忍者、追いつく
リュークが王となってすぐ、迷宮探索のバイトを志望する人が増えたという。
恐らく大半が他国の間諜だろう。今まで入ったことがない訳じゃないだろうが、それでも一気に増えてきた。迷宮の何かを調べたかったのだろうが、それと同時に工作していた可能性がある。人を誘拐できるだけの何か、とかな。
そこに降って湧いたのが、カレスに逗留し始めたという新王の妹。
もし早期にベルの存在を察知していたとしたら、どうにかその身柄を確保したいと思うことだろう。交渉に使えば、最大限の譲歩が引き出せる可能性が極めて高い。喉から手が出るほど欲しい、ある種の『人材』だ。
いざという時使うはずだった何かの工作。王妹誘拐に使うことに、何のためらいがあろうか。
いつベルがバカ領主の館から出てきたかは知らないが、短くない時間が経過しているはず。今はとにかく迷宮へと急ぐのみ。
雨によって人通りが少なくて助かった。
これなら、遠慮なく本気が出せる。
「ッスー……ッフ!」
スキルブースト・獅子の心
雨脚が速くなったのに、雨が打ち付ける音は小さくなるという、不思議な感覚に囚われるが、情報を前方の確認と足の裏のみに集中する。
雨で滑りやすくなった地面にしっかりとグリップさせ、急激に上がった身体能力を無駄なく前進する力に変える。気を付けるのは人の影のみ。
最小の方向転換で人を避け、道を駆け、街から離れる。
土を抉り、川を飛び越え、フィルスの壁まで最短距離で到着した。
「お、おい止まれ!」
「何者だ!?」
尋常じゃない速度で現れた俺に、門番が警戒を露わに槍を構えた。
二人とも顔を知った中ではあるが、一度警戒心を持たれては解くのに時間が掛かるし、押し通っても門が閉じられている以上、こじ開けるのも困難だ。
急がば回れ。
壁から弧を描くように離れ、再び接近する。十分に加速してから踏み込み、膝を曲げ力を蓄え、一気に爆発。
ベクトルを変えて、天高く舞い上がる。壁の上部まで残り50㎝という所まで跳躍し、爪を壁に突き刺し、よじ登る。
「お前も結構無茶するよな」
登った先には、昨日も俺の訓練を暇そうに見ていた兵士が立っていた。武器は持っていたが、それを振るうつもりはないようだ。
「俺も止めないの?」
「別に俺は、お前を止めろっていう指示は受けていないからな。そもそも壁をあっさり登ってくる奴に歯向かうつもりがない」
まったくもって、職務怠慢だこと。その適当さに思わず笑ってしまった。お言葉に甘えて、有難く横を通らせてもらう。
走り抜け、壁の渕で踏み切る。壁の高さも相まって、地面との距離は相当なものだ。
「ッハ!!」
地面に着くまでの時間を利用し、スキルブースト・虎の魂。
細長く見えていた雨水が、歪な水滴となり、地を打つ些細な音が連続ではっきりと聞こえた。
ぬかるんだ土はしっかりと体重を受け止め、溜めた水は一歩一歩に跳ねていく。人が動くときに残す僅かな痕跡を探っていく。
見つけたのは森へと続く、真新しい複数の足跡。大きな靴の中に混じるのは、子供くらいの大きさの足の跡が。靴の形から、ベルの物に間違いない。
再び獅子の心の強化を行い、着地と同時にその跡を追うようにして森へと進んでいく。
森に入りすぐさま痕跡を探していく。大人たちが草木を分け、泥を踏んだ後はあったが、ベルのだけは見当たらなかった。小柄な体や木の根を上手く使い、跡を残さない様に動いたみたいだ。探す手掛かりは見つからなかったが、それは他の奴らも同じ。大人の足跡はベルを探すべくバラバラに分かれている。ベルの痕跡が途絶えた今、最たる手がかりはベルを浚おうとする連中だ。彼らの動向からベルの行方を絞っていく。だが足跡を追っていては間に合わなくなるかもしれない。
足に力を込めて、木々の間を蹴るようにして木の上まで跳ね上がり、勢いそのまま木の頭を飛び越えるよう高く跳躍。別の木に着地するまでの間、五感を強化して、ベルの手掛かりを探していく。視界には林冠が広がるのみ。人の姿を見つけるべくもない。ゆえに探索を目視以外に切り替える。不要となった目を塞ぎ、耳の神経を尖らしていく。闇の中に葉を打つ雨の波紋のみが広がっていく。その中に紛れる僅かな音を更に聞き分けていく。次の木に近づくと着地に備え三度肉体を強化していく。
跳躍による移動と情報収集。それを繰り返すこと数度。雨と木々の騒めきの中、微かな話し声が聞こえてきた。
『……ちだ』
野太い大人の男の声。それが聞こえていた方向にすぐさま方向を転換する。跳躍ではなく疾走といえる形で木々から木々へと移ってゆく。
声がした場所には、四人の男たちが立っていた。
「こっちの方で見つかったぞ。二人は逃走ルートの確保、一人は俺についてこい」
「承知した。対象の状態は?」
「まだ死んでいないがそれだけだ。王についての情報を聞きだしたあとに殺すらしい。そのとき遺髪と何か身元を証明するものを盗るってよ」
「分かった。準備してくる」
二手に分かれて行動を始めた男たち。当然俺は何かを見つけたという男たちの跡を追いかけ、そして抜いていった。十中八九その何かはベルだろう。ならばこの男たちの行く先に居る可能性が高い。脅して聞き出すのも考えたが、今は時間との勝負。些細なことで時間を取られるわけにはいかない。
枝を足場に森の中を進んでいく。急ぎながらも耳を澄ましてベルを探す。森の入り口付近より鬱蒼と茂っており、視界の悪さは一入だ。
だからこそ一層と五感、いや聴覚に集中していく。更に意識を沈めていき、無駄をそぎ落とす。雨音が遠ざかり、木を切っていく風の音が消えていき、無音へと近づいていく。
『--』
波一つない水面。その中に飛び込んできた微かな、本当に微かな声。
鼓膜を揺らしたのは、高く細い声。ここしばらくずっと聞いてきた、女の子の声であった。
それを認識した瞬間集中を解き、声の発信源に全速力で向かう。
全力強化によるトップスピードで森林の中を縫っていく。最短距離を駆けているため枝が身体を掠め、細かな傷を作っていくが、頓着せずに前進する。
そして、遂にベルの姿を捉えることができた。大きな木を背にし座り込んでいる。頑張って逃げていたのだろう。表情には疲労の色が窺え、肩で大きく息をしている。足や衣服にも泥が引っ被っている。教えた通り、立派に逃げていたのだろう。
その彼女を囲うようにしている複数の男たち。少女を甚振っている状況であっても、それを楽しむ下種な臭いもなく、憐憫の心も存在してなかった。奴らにとってこれはどこまでいっても仕事なのだろう。
その態度に怒りを覚える。理由は明確だ。仕事だからという言い訳で自分を納得させてた、前世の俺と同じだったから。カンタールの時といい、俺は余程前世の自分が嫌いらしいな。
その囲みの中から、一人の男が進み出ていく。右手には剣が携えられていた。いよいよベルを殺すつもりなのだろう。
「遺言くらい言わせなさいよ」
冷めた表情で剣を見つめたベルが、男たちに言い放つ。図々しい注文だが、それでも男は足を止まった。それを見届けたベルは、こちらを睨んで、叫んだ。
「助けてーーっ!! エイナーーーーっ!!!」
その大声に、僅かに怯んだ剣を持った男。最後の抵抗だと思っているのか、すぐさま気を取り直し緩慢な動作で剣を振り上げた。
「任せとけ」
しかしその剣が振り下ろされることは無かった。密かに男の頭上の木にまで歩み寄り、落下。『三日月』を抜き放ち、すれ違いざまその首を刈り落とした。
突如として現れた俺に、驚く男たち。そいつらから守るように、ベルを背に庇う。
「大丈夫かベル? だいぶお疲れの様だけど?」
「見て分からないの?」
「まあ急いできた甲斐があったってもんだな」
「遅いわよ、バーカ。それで、ありがとう」
「礼を言うのは早いぜ。無駄ではないけどな」
悪態はついているが、声からは安堵の声が滲み出ている。強がっているが、相当怖かったようだな。しかし恐怖に負けず、その時々の最善手を打ち続けたのだろう。本当によく頑張った。
「誰だ、貴様は?」
集団の中から質問がきた。俺の登場による混乱から一番早く冷静さを取り戻した男で、その声を聴いた他の連中も次第に落ち着きを取り戻していた。
「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗れって教わらなかったのか?」
「生憎、両親はいないものでね」
「そうかい、まあ俺も習った記憶はないからな」
無駄話を続けている間に男たちは間合いを取り、俺を殺す算段をしている。
「まあノコノコとこんなところまで現れる段階で、頭はよろしくなさそうだな」
「そういうのは、俺を殺してから言えよ」
各々が得物を持ち、殺さんと間合いを縮めてくる。
「あ、まだ質問の答えを言ってなかったな」
側方から挟撃。それを最小限の動きで躱して刃を振るうと、新たな首なし人形が二つ出来上がった。
「ベルから見たら、この世で一番優秀な護衛。お前らから見たら、ただの死神だよ」
雨で洗われた剣を向けて、宣言した。




