想い・2
セシルは、暗くなった村を見回した。店の前に置かれた酒場の入り口を示す数個のランプのうち、一つを拝借して歩き出す。
たいして広くもないこの村で、散歩をするところなど限られているだろう。人に自分の店を頼んで街場に遊びに行くような人ではない。本当に近くをふらついているか、もしくは。
考えを巡らして、一か所、思い当った。星見の丘とよばれている、小高い丘だ。昔から気にいっていたというその場所には、かつてのシーナの恋人だったガイアの墓が建てられている。
「呆れるほど、人の良い人だ」
普通、自分の好きな女性のかつての婚約者を弔おうとは思わないだろうし、自分を殺そうとした女を許すこともないだろう。
でも彼はそれをやってのける。それを凄いと感じた時、セシルはもう一度生き直す決意ができた。彼に許されたことで、今度は恥じることのない人間になろうと思えた。
それでも、自分のしたことを振り返る度にその資格があるのかとも思う。
ガイアを殺した、ラルフやタクト王子殿下を殺そうとした。その上、結果としてはカルゼン公国にとっては裏切り者のスパイだ。
全てを裏切ってきた自分に、幸せになる資格なんてあるはずがない。
そうだ。わからないのだ。どういう風に生きていけばいいのか。
暗い坂道を歩くことで、セシルはじっくり自分と向き合うことが出来た。そして得た結論に、途方に暮れる。
――まるで赤子同然だ。
星見の丘まで一気に登り切る。丘に立つ大木の下にチラチラと明かりが見えた。こちらの明かりに反応して明かりが動く。駆け寄るようにしてこちらに向かってきたのはラルフだ。
「なんだ、セシルか。どうした?」
「コルト先輩が呼んで来いというので」
「なんだよ、あいつ。自分で追い出したくせに」
不満そうに言いつつ、ランプに照らされた彼の顔は楽しそうだ。
「……お墓参りをしていたのですか?」
「いや? 来たついでにしたけど。俺は、昔からここからの眺めが好きなんだよ」
「暗くて何も見えないじゃないですか」
丘の下に広がるのは、西の森と呼ばれる元カルゼン広告との国境線だ。
「下じゃないよ。上」
すっと伸ばされた指先。釣られるように顔を上げれば満天の星がある。木の枝葉が影になることで余計に臨場感がまし、セシルは圧倒されそうになった。
「……凄いですね」
「綺麗だろ?」
「はい。こんなの初めてみました」
星はどこでも見れる。だから初めてというのはおかしい。
だけど、セシルは初めて星空というものを観賞の対象として見つめた気がする。
それまでは方向を見定めるものという無機質な役割しか持っていなかったものが、胸を踊らす、一際美しいものに見えた。
「生きててよかったなと思いたい時に見に来るんだ」
「え?」
「右腕が動かなくなって、やっぱり落ち込むときもある。ルナが生まれてからは余計に。でもさ、死んじまったらそんな悔しさも感じられない。当たり前に星空が綺麗だなって思えるのは幸せなんだって。ここに来ると、そんな風に自分の感情をリセットできる」
「先輩」
「セシルも一度まっさらにするといい。過去を忘れないことは大事だけど、過去のために幸せになれないと思うのならば意味が無い。不幸を循環させているだけだ」
ラルフの視線が、ガイアの墓がある辺りに移った。
セシルはぎゅっと拳を握りしめる。幸せであることに後ろめたさを感じている今は本当に幸せなのだろうか。
「……どうしたら償えるんでしょう」
楽になりたい、と思う。でもそれが許されると思えない。どうやったら償った実感を得ることが出来るのかわからない。
「忘れずにこうして参りに来ればいいじゃないか。そして祈ればいい。いつか、ガイアも生まれ変わって幸せになることを」
「それって、虫がよすぎませんか?」
「でも他にできることも無いだろう。死んだ人間は生き返らないよ。だったら先に向かって祈ることだ」
納得できるような出来ないような理論だった。
でも答えの出る命題ではないのだということは理解できる。死んだ人間がセシルを許すことはもう無いのだ。死は取り返しがつかない。その意味を、セシルは今になってちゃんと理解する。
「……なぜあの時あんなに簡単に引き金を引けたんだろう」
後悔してもし足りない。セシルは自分を許せない。
「俺は、セシルがそう思うようになっただけでも、ガイアが生きた意味があると思うよ」
セシルは顔をあげてラルフを見つめる。もともと優しい人だが最近は目に力が宿っている。守るものを得た強さが、彼を変えたのだ。
「嬉しいとか楽しいとか、感じていいんだ。その分、悲しみや痛みも知る。人間として生きるってのはそういうことだ。ガイアに申し訳ないと思うなら、ちゃんと生きろ。……コルトも同じ気持だと思うぞ。だから、セシルにルナを任せたんだ」
「……コルト先輩が?」
「ああ。そうだと思う。コルトはセシルに、感情を取り戻してほしかったんだと思う。赤ん坊みたいに素直に泣いて、素直に笑ってほしいって、そう伝えたいんじゃないのかな。あいつは、自分からは言わないだろうけど」
「そんな……」
ラルフの言葉が胸に染み込んでいく。ルシード、ラルフ、コルト。今セシルを囲む人々は皆温かい眼差しを向けてくれる。感じてもいいんだろうか、嬉しいと。目の前のこの人を見るたびにきしむ胸の正体に、気づいてもいいんだろうか。
にじんでくる涙を、セシルは指でそっと拭いた。
「セシルは、ルナの事かわいいと思うか?」
「はい」
嬉しそうにラルフが笑う。
「じゃあ、しばらく子守頼むな」
「はい」
一緒に歩き出そうとしたその時だ。
甲高い泣き声が村の端から響いた。




