忍者、打ち抜かれる
ババアの宿の一階。
少し遅めの朝食を取ろうと降りてくると、そこにはババアに礼を言う兄妹の姿があった。
「あの時は訳も聞かず、寝床や食事の用意をしていただき、ありがとうございました」
「ありがとうございました。おばちゃん」
「こちら、少ないながらも謝礼を用意させていただきました。どうかお納めください」
「礼の言葉だけ受け取っとくよ。大丈夫だから、そういうのは大人になるまで取っときな。ま、その分あのクソガキからたっぷりと搾り取れたことだしねぇ」
「マジでその通り。まず俺に礼を言ってから崇め奉れ」
「あ、いたんだエイナ」
「確かに。迷宮には行っていないのか?」
「行ってねーんじゃなくて、行けてねーんだよ! 誰のせいでここまで暇だと思ってんだ!」
「ん? 僕たちが何かしたか?」
「何もしてないっていうほうが、むしろ正解だわ!」
「エイナ、それってさっきも……あれ? 言わなかった?」
「どこから受信したかは知らんがベル。それ以上言ったら時間軸が崩壊するからやめような」
「何を言っているんだエイナは?」
「さあ、わかんない」
俺が折角ス○イネットを止めたというのに、この兄妹ときたら。人の苦労を少しは知る努力をしろよな。
「にしても、あの時の子供が今やこの国の王とは。いやはや、分かんないもんだねぇ」
「俺が手助けしたからな。当然だろ?」
「とかなんとか言って、なんとかって獣人を倒したら一目散に帰った癖に」
その発言に、俺はさりげなくリュークに視線を送ると、首を横に振られた。まぁ、裏側の部分は、ベルが知るべき話ではないわな。
そんな風にリュークと意思の疎通を図っていると、頭上から鉄拳が降ってきた。
この威力を俺は身を持って知っている。間違いなくこれは、宿屋のババアの鉄拳だ。
「ぐおぉっ! 何をしやがるババア!?」
「そりゃこっちのセリフさね!? 何が『用事が終わったのを見届けてきたよ』だよ! 最後まで見てないのに言うんじゃないよそんなセリフ!」
「バッキャろい! この煩い妹が気づかなかっただけで、遠目からもちゃんと結果を見てたわい! それを一方だけの情報のみ信じやがって! メディアリテラシーがねぇのかよ!?」
「何わけの分かんないこと言ってんだい!? それならそっちないのはデリカシーかい!? その場にいたなら、この子の傍に居て手を繋いで一緒に見守ってあげるっていうのが男ってもんじゃないのかいクソガキ!?」
「ちょっ! ちょっとおばちゃん!?」
「見事に飛び火したなベルよ」
「何がだリューク? まあともかく、生憎だったなババア! 俺はこんな男女の手を握るつもりなんぞこれっぽちもねぇからな!」
「うらぁっ!」
「へぶっ!?」
一瞬で間合いを詰めてきたベルの拳が、俺の腎臓を正確に打ち抜いた。
子供が放ったとは思えない、高威力のパンチ。いくら獣人と言えど、無防備な所に放たれた、人体有数の弱点へのピンポイントな打撃を無効化することはできなかったようだ。
痛みに悶えながらも、称賛せずにはいられないほどだった。
「良いパンチだったぜベル。的確なポイントへの打撃も当然ながら、それに至るまでの体の連動、踏込、そして体重を乗せきった重い一撃はただ称さ--」
「--誰の何が重いんじゃあっ!」
腰を抑えるようにして、僅かに猫背気味になっていた俺の上体の鳩尾目掛けてのボディブロー。ただ生憎と、先ほどの一撃を貰ったのは油断していたからに他ならない。十分に警戒していれば、このように一歩下がって回避することなど朝飯前よ。
--そこにババアの拳骨が降ってさえこなければ。
「乙女に向かって体重の話とは何事さね!?」
上からの衝撃で俺の顔は前方に倒れ込むように移動する。そこにはボディブローの軌道を描いているベルの一撃があって……。
「ぼぶっ!」
となると、当然こうなる。
下から上がるベルの一撃と、ババアの鉄拳によって上から落ちてきた俺の頭が、見事にランデブー。
俺の全体重を、ベルの拳が支えるという形になった。
上下からの一撃により逃げ場を無くした俺の顔から、ベルの手が外されることにより、床へとダイブする俺の顔。
寝返り打って、見上げるとそこには、ハイタッチを交わす阿形と吽形が。
視線を横に向けると、『強く生きろよエイナ』、とだけ言って助ける気ゼロのリュークが。
視線の先を天井に移すと、それは何故か水面のごとく揺れていた。
「そろそろ、次に行ってもよろしいですかな?」
宿屋の外で警護に当たっていた将軍が、扉の隙間からそーっと顔を出してこちらを窺ったところで、魔空間は終わりを告げた。
「つまり、許可証を発行していなかったから、エイナは迷宮に入れなかった。そういうことか?」
「そういうことよ。これを伝えるだけで酷い目にあったぜ」
場所は移って、フィルスの壁の屯所。既に王を出迎える準備万端だったようで、いつもは男臭く、殺風景もいいとこ、という内装だったのに、王がこちらに来ると言うだけで、赤絨毯を敷き、白いテーブルクロス、そして紅茶のポットを用意するという用意周到ぶり。流石は王族に仕える女中たち。この手の能力は折り紙つきだな。
宿屋でもこのレベルの準備をしておかなければいけなかったそうだが、リュークが個人的なお礼を言うだけだから、という理由でソート将軍のみを付けて訪問したのが先ほど、という話だった。
元々、溜まっていた政務を処理して出来た僅かな時間で、カレスの街を納める貴族の元へと挨拶に来たらしい。
本来なら貴族の方が王様の元へ馳せ参じるべきなのだろうが、迷宮を管理する街の都合もあり、王の方から訪問をするらしい。ババアに礼を言ったのはもののついでみたいなものなんだろうが、まあリュークの場合、ババアに礼を言うついでに、貴族との挨拶をこなしたくらいに思ってたんじゃないか?
「酷い目にあうようなことを言うからよ」
「俺が言いたかったのは、重心移動とかそう意味で言ったんだよ。流石にあの一撃からベルの体重を測定できるほどの変態技能は持ってないわ」
「エイナならありえそうなんだがな」
「お前は俺をどう思ってんだよリューク?」
「「変な奴」」
「兄妹揃ったご返答どうもありがとうございます」
「……本当に仲がよろしいようで」
ソート将軍が兄妹の背後に控えながら、零すようにそう呟いた。
本来なら屯所の中はもっと喧しいのだが、今は困惑やら驚愕やら恐縮やらで静まっていた。見慣れぬ大勢の召使やら軍部の超お偉いさんがこの場にいるせいで、休憩所を兼ねているはずの屯所内でまったく休めていない兵士の方々である。座っているだけでも威圧感があるようなおっさんだからな。立っている場合の圧力は推して知るべし。
まあ、王様が呑気に茶を啜っているという現状が一番の要素なのだろうがな。
「どうしたぁ? なんかやけに静かじゃねぇか? 悪いもんでも食ったかお前ら?」
和やかに会話している外様の俺たちと、しめやかに休憩しているホームの兵士たちという、一種わけの分からない空間に新規に入ってきたのは、ジンさん率いる一行であった。
そしてジンさんこそがリュークたちの待ち人なのであった。
「久しいな。ジントレール」
「おやぁ? なんでこの場に将軍様が居られるのかねぇ?」
「茶化すなバカ者が」
顔見知りであるジンさんとソート将軍が言葉を交わす。
将軍という言葉に反応したのか、ジェロームさんとアランさんの顔に緊張が走った。
ジンさんと将軍の間には余人には分かりえぬ、二人が培ってきた何かが生み出している独特な空気が流れていた。
「きゃあ! なにこの子たち? かわいいぃ~」
そんなこの場の空気の一切を読まずに、ユナがリュークとベルの二人を猫かわいがりしていた。
その行為を見て、端から屯所内に居た兵士の方々の動きが完全に止まった。二人の身分を把握している彼らにはその行為は自殺行為にしか見えなかったことだろう。女中の中で一番態度がキツそうな女性の目が、ドンドンと吊り上っているところからも、やはり不敬に当たる行為なのだろう。
ただユナの行動も分からなくもない。事実この兄妹の外見は整っているからだ。
兄のリュークは目に掛からない程度に金髪を切り揃え、その瞳はややタレ気味だが、決して気弱そうな印象を与えていない。鼻は高すぎず低すぎず、スッと通っている。顎も細く、口角を少し上げて笑えば覇気を持ち、えくぼを作れば美しく。そのパーツの配置がリュークを美少年であることを演出していた。
一方妹のベルベットも、兄と同じ金髪をポニーテールに括り、勝気そうな印象を与えている。兄とは違う釣り目がその印象を一層強くしている。こちらもスッと通った鼻を持ち、その唇は赤く、女の子なのだという印象を強くしている。
この世界でも珍しいほどの綺麗な金色の髪を携える兄弟。細部に至っては違いが見られるが、やはり大体の作りや雰囲気は似ており、将来の成長が楽しみな美形兄妹ではある。
そんな兄妹であっても、今はただユナのおもちゃでしかなかった。
髪は撫でられまくって型を崩し、子供特有の柔らかい頬はユナの指を喜ばせるだけのオモチャとなっていた。
「ね、ね。君たち名前なんて言うの?」
「りゅ、リュークです」
「べ、ベルベットよ」
「そうか~。リュー君にベルちゃんかぁ~。……ん?」
何かに引っかかったユナ。それは傍に居らジェロームとアランも同じようであった。
「なるほどなぁ。ソートがここに居るっていうことは、その子が新しく王となったリューク王ってわけか。これはとんだ失礼を。俺はジントレールという者です。この二人や今貴方たちにへばり付いている娘の上司です。以後よろしく」
敬っているのかいないのか微妙なラインにあるジンさんの挨拶。
それを聞いて一瞬、言葉の意味を理解できてなかった新人三人だったが、理解した瞬間、ユナは兄妹の二人から離れ、そして。
「「「申し訳ありませんでしたー!!」」」
異口同音に謝罪の言葉を述べて、三人雁首揃えての土下座を披露した。見事な平謝りである。日本の銀行相手でも融資が引き出せることだろう。それほどまでに正座、平伏、謝罪までの一連動作が見事に一致していた。この状況で、これほどまでのコンビネーションを発揮するとは思わなかったな。
「すいません! 俺たちの同僚が、飛んだ粗相を!」
「謝罪します、王様」
「出来心だったんですぅ~! どうか平に、平に!」
自分たちが、というかユナがやらかしたこと相手が誰か分かり三人は、ひたすら謝り倒していた。やらかしてしまったのはユナだけなので、ジェロームもアランも無視すればよかったのに、それをしなかったのだから、やはり班員の仲はいいんだろうな。
ただリュークはその勢いに苦笑いを浮かべるしかなかったようだが。
「いや。知らなかったのですから、仕方がないですよ。ですから顔を上げてください」
「そういうわけには行きません! これは俺たちの班の問題です!」
「うん。僕たち全員の、責任」
「うう、ごめんね皆……」
「勝手に俺を巻き込むなやヒヨッコどもが」
渦中に引きずり込まれたジンさんが文句を言い放つ。
「その体勢のままいた方が王様に迷惑掛けちまうんだよ。言われたとおりさっさと頭を上げて、自己紹介でもしな」
ジンさんの言葉を聞き、すぐさま面を上げる三人。この動作もやはり同時である。
「ジェロームと申します! ご尊顔拝見奉りまして大変有難く存じております! どうかご容赦を!」
「アランザークと申します。ごめんなさい。本当に」
「ユッティナールと申します! 今までの御無礼の数々、真に申し訳ありませんでしたー!」
三人が次々に自己紹介と謝罪を述べていく。というかそれがアランとユナの本名だったんだな。今知ったわ。
三人の謝罪という名の攻撃に晒されているリュークも、段々と辟易してきたようだ。とにかくもう謝罪は止めてくれとの一点張りで、この不毛な争いのようなものを止めようとしている。それでもまだ終わる気配もないことだし、取りあえず紅茶を楽しむか。
うん。おいしい。
「あれ? でもなんで王様と同じ席にエイナ君が着いているの? どういう関係?」
リュークの言葉を受け入れて、暴走していた三人がどうにか落ち着いてきた所、やっと俺の存在に気付いたのか、そんなことを聞かれた。
「そりゃ確かに気になるな」
三人とリュークとのやり取り辟易して壁に寄りかかり欠伸かましていたジンさんも、その言葉に反応を示した。というより、召使や兵士の境なく、この場に居るほとんどの者がその言葉に反応していた。皆、王様に親しげに話しかけていた俺という存在に興味津々だったようだ。
と言っても、そんな難しい間柄ではない。一言で言うならば。
「雇用主かな」
「友達だ」
「だいぶ違うわよその二つ」
順番に俺、リューク、ベルベットの発言である。意見の相違というものはどこにでも起こりうるものだな。周囲の人間たちも一体どっちなんだよという感想で一杯のようだ。
「へ~。エイナ君とお友達だったんだ」
「王様と友達。すごいエイナ」
「うむ。自慢していいことではないかエイナ」
「僕は友達と思っているんですけどね」
「なーに、坊主は恥ずかしがっとるだけじゃろ。まったく、子供は素直が一番じゃというのに」
だと言うのにジンさん一行だけは、俺の意見をまったく真に受けていなかった。何故だこんちくしょう。
「どうしてリュークの意見だけ採用するんだよ? 実際俺はこの迷宮での探索を頼まれた立場ですけど?」
「それは……なんとなく、かな?」
「カン。それだけ」
「アランの言ったとおり、それだけだな」
理由もクソもあったもんじゃねえな。何だその子供レベルの推測は。根拠を提示しろ根拠を。
「坊主の言った通り仕事ととして迷宮探索を頼まれたのなら、許可証を受けとっとるはずじゃ。お主の仕事ぶりは身近で見とったから知っとるが、仕事の場合なら、迷宮探索に必要なものを忘れるという失敗はせんかったじゃろ?」
俺が三人の、子供のような推測に文句を言おうとした時、ジンさんの華麗な推理が示された。確かに仕事というものなら、許可証などという大事なものを忘れるなどという愚は犯さなかったはずだ。
ただ一つ言い訳させてもらいたいのが、俺の精神年齢が体に引っ張られてるということだ。じゃなきゃ普通の時であっても許可証の貰い忘れなどというボケはせん。
これはあくまで、俺の体が少年だから起きていることであって、決して未熟だからと言うわけではなく。
あれ? でも結局俺がガキの未熟な体のせいで起きる現象なわけで。えーっと……。
い、いかん!おれが思考のドツボに嵌ってどうする!? 落ち着くんだ俺!
「まあ私たちの間柄を表すとしたら、共犯者ってところが妥当なところじゃない。それで兄さん。待ってたジントレールさんとやらが来たんだから、そろそろ話しの本題を始めた方がいいんじゃない?」
俺が色々てんやわんや考えている間に、ベルベットが話を纏め、本題に入ろうとしていた。
確かに、俺たちが屯所に来ていたのは、別に兵士たちを視察するためではない。ただジンさんと会って話をするためだけに、ここで待機していたのだ。何を話すのかは俺も聞いていない。ジンさんと一緒に話を聞くことになっているからだ。
「ベルの言うとおりだな。ジントレールさん。少々お話しがあるのですがよろしいでしょうか?」
本題に入るため、話し合いに参加するよう招待するリューク。何気ない言葉であったが、それは王の風格を伴った言葉であり、提案でありながら強制しているような力強さがある言葉だった。
今までにも片鱗のようなものを見せてはいたが、王に成ってからのこの短期間の間にも、どんどんと成長していたようだ。人を使うことに慣れ、風格を任意に滲ませることができるようになったのが、その証左だろう。
常人ならこれを断ったり、吟味することは出来ないだろう。ただその気配に押されてただ首を振るだけだ。
「ふむ、どうしようかねぇ?」
故にこの人は、やはり只者じゃない。言外に含んだ圧力をさらりと受け流し、その言葉の意味を推し量ることが出来るのだから。
「すまんが聞いてくれいジントレール。儂からも頼む」
「まあ、ソートがそこまでいうのなら、ええかの」
ソート将軍の口添えもあり、何とか話し合うことが決定した。
「承諾いただきありがとうございます。それでは、余り他人には聞かれたくないものですし、場所を--」
「おい、お前ら全員こっから出てけ」
「--移してそこで、って、え?」
余人には聞かれたくないため、別の場所への移動を提案したリューク。それに被せるように、ジンさんから暴君的発言が飛び出した。
その横暴な言葉に、兵士だけではなく、召使の方々も驚愕を露わにした。
「えぇっ!? 何で? ここ屯所ですよ?」
「お前らが動くんじゃなく、王様の方がどこかに行くと? 王様を動かすたぁ、出世したもんだな。ええ?」
「そ、それは……」
確かに、字面だけ見ればジンさんの方が正論だな。
「い、いや。僕は別に構わないのだが」
リュークの意思を無視さえしなければ、だが。
「おい、俺にも紅茶を注いどくれい。それが駄目なら酒でもよいぞ」
だが既にジンさんは、俺とリュークがいる席に着いてしまった。その雰囲気から、この場を動くつもりはないようだ。
「もうジンさん、動かない」
「そうだな。これ以上陛下にご迷惑を掛ける訳にはいかないだろう」
「そうね。と言うわけで皆さん、出て行きましょう」
結局はジンさんの言ったとおり、屯所の中に居た他の人たちは、すごすごと出ていく羽目になった。
「この話が終わるまで、走り込んどけ」
その言葉を聞いた三人は、この世の終わりのような表情を見せた。
「言っとくが、お前ら全員だからな」
訂正、兵士たち全員が、だ。




