想い・1
陽が朱の濃度を高め始める頃、常連客が来る前にとラルフは腰をあげた。
「すっかり休ませてもらったよ」
肩を鳴らしながら入ると、コルトがカウンターの内側で店主さながら笑みを浮かべている。
「ほら、おつまみもこの通りだぜ。全く俺って、何をやらせても天才だな」
手元には今日市場で買い込んできた野菜と鶏肉を使った炒めものができている。食欲をそそられるような甘酸っぱい香りに、実は俺より料理が上手いんじゃないかと不安になる。
「はいはい。……なあ、お前さぁ」
「なんだよ」
「セシルとどうなったんだ?」
コルトは一瞬目を泳がせ、ニヤリと笑う。
「どうって、……別に?」
「お前、本気なんだろ?」
「いやぁ? どうかな」
どうかなじゃねぇだろ。と思う。
コルトは軍にいた時から、彼女が途絶えたことはなかった。顔もいいし話し上手で気が回る。そのくせ押し付けがましいところがないコルトは、もてただろう。ラルフが凄いと思ったのは、長続きしない割には別れた相手ともいざこざを起こさないところだった。
今考えれば、相手を選んで付き合っていたのだろう。割り切れる相手かどうか、しっかり見極めて付き合っていたのだ。
しかしセシルはそのタイプではない。それどころか、女としての自分を自覚していないくらい恋愛方面には鈍感だ。コルトが動かなきゃ進展のしようがないだろう。
「好きだって、言ったのか?」
コルトは、ちらりと目線を上げ、わざとらしくため息をついた。
「あーやだやだ。自分が落ち着いたと思って急に世話焼く気かよ、ラルフの癖に」
「癖にってなんだ」
「ドンクセェ恋愛してたくせによ」
そこを突かれると痛い。ラルフは反論できずに黙りこくった。
「大体さ、セシルは恋愛するような土台まで立ってねぇだろ」
「は?」
コルトは、ちらりと奥の部屋に目を向けた。奥では、今はシーナがルナにおっぱいをあげている頃だ。セシルはおそらく、その傍で眺めているはずだ。奥の部屋には聞こえないように、二人は声をひそめた。
「セシルは、自分の事をずっと責めてる」
「ああ。そうだろうな」
「他人を受け入れる余裕なんかあるわけねぇだろ。まして、俺みたいなのはな」
「……そうかぁ?」
「そうだよ」
ラルフは、手際よく皿を並べていくコルトを見つめる。コルトの話もわからないでもないが、それにしたって一年経つ。そろそろ気持ちを切り替えてもいい頃だ。
「子守の話、ちょうどいいかなと思ってさ」
ぽつり、とコルトが呟いた。
「赤ん坊って、なんていうか無垢じゃん? そういうのに触れるのが、セシルにはいいのかなと思ったんだよ。あんな風にいつまでも自分を縛りつけてることねーじゃんか。確かに人殺しだ。それは間違いない。でも、償えないことないだろ。あんな風にかたくなに自分はダメなんだと思うことないと思うんだよな」
「……じゃあ、そう言ってあげればいいじゃないか」
「俺が言ったって、聞くわけねーよ。あいつ、俺のこと嫌ってるんだぜ」
「そうかなぁ」
確かに、扱いは粗雑だ。でもラルフには、それがセシルにとってコルトが特別である証拠のように思えた。
「でもハッキリ伝えればセシルだって考えるだろう。言わないで分かってもらおうなんて無理な話だ」
「それ、数年前のお前にそっくり返す。もう、うるせーから酒場は俺に任せて、お前は夜の散歩でも行って来い」
「お前一人でできるわけないだろ。勝手もわからないくせに」
「シーナさんに聞くからいい。お前は呼び込みでもして来い。一時間は帰ってくんなよ」
ラルフはコルトによって店から叩き出される。
こんな風にムキになってくるのも、コルトには珍しいことで。やっぱりいつもと違うじゃないかとラルフは独りごちた。
夜の風が身に沁み、侘びしさばかりが募る。酒場にやってきた常連客が居場所なく佇むラルフを見ては口々に言う。
「ラルフ、何してシーナを怒らせたんだ?」
「違います。シーナに追い出されたわけではないです」
説明するのも面倒くさい。ラルフは「中へどうぞ」と客を通し、「シーナ! 新しい男が出来たのか!」と騒ぐ客の声を背中に聞いた。
***
酒場が賑わい始めたころ、奥の部屋から顔を出したのはセシルだ。先ほどシーナと食べた夕食の皿を持っている。
「コルト先輩、ごちそうさまでした。手伝いますよ」
「あ? 子守はどうなったんだよ」
「赤ん坊は寝ちゃいました。シーナさんもつられるように一緒に」
「そうか」
コルトは、注文された琥珀色の酒を水で割り、カウンターの客に差し出した。
「ここはいいからラルフを呼んできてくれないか。さっき追い出したんだが、そろそろ混んできたから手伝えって」
「わかりました」
無表情のまま、セシルは答え、店の中を通って外にでる。
何度か遊びに来ているとはいえ、コルトはこの村の中では他所者のはずだ。なのに、酒場の常連客と馴染んでいるこの姿ときたらどうだ。改めて不思議な人だ。他人との間にあるはずの垣根をいとも簡単に飛び越えてしまう。




