忍者、挑む
「聞きたかったんだけどさ、俺が迷宮に入ってもいい人間ってこと、ジンさんは気づいてたんじゃないの?」
「ん? どういうことだ坊主?」
両足を肩幅に広げ、膝を軽く曲げて立つジンさんが問い返す。悠然と立つ体からは無駄な力みは見られず、そこから次の動作を読み取るのは困難を極める。
「アイテム袋--魔法の皮袋のことさ。ジンさんなら俺が持ってた袋がそれだと気付けたんじゃないの? 王ないし有力者からそれを受け取ったという点から、許可を得た人間だって推測できたんじゃねーのか、ってことだよ」
槍の全長は約2.5メートル。刃の長さは20センチといった所か。反りも枝分かれもない普通の槍を、体の傍に立てるように持ち、その穂先は地面を向いている。持ち手は槍の中ほど。穂先を下げているのは、俺の体躯が子供の矮躯だからだろう。その方が俺の頭に近い。
「はてさて、どうだったかのう?」
「その態度が全てを物語ってるっての」
纏う空気はトゲを含まず、全てを受け入れるような緩さを含んでいた。先手はこちらに譲るという意思なのだろうが、俺がどれだけ殺気立とうが、袖から投げナイフをチラつかせようが、そのニヤけた顔が崩れることはない。気負いのないその姿勢から、側面正面、上方下方、五体のどこに打ち込んだとしても、あっさりと返り討ちに会う予感がする。
はてさてどうしたものか。
「い、今さらなんだけど、エイナ君大丈夫かな?」
「た、確かに。やらかしてしまったやもしれん」
「これは大変、ヤバすぎる」
剣呑な雰囲気を読み取った外野の三人組が、急に騒ぎ出した。どうやら事の重大性を認識し始めたようだ。ただの訓練ならまだしも真剣を使っている以上、訓練とは言い難いだろう。しかもその相手が子供である。我が身可愛さに押し付けてしまったが、流石にこれは問題があると思ったのだろう。
「大丈夫って言ってんなら大丈夫なんじゃないですか?」
既に真剣についてのツッコミを終えていたベルが、三人組を諌める。その声音には諦めのような感情が含まれていた。
「だが流石に真剣はまずい。せめて刃引きをしたものでなくては」
しかしベルの言葉を聞いてもジェロームは歩みを止めることなく、近づいてくる。
「二人とも、真剣ではなく刃引きしたものを--」
言葉の途中、譲ってもらった先手を行使する。
愚直に真正面から突進する。走る勢いを乗せて突きを放つ。
低い地点から胴体を狙った片手突きを、余裕を持って受けるジンさん。引き上げた槍頭で剣先を受け流された。槍と剣の接触点を軸にして、槍が回転。勢いよく石突が頭上から迫りくる。それを左手の鞘で受け止める。そのまま鍔迫り合う、ことはなく、一気に後退して距離を取る。
力比べしても良かったんだが、ジンさんの身体から魔力が動いた気配を感じた。それだけなら構わなかったが、ジンさんの魔力量がちょっとシャレじゃない。はっきり言ってビビったわ。その魔力量をそのままブーストに使われたら、容易に押し切られていただろうしな。
「動きはええ。技も鋭い。魔力感知もよく鍛えてるじゃねぇか。あながち妄言ってわけでもねぇみてぇだな」
槍を戻して、ジンさんが声を掛けてくる。先ほどの攻防を経ても、その態度には一切の変化がなく、余裕を崩すことはできなかった。
「さて。先手は譲ったし、次は俺の番かのう」
そう言うと、膝や腰を曲げて、重心を一層低くしていく。左手は腰元に、右手は穂先の方へと滑らせる。その槍の先端は、ぶれることなく俺を見ている。
それと同時に、ジンさんの気配が大きく変わった。重さが加わった空気が、突き刺すように俺に向かって放たれるのを感じる。表情だけは変わらず、軽い笑みを浮かべたままだったが。
「ちょっと遅いけど、離れてた方がいいぜジェロームさん」
「あ、ああ」
呆けたような声を出し、足音が遠ざかる。
ジンさんの雰囲気の変化を見届けて、鞘を腰に差し、剣を両手持ちに変える。
「鞘は邪魔になるんじゃねぇのか?」
「っふぅー。投げ捨てたら、エイナ敗れたり、なんて言われそうだからね」
「なんじゃそりゃ?」
深呼吸をしながら、一歩距離を詰めていく。ジンさんも同様に近づいてくる。
そして、ジンさんの間合いに侵入する。
瞬間、ジンさんが膨張した。
足に蓄えていた力を一気に解放し、近づき、槍を突き出す。
その直前、スキルブースト・虎の魂。
五感が鋭敏化していく。体を伝う微小な風の流れを肌が掴み、舞い上がる木の葉の動きを捉え、空気が軋む音が聞こえる。漂う匂いは酒精の物で、三人組から流れてきたそれは、果物のように甘かった。
ジンさんへと意識を向けると、体の動きがスローモーションとなり、槍の向き、踏込の位置、視線の先、
筋肉の動きから体や力の流れが把握でき、次の動きが予測できる。
獅子の心に回していた魔力を遮断したため、身体強化が無くなって剣の重さが跳ね上がる。片手では操れないほどに。今の俺は年相応より少し上の身体能力しか持っていない。槍を弾くどころか、受けることすら能わず。脚力の低下から歩幅も狭くなっているだろう。
しかし次の一手が予測できるのなら、回避することはできる。
踏込の深さから、顔面への突き。顔を左に振って躱す。
刃が顔のすぐ側で停止する。ジンさんの右腕が震え、切り裂くような横薙ぎが迫る。しゃがんで槍を潜る。髪数本を空気の中を泳いでいく。
勢いのまま体を回転させ、柄尻での下段薙ぎ。後方に跳躍。
更に回る、と見せかけて、足を使って急停止。回転力を体の捻りに変換し、槍を目いっぱい引き寄せる。素早く順手に持ちかえての、石突による突き。
突きを止めるように、右足の裏で槍の先端を踏む。そのまま槍に乗るように、残った足で地を蹴りつける。関節を使い受け止めた衝撃と、槍を蹴る力で、空を滑った。
宙に居る間に、魔力の偏りを止める。スキルブーストが無くなると音は遠くなり、世界は速く流れていく。
急な体感速度の変化にも慣れたもの。空中で体勢を整え、元に戻った身体能力を余すことなく使い、無事に着地。
突きが強すぎたため威力を吸収しきれず、足にダメージを残すこととなったが、そのおかげでジンさんとの距離をかなり開けた。仕切りなおすにはもってこいだ。
「やれやれ。まさか俺の連撃が交わされるとはな。俺も老いたかねぇ?」
どうやら向こうも同じことを考えていたようで、構えを解いて気さくに話しかけてきた。
「どの口がほざいんてんだよ。全然本気じゃないくせによ」
痛みを取るように左足で跳ねながら言い返す。
先ほどの攻防においても、常に余力を残しながら動いていたように見受けた。
最後の突きだって本来の威力なら、転がって避けるのが精一杯で、あのような芸当はできなかったはずだ。
「それはそうと坊主。お前もしかしてタルカの里の人間か?」
「どこそこ?」
初耳の地名だな。
「違うのか? さっき使った技は『天秤』じゃねぇのか?」
「なにそれ?」
また初耳だな。
「さっきスキルに流す魔力を変えただろ。二つ以上のスキルの使用魔力量を意図的に変える技をそういうんだよ。知らねぇのか?」
「へぇー。そうなんだ」
既に名前まであったんだなこの技。まあこの世界に来て数ヶ月程度の俺に編み出せた技だ。もっと長くこの世界に居る人たちが先に生み出していても、不思議じゃないわな。
……何より不思議なのが、スキルっていう云わば一番見えにくい場所の魔力の増減を感じることが出来るジンさんのほうだけどな。
「その里の住人なら大半は使えるって聞いたことあったから尋ねただけよ。気にすんなや」
「気にしてねーよ。むしろ今一番気にしてるのは、ジンさんの手の抜きっぷりだけどな」
「そりゃ訓練で本気になるわけにはいかんだろ」
「そういう風に考えてると、足元掬われちゃうかもよ。俺みたいな子供に、ね」
言うのが先か動くのが先か。
動いたのは俺。この戦いの始まり、その巻き直しのような突進。
だがそれをのんびり見送られることはなかった。俺を迎えるように突き出された槍。このまま前進すれば、俺の顔を貫くだろう。
--この日初めて、ジンさんの顔が驚愕に塗れた。
理由は簡単。俺が回避も減速もせず、槍へ向かって加速したからだ。
スキルブースト・獅子の心により、ギアを跳ね上げる。
まるで透明度の低いガラスを目の前に置かれたように世界は鮮やかさを無くし、振動が消滅したかのように静かになった。
その静寂が、槍の傍を通り抜けることで破られる。いや、槍が側を、と言った方が正確か。俺が回避したのではなく、ジンさんが槍の軌道を無理矢理変えて、逸らした。
実戦ならそのまま貫かれてお終いだろう。また相手が並の使い手なら、突き出した槍を強引にずらすことなど出来ないだろう。通常なら使えない手だ。
だがこれは訓練であり、相手はジンさんである。
殺す気がなく、そして俺の暴挙にすぐさま反応できる相手ゆえ、取ることが出来た一手だ。
訓練だから使える、まさに反則手。これが俺の打てる、現状最善の卑怯である。
そして俺の信用通りに、槍は俺を避けて、空を裂いた。
そのおかげで、俺とジンさんの間を阻むものは何一つとしてなくなった。
槍の間合いの、完全なる内側。必殺の剣の間合い。首を刈り飛ばすように剣を振る。
勿論これは訓練なので、殺す気などは端からない。首筋ギリギリで止めるつもりの斬撃である。
「ちょっとオイタが過ぎるぜ坊主」
だが、その予想はあっさりと裏切られた。剣の持ち手に伝わる何かの感触、そして腹を潰される衝撃。
「かっ、っはぁ……!」
あまりの威力に吹き飛ばされる俺の体。逆流する胃の内容物。何が起こったのか理解できない。何かしらの魔術か?
「まさかあんな手で俺の間合いを食い破るたぁ、思ってもみなかったぜ。命知らずのガキんちょだな、まったく」
受け身も取れず意識も朦朧とする中で見たのは、地面に転がり落ちる槍と、左腕を振り上げているジンさんの姿だった。
「近すぎて槍が使えないときこそ、素手でぶん殴る。分かったか嬢ちゃん?」
「はい! わかりました師匠!」
そんな師弟の掛け声を最後に聞いて、俺の意識は闇に落ちた。




