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忍者、異世界に行く  作者: 和尚
忍者、守る
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忍者、へこむ

 そんな決意をした翌日。

「はぁぁああぁあ~~……」

 未だ優れぬ様子のない雨に釣られるように、俺は盛大にへこんでいた。ベッドの上で雨音を聞きながら、ついつい漏れる溜め息を止めることはできず、天井に向けて鬱々とした気を吐きだしていた。


 切っ掛けは昨日の出来事。ベルと共に迷宮での訓練を行うときにまで遡る。

 訓練内容は雨の中での察知能力と逃走方法。雨の時しかできない訓練メニューであった。

 しかし、そこで俺は予想だにしていない光景を目撃してしまったのだ。

 雨が降りしきる中、どうすれば逃げることが出来るのかという段に入った時、ベルが得意げに魔術を発動した時、そこには水の体を持った、もう一人ベルが居た。


 水を使う魔術を得意とするベル。空中の雨水や水たまりを利用して、水で人形を作成したのだ。全身のディティールは甘いが、反面、頭部だけはクオリティが高く、見た目だけはベルそのものであった。

 本人曰く自分の得意技だというその魔術は、まさしく分身の術だと言えるだろう。

 そう、分身の術。あの世界的に有名な忍者マンガの主人公も愛用していた『忍術』である。

 元の世界では出来なかった、俺がやりたくてたまらないその忍術を、ベルが使用したのだ。

 最初は俺の方が師匠のつもりだったのに、なんてことだ。先に進んでいたのはベルの方だったなんて。

 その少し前に、忍術の代表例として分身の術を紹介していたのも仇となった。

 その時のベルベットのドヤ顔を、俺は忘れることが出来ないだろう。


「マジでへこむわ~」

 俺がベットの上で悶々としていると、部屋のドアが叩かれた。

「早く起きなさいよ。そろそろ訓練の時間でしょ」

 俺の許可もなく声の主--ベルベットが室内に入ってきた。雲に遮られて外は未だ暗いが、時間的にはそのぐらいだろう。入室するとそのまま備え付けの椅子に腰かけた。自分がへこんだ原因であるベルから視線を切って、体を反転させてベッドに突っ伏す。

「今日は雨だからパスで」

「雨でも訓練するって言ったのはアンタだけど」

「それは昨日の俺であって、今日の俺じゃないけど」

「そのへこみ具合は、昨日のアンタのまんまっぽいけどね~」

 その発言に反応し、勢いよくベルの方へと振り向く。その顔にはジンさんを彷彿とさせるようなニヤケ面が。この短期間で師匠に似てきやがった……!

「いやーあれよあれ。人間向き不向きがあるって奴? アンタが言ってた、ニン術っていうの? 分身の術? それを私がやれたからってそんなへこまないでよ」

 俺を慰めるような言い分でありながら、先ほどからその表情に変化はない。俺の様子を楽しんでいやがる。

「なあ、そんなに俺をからかうのは好きか?」

「そりゃ勿論!」

 今まで見たことないようなほど、明るく清々しい、満面の笑顔だった。

「口であれ訓練であれ、散々コテンパンにやられてきたんですもの。負け続けた相手に何であれ勝てたら、そりゃ気持ちいいでしょ。それに折角アンタに反撃できる材料が現れたのよ。使わない手はないじゃない。弱点(ナイフ)を握ってるなら、遠慮なく突き刺せ。これが昨日アンタ言った兵法、でしょ?」

 ベルがにこやかな表情のまま、俺に辛辣な言葉をぶつけてくる。相当恨みが溜まっていたようだ。少しからかい過ぎたかもしれない。

 俺が言った兵法も実践しているし。喜ばしくない方向で。

「さ、というわけで、朝ごはんを食べて訓練に行きましょ。時間は待ってくれないわよ」

「何が、というわけなんだよ」

 急かされた結果しぶしぶとベッドから降り、着替えを始める。

「な、何脱いでんのよっ!?」

「着替えるためだし。とりあえず部屋から出てけよ」

 そういうと顔を赤くしながら、大きな音を立てながら扉の向こう側に消えて行った。

 朝から騒がしい奴だなぁ。

 服を着替え剣を差し、雨具を持って部屋を出る。

 ま、今日も一日頑張りますか。


 なお朝食時、ベルの前で着替えた行動に対して、ババアから拳骨を食らったことだけは伝えておく。



 凹凸が多く、手がかり足がかりが豊富とはいえ、水に濡れ滑りやすくなった壁面は、少しでも気を抜くとあっさりと俺を地面へと突き落とすことになるだろう。最新の注意を払い、力と身体を操って上へ上へと登っていく。獅子の心(ライオンハート)のスキルを使わずに登っているので、全身の力を余すことなく使う必要があり、必然肉体は鍛えられていく。

 壁の渕に手を掛け、一気に体を引き上げる。渕をまたぎ、乗り越え、壁の上を寝転がり、目を瞑り体から力みを抜き、人心地をつく。顔を打つ雨の冷たさが心地よい。

「よくもまぁ、毎日飽きずに壁をよじ登れるな。獣人なら余裕だろ?」

 頭上から降ってきた声に目線を向けると、最近よく会う『フィルスの壁』に詰める兵士の一人の顔が。俺と同じように足元まで覆えるだけの長さの雨具を身に纏っている。

「壁登りだけじゃなく、垂れ下がったロープを登ったり、指立て伏せや腹筋、背筋。屈伸運動なんてのもしてたよな。スゲェ細かくステップ踏んだり。獣人なんだから鍛えるにしても、もっと重たいものとか持たなきゃ意味ねぇんじゃ?」

 今兵士が上げたものが、ベルの訓練の裏でやってる俺の訓練メニューの一部だ。改めて聞くと筋トレばっかだな。

「それが意外と効くんですよ。飽きはしますけどね。やってみます?」

「勘弁。そういう押し付けはジンさんだけにしてもらいたいね」

 苦笑いを浮かべる彼の脳裏には、一体何が映っているのだろう。取りあえずジンさんの姿だけは確定だな。

「そろそろ行くのか?」

「はい、飽きてきましたし、ちょっと迷宮の方へ」

「そうか。行って来い」

 特に何の反応もなく、あっさりと俺を通す兵士。

「俺みたいな子供が迷宮に行くなんて言ったら、普通は止めるべきなんじゃないですか」

「普通ならな。でも言うだけ無駄だろ」

 彼に背を向け、『フィルスの壁』から飛び降りた。忍び込むとき同様、音もなく着地をし、前へと進む。

「ここから飛び降りても無事な奴にはなぁ」

 そんな言葉が上から降ったような気がしたが、気のせい気のせい。

 雨と風を裂きながら足を運ぶ。その先には迷宮、『フィルスの森』が。


「--ッギャン!」

 森に入った途端、目に当たる部分も牙で覆われた口をしている、牙犬が襲い掛かってきた。獲物を見つけた途端すぐさま飛び掛かるわけではなく、近寄ってくるまで待てる冷静さを持っていた個体だったようだ。だが既に存在を察知していたため、脅威とならず、カウンターを取ってあっさりと蹴り飛ばす。

 加減をして打ったがゆえ、致命には至らず、すぐさま体勢を立て直した。俺の行為が牙犬の怒りを買ったか、三口の牙を剥き出しにする。

 再び襲い掛かってこんと言うばかりの態度だったが、急に何かを探すようにキョロキョロし始めた。

 それを見届けると、剣を振り抜いて首を飛ばす。

 剣に着いた血糊を振り飛ばし、鞘に納めた。


 実感はないが、牙犬を殺したことにより魔力の底上げ、すなわちレベルの上昇に繋がっていることだろう。

 筋トレなんかで基礎的な身体能力を鍛え、その後は迷宮に潜ってレベルを上げる。これが俺のやっている訓練の内容だ。肉体的な強度や五感の鋭さはスキルありきとはいえ、子供でありながら既に前世の俺に匹敵するものである。スキルブーストをすれば軽く凌駕さえしている。

 ここからスキルなしの状態でも同程度の身体能力を得ることができたなら、スキルを使ったとき、それは凄まじい力となるだろう。


「やっぱりな」

 そして先ほどの牙犬の行為が、俺の疑問を一つ解消させてくれた。

 俺が蹴り飛ばしたときは間違いなく、怒りながらも俺の存在をしっかりと認識していた。しかしその後、急に俺の姿を見失ったかのような挙動を見せた。

 恐らく、真実俺の姿を見失ったのだ。目が元々ないのだから、正確に言えば感知できなくなった、という方が正しいか。

 そう、視力がない。臭いも薬で消している。音も立ててない。だったら奴らはどうやって俺の存在を感知しているのか?

 以前にも同じ疑問を持ったことがあり、一つ仮説を立てたが、それが実証される形となった。

「やっぱ漏れ出てる魔力が原因かぁ……」

 図書館で調べた結果、人の体からは自然と魔力が漏れているらしい。普通なら見逃すほどの微量なものらしく、大気中に放出された瞬間、霧散してしまうようなものらしいが、魔物にはそれを敏感に察知することが出来る種が居るとのこと。さっきの牙犬なんかもそうだ。獣らしく臭いや音にも敏感だったが、魔力察知能力もまた同様だったらしい。

 ベルと迷宮に潜ったとき、目の前を通過していたフィルティッシュが俺の存在に全く気付かなかったのも同じ理由だ。

 そんな魔力察知能力を持った魔物を相手に虚を突けるのか? 結論から言えば是、だと判明した。

 初めて『フィルスの森』へ潜入したときから魔力操作の方法については鍛錬していた。意識的に魔力を操ろうとし、スキルブーストを身に着けたときと同時期に、外に出す魔力を殺す業(わざ)を習得した。

 未だ未熟なれど、牙犬やフィルティッシュから存在を誤魔化すことぐらいなら出来る。


 それでも、ジンさんには察知されてしまった。

 あの試合のときも、魔力を漏らさないように気を使っていたのに、スキルブースト時の魔力操作に気付かれてしまった。先ほども密かにスキルブーストをしてみたが、牙犬に感知されることはなく。

 それはつまりジンさんの魔力感知能力は、魔物のそれを超えているということで。

「鍛えたものか、生来のものなのか。後でジンさんに聞いたほうがいいな」

 生まれ持ってのものならともかく、鍛えて身に着けれるものならば、俺にも鍛えれるということだ。

 そのノウハウさえ分かれば独学も可能だろう。

「じゃなきゃ相手のスキルブーストは見破れないだろうからな」

 スキルブースト。ジンさん曰く『天秤』か。

 これを相手に使われたとしても、今の俺の魔力察知能力じゃ気付くことはできない。

 魔力を消す技術もさらに磨かないとな。魔力で相手に気取られるようでは、虚を突くことなど夢のまた夢だ。


「筋トレにレベル上げに、魔力操作と魔力察知能力。前世以上に鍛えてねぇか俺?」

 仕方ないか。強さがないとやれないことは沢山あるしな。前世を超えた努力をしなければならないのだろう。

 前世でやれなかったことをやるなんて、我が侭を通すためには、な。 

 




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