物件だ。
これから先、王都内で色々問題を起こすかもしれないが、下手な継承権争いをするよりマシなのだから許してもらいたいものだ。




