忍者、武具屋に行く
二ヶ月経過直前に滑り込みセーフ。
話がほとんど進んでいないけど(小声)
壁には剣や槍、斧、盾、鎧など種類を問わない数々の武具が掛けられている。棚によって区切られた空間は通路となり、そこかしこに武具は飾られている。
目に入ってくる物量は窮屈さを感じさせるが、その室内にぽっかりと開けたスペースがある。
大男が武器を振り回してもぶつかることはない広さを持つそこは、まさしく武器の試用のためにあるのだろう。
今、その小さな舞台上で踊る主役は、槍を持つ少女。
派手さはなく、基本に則った槍裁き。縮こまることなく、穂先は大きな弧を描き、されど得物に振り回されることない。一手一手を確認しながら動きを続ける。
演目はそこから激しくなっていく。
円の動きを主軸とし、刃ではなく石突も加わる。回転軸が縦から横へと変わり、地面に叩き付ける、その寸前で、演武は終わりを告げた。
「なかなかどうして、見事なものじゃないか」
「ああ。その通りだけど、勝手に基本から外れた動きをしやがった。あとで泣かすわ」
俺の発言に勢いよく振り返るのは舞台の演者。勿論ベルである。
「ちょ、ちょっとだけ派手にやっただけじゃない!」
「一応言っておくが、ベルは僕の妹だからな。泣かすのはほどほどにな。いや、ほどほどに泣かしてくれ」
「そこは止めてよ兄さん!」
「って言うかお前、まだそんなアレンジ利かせるほど槍を修得していないだろうが。そんな状態でアドリブやってんじゃねぇよ」
「し、仕方ないじゃない。それだけこの槍が手に馴染んだんだもの」
そう言って手に持つ槍を掲げてみせる。
全長はベルの身長とほぼ同じ。柄には迷宮産の木材。青色の塗装が施され、その上を金色の線が何かしらの記号か文字のようなものを描いてる。石突には丸みを帯びた金属がはめ込まれていた。
そして肝心要の穂先には僅かに弧を描いている20㎝ほどの片刃が輝いている。
斬ることも考えて反りが入っているのだろうが、刃渡りは薙刀のそれに比べてかなり短い。形状としては菊池槍の方が近いか。
「はっはっは。ベルベット様、いくらなんでも儂の槍のせいというのは酷いですぞ」
「あ、ごめんなさい、ベーオウルフさん」
今俺たちはベーオウルフ・オールドが経営する街の武具屋に居る。
何故此処に居るのかというと、話は極めて簡単だ。
ベーオウルフからの伝言が来たのだ。要約すると『ベルベットの武器が出来たから城下の武具屋にまで取りに来い』という内容だった。
「来いと言ってる以上、オールド家の人間は梃子でも動こうとしないでしょう。こちらから出向くしかありませぬ。
そっちが届けに来いって話をしたとき、ソート将軍が言った言葉だ。
工の剣公、オールド家が来いと言った以上、こちらから出向く必要がある。というより待ってても未来永劫手元に来ることはないのだ。本人が病床に伏せているなど、どうしようもない事情がない限り、例え代理が来ても受け取ることはできないというのだ。
いわゆる不文律。こういうのを悪しき風習と呼ぶのではないだろうか。
そんなこんなで、俺たちは武器を取りにここまで来たわけだ。
「いやいや、冗談ですよベルベット様。実の所、その武器を作ったのは儂ではありませんし」
「え? どういうこと?」
その言葉と共にベーオウルフが紙を2枚取り出した
「ディールの小僧から手紙が来ましてね」
「ディールさんから?」
ベルに差し出された手紙を横から覗き見る。えーとなになに?
「『ジンから依頼を受けた。ベルベット様の槍を作ってくれ。柄は作ったが、いい金属がなくて。穂先と石突だけでいいから。設計図は別紙。以上』。かなり簡潔に書かれてるな」
「つまりその槍は、殆どディールさんが作った物と言っても過言じゃないわけか」
「そういうことです。儂は奴の指示通り作っただけですから」
なるほど、ベーオウルフが作った物じゃない。つまり俺たちがここまでくる必要はどこにもなかった、ということだな。
殆どディールが作った物、つまり少しは儂の手が入ってるということ。ならばここに来てもらうのは必然だ。
上記のことを問い詰めた時の返答がこれだ。偏屈爺さんか。
「それにしても流石は武具屋というか、数もそうだが、何よりも種類が凄いな。工の剣公というのは伊達ではないという事か」
リュークが店内を見回し感想を述べる。
部屋を埋め尽くさんばかりの武防具があるが、それは多種多様な武具で構成されている。大雑把に剣や槍などで分類は出来るが、形状や長さなどで多岐に分かれている。見るからに量産品というものは見当たらない。
「色々試し打ちした結果です。武具屋というより倉庫と言った方が正確かもしれませんね」
ここにあるのは試行錯誤した結果の試験品が大半のとの事。言うなればアウトレットのようなものか。一品限りだから値段は高いのだが。
「ちゃんと自分のポケットマネーで試作しているので、ご安心を」
「それについては別に心配していないのだが」
リュークが苦笑を浮かべる。
「でも本当に扱いやすいわ。自由自在に動かせるって感じ」
新たに手に入れた武器を振り回すその様は、まさにオモチャを与えられた子供だ。
「ディールの小僧がベルベット様に合うようにちゃんと計算した結果でしょうな。武器作成の腕だけならあのハナタレ小僧の方がもはや上でしょうな。師匠冥利に尽きます」
へぇ、ディールさんの師匠だったんだ。この人。
「これはそろそろ引退せねばなりませんな」
「オールド家の仕事は武器造りだけじゃないだろうに。そちらではまだまだ負けていないんだろう?」
これはリュークの言う通り。
工の剣公の仕事は、この国で最も多岐に渡る。
武具や魔導具の作成から始まり、城の増築、建物の建設、道の舗装などの建築分野。椅子や机などの木工。陶器製のコップや皿。窓に嵌めるガラスなどなど。おおよそモノづくりに関しては、全てこの家に一任されていると言っても過言ではない。
街にある建設屋や鍛冶屋、モノづくりにおいて、オールド家とまったく繋がりのない店など、存在しない。
この国の工業の全てを担っている家。それがオールド家だ。
ギルドにある変更盤を作っているのもこの家だと言われている。あれ人が作れるものっていうことにびっくりだけどな。
その比重の大きさから、協力を得られなかった王様といえど、この家の機嫌だけを損ねる様なマネはしなかったという。
他の五剣公の職務は別の人間でも熟せることを考えると、一線を画す存在と言える、かもしれない。
ウガ家の仕事も同類だとは思うが、研究職の肩身は狭いようだ。歴代王の大半は重視していなかったらしい。リュークがどう扱うかは知らないがな。
それにしても、ねぇ。
「これ全部試し打ちなわけ?」
「ああ、そうだぞ小僧」
ぞんざいな口調と視線で返ってくる。
「だとしたら凄いね。ちゃーんと使えるかどうか試してるわけだし」
カウンターの上に身を乗り出しているとはいえ、小さな呟きをこの爺さんは聞き洩らさなかった。
その証拠に、こちらを見る目の色が先ほどとは変わっている。
半分以上ブラフだったが、この反応は正解っぽいな。
「冗談だよ。おじーちゃん」
俺は笑顔を見せ、カウンターから降りてベルに近づいていく。
ちなみに『おじーちゃん』発言には苦み走った形相を浮かべていた。
「誰が爺だ? 誰が?」
アンタ以外いないだろうが。自覚しろジジイ。
ベルは自分の得物を手に入れたからか、かなり上機嫌だ。鼻歌混じりで槍を撫で上げている。見るからに危険人物だ。悦に入ったその表情は、お近づきになりたくない人物のいい例といえるだろうな。
ベルの傍で槍を鑑賞していたリュークが疑問の声を挙げた。
「ディールさんがわざわざベーオウルフに武器製造の依頼したわけだが、この槍は何か仕組みみたいなものがあるのか? 魔導具みたいな」
「ふっふっふ、それは勿論ですぞ陛下。まずはこの柄。ここはディールが作成したわけですが迷宮から採れた良質な木材をベースに青漆を塗りその上からモグモグから取り出した鉱物を溶かして模様を入れておりその模様が魔術式として働き――」
説明を始めたベーオウルフだが、その語り口は立て板に水の如く、淀むことなく止まることない。
スペックについて語り終え、内容は仕組みの素晴らしさについてを通り過ぎて、今は用いている素材について熱く話している。
魔導具についての豆知識なども披露してくれて嬉しい自分は少数派なのだろう。
スイッチを入れたことを自覚しているリュークが、申し訳なさそうな目をしているのが印象的だった。
「そ、そろそろ出ていこうよ! ね、兄さん!」
ベーオウルフの話が途切れたのを見て、ベルが慌てたように言い放った。良く耐えていたが、流石に爺の昔話に入ったあたりで限界が来てたからな。幾ら昔自慢されても、俺たちが生きているのは今この瞬間なもので。
「確かに長居しすぎたな。貴重な話、感謝するベーオウルフ」
「いえいえ、こちらこそ長く引き留めてしまってすみませんでしたな」
リュークもベルの言葉に便乗して締めの言葉を放つ。ベーオウルフも賛同して店内には締めの空気が充満していく。
「それでは失礼――する前に、一つ頼みごとがあるんだが」
リュークの頼み。それを聞いてベーオウルフは顔をしかめる。リュークが願った物は、職人としては余人には見せたくない代物だろう。言葉には出さないが拒絶の意思を示していることが分かる。
だが最終的には根負けし、リュークにそれを渡すこととなる。
見た目通り、頑固爺の印象を持つベーオウルフだったが、あにはからんや、リュークはそれに打ち勝つほどの根性を見せたのだった。
「やれやれ、今代の王は、なかなか頑固者ですなぁ。付いていく者たちはさぞ大変でしょう」
「安心しろ。君、じゃなくて卿にも存分に働いてもらうつもりだからな。仲間外れにはしないさ」
「余り老体を扱き使わんでもらいたいのですがな」
「そういうな。おじーちゃん」
あ、コイツ俺の『おじーちゃんフレーズ』をパクリやがった。だがジジイ扱いするその言葉は失策だぜリュークよ。この爺さんはどうせ顔を顰め……。
「ふふふっ。陛下よ、そこはお爺と呼ぶ方が密かにポイントは高いですぞ」
……顰めることなく、むしろ綻ばせるベーオウルフ。
あれぇ? 可笑しいな。俺の時と対応が違うぞ?
「では、今後はお爺と呼ばせてもらおうかな?」
「どうぞどうぞ。ベルベット様も同じように呼んでいただいて構いませんぞ」
「えっと、じゃあ、お、おじじ?」
「うむうむ、良い響きじゃのお。感無量ですわ」
「分かったよ。お爺」
「誰がお前にお爺と呼べと言った?! あ?!」
便乗した俺の言葉に、百八十度異なる冷たい反応が帰ってくる。
前々から思ってたけど、俺の扱い酷すぎない? ていうか、俺嫌われすぎてない?
「随分と賑やかじゃないか。繁盛してるね工の翁」
俺という存在について本気出して考えていた時、店の扉が開かれ、聞き覚えのある軽薄な声が店内響いた。
「皮肉を言いに来たのなら帰りやがれ。あと爺扱いすんな」
「呼び出しといてその言い草は酷くないかい? 工の翁……分かった分かったそんな睨まないでくれよ。オールド公。可愛い冗談じゃないか」
「お前に可愛らしさなんて誰も求めてねえんだよ、カーディよぉ」
「こんにちは。お爺」
「おうシャーロットちゃん。物騒なところだがゆっくりしていきな」
「私とシャロで扱うが違うのは何故なんだろうか?」
「見た目と性別」
「なるほど。それは分かりやすいね。知りたくないほどに」
軽口を叩き合う二人の剣公。
そう、目下リュークにおける最大の障害物。アルヴァ家の二人、カーディとシャーロットが現れたのだ。当然、従者を引き連れて。
しかし、何というか……。
「流石にエンカウント率高すぎるだろーが」
「エンカウント率っていうのが何のことか分からないけど、言いたいことは分かるわよエイナ」
ここまで俺たちとアルヴァ家の人間、というかシャーロットと出くわし続けるのを、偶然の一言で片づけるのはまず無理だ。あからさまにすぎる。
「ベルベット様がおっしゃっている意味は分かりかねますけど、ご機嫌麗しゅうございます。陛下」
「こんにちは王様。今日も出会うなんて奇遇ですね」
あ、あくまで偶然の出会いってことで貫こうとしてやがるコイツら。認める気ゼロか。
二人の発言にリュークも苦笑いだ。
「そちらも息災で何より。ああ、本当に奇遇だなシャーロット嬢。こういうのを運命とでも呼ぶのかな?」
「これはこれは。親の私が居る前で口説き始めるとは。陛下は豪胆ですね」
「僕はロマンチストなんだよ。だが偶然の積み重ねを運命とでも呼ぶのなら、必然の積み重ねは何と呼べばいいのかな? 陰謀なのか策謀なのか」
「偶然と必然は紙一重。別々に区切る必要はありません」
「僕にとっては王となるのも平民として生きるのも紙一重だった。その紙切れ一枚は時に何よりも分厚い境界線となることもあるだろうよ」
「なるほど手厳しい」
そういうカーディの表情は薄ら笑いを崩すことはない。リュークが浮かべるのも同じ種の笑みだった。
そのやり取りを無表情で眺めていたシャーロット。彼女は視線を横に滑らして、一人の少女に固定される。
同時に、彼女の無表情が崩れ、笑みが浮かんできた。カーディとは違う、作られたものではない、本当に楽しげな笑みだった。
「ふふ、ご機嫌ようベル」
「あー、うん、はい。ゴキゲンヨウ」
「あら、そんなに警戒しないで貰いたいわね」
「いや、警戒してるわけじゃなくてね。今までと全く違うから、ちょっと戸惑って」
「確かにちょっと馴れ馴れしかったかしらね。ごめんなさい」
自らの態度に反省を示すシャーロット。ベルの言った通り、以前とはかなり感触が違う。
「どうした、なんか変な物でも食ったのか?」
「あなたは黙っててもらえるかしら」
前言撤回。以前と何ら変わりません。笑顔は消えて無表情で睨まれます。
「正直に言って、ベルのことを気に入っちゃったのよ。図書室の時から」
「具体的にはあの爆笑した時からか」
「耳が聞こえなかったのかしらこの駄犬は?」
いつもより冷えた無表情が向けられております。むしろ悪化しております。
「急に気に入ったとか言われても、ねぇ」
ベルは困惑を隠さない。今までの言動、何より現在の俺に対する態度を見て、そう感じるのは無理ないだろう。
「……確かに。急にこんなこと言って悪かったわね。ごめんなさいベルベット様!」
その言葉と共に、表情をほんの少し顰める。
そして居住まいを正し、直角に腰を曲げて、大きな声と頭を下げる。
完璧な謝罪の姿勢である。
「ちょ、ちょっと! 頭を上げてよシャーロット!」
これに参ったのはベルだ。まるで無理やり頭を下げさせたように感じ、それが引け目や罪悪感に変換されているのだろう。リュークやカーディといった周囲の視線もまたそれを助長させている。特にアルヴァ家の面々からのは刺々しさを隠そうとしていない。
結果、自分は何も悪いことをしていないというのに罪の意識を覚えることとなる。
「でも、悪いのは私だから。友達だっていうのに馴れ馴れしくしちゃって。」
「いや別に悪くないから! 友達だから! だから頭上げて!」
「あーあ、ベルの負け」
「そうよ私の負けよ! ……ってなにが?」
ベルの言葉に従って頭を上げたシャーロット。その顔には申し訳ないような表情……ではなく、どこか勝ち誇ったような薄い笑顔が浮かんでいる。
その笑みにタイトルを付けるとしたらこれ以外あるまい。すなわち『言質は取った』。
「それじゃあ、今度から私たちは友達ね。よろしくベル」
ベルはシャーロットの言動に頬を引くつかせる。自分がハメられたことに気付いたようだ。
「あ、アンタねえぇ~!」
「あ、私のことはシャロって呼んで欲しいわね」
「そこは耐えなきゃいけなかったところだぜベルよー」
土下座先生曰く、土下座とは暴力である。
また列海王曰く、暴力とは我儘を通す力である。
脈絡なく謝罪を行い、自らの意を通したシャーロットを見て、俺はそのことを思い出した。
「相手が何を目的に行動を起こしているのか、それを読むことも戦闘には必要だぜ」
「ご忠告どうもありがとう! できればもう少し早く言ってほしかったわ」
「空気読める男は辛いわ~」
「あら、意外と気が利くのね。少し見直したわ」
「いやいや、この程度大したことないっすよシャロさん」
「貴方に愛称の許可を出した覚えはないわ」
絶対零度の視線と共に吐き捨てられる。ベルに向けてたものとは雲泥の違いだ。
そこにベルの兄からの言葉が飛び込んでくる。
「ベル。勢い余ったとはいえ、自分が言ったことだぞ」
「う……。でも」
「方法や過程は少し酷かったかも知れんが、別にどうしても無理という要求という訳ではあるまい。お前も本気で嫌がっているわけではないだろう?」
「それは……そうだけど」
そう言うと黙りこくるベル。しばらく床に目を落とし、何か考えていたようだが、一つ溜め息を吐くと、シャーロットの方に目線を向けた。
「もうこんな、人をハメるような真似は止してもらいたいわね。シャロ」
「二度と同じようなことはしない様に、善処するわ。ベル」
「……そこは言い切って貰いたかったんだけど」
そう言って二人は笑いあうのだった。




