裏切り者・1
朝は霧がかっていたものの、時間が経つに連れ視界は良好となり移動にはもってこいの日和となった。
カルタスの怪我を考えての休憩回数を多めに取るつもりだったが、カルタス自身は一向に疲れを見せず、タイト……もといタクト王子殿下を気遣っての休憩を申し出ているような様子だった。
五人は、カスタ村からまずは東へ進み、小一時間後には北へと進路を取った。
軍本部から派遣されてくる別働隊と合流するのが最初の手はずだ。あちらとの距離を測り合流のタイミングを整えるため、昼を過ぎた頃にマルクが先んじて馬を走らせていった。後ほど落ち合うための宿はカルタスと二人で決めていたようだ。
現在は二頭同士が横並びになって移動している。前列にタクト王子、カルタス、後列にラルフとセシルだ。
「あっちも伝令を出してくるでしょうに、行き違いになりませんかね」
「大丈夫だろう。伝令が使う道はだいたい決まってるんだ。伝令同士ならちゃんと行き会うよ」
ラルフの問いかけに、前列のカルタスが大きな声で返す。
日差しが傾きながらも柔らかく降り注ぎ、風が肌から適度に熱を奪っていく。いい天気で良かったと声には出さないが皆が思っていただろう。
「だいぶ進んだな。少し休憩しようか」
夕暮れ近くになって、ラルフはそう提案した。
昼食後一度も休んでない。ここで少し休憩して、次の村で本日の宿を取るべきだろう。
「いいね。僕もちょっとおしりが痛いや」
真っ先に賛同したのはタクト王子だ。久しぶりの旅はやはり堪えるのだろう。セシルは無言のまま頷く。カルタスはまだ平気そうだったが、同調するように頷いた。
「あの、馬に水を飲ませてやりたいのですが」
「そこの林を少し入ったところに川が流れているはずだ。本流から分岐した川であまり大きくないから休憩にはちょうどいい」
おずおずと告げたセシルにすぐさまカルタスが反応する。ラルフは感心してカルタスを見る。
「なんで分かる?」
「来た時にも通ったしな。この辺りの地図なら頭に入っている」
「そうか。すげぇな」
ラルフも何度か通った道だが、前回は朦朧とした状態で馬を飛ばして来たので全く覚えていない。
それはともかく、セシルの意思を尊重し四人と四頭は本道から逸れ、林の中に入った。数分も走ると水の匂いがしてきて、カルタスが言った通り川幅一メートルくらいの小さな川が流れていた。
まずラルフが馬を下り、脇腹をなで落ち着かせながら水を飲ませた。少し離れたところで、セシルも同じように馬に水を飲ませている。
タクト王子は馬からは下りたものの、カルタスが動かないのに遠慮してか川まで近づかない。
「王子の馬にも飲ませましょうか?」
「うん」
ラルフは手近の木に自らの馬の手綱を引っ掛け、王子の馬の首に手をかけた。
「カルタスの馬も少し休ませよう」
「ああ。しかし乗るのは苦でもないんだが下りると思うと足が不自由でな」
「じゃあ今手伝ってやるよ。セシル、悪いんだけど……」
彼女に王子の馬の方を頼もうと振り向いた時に見えた光景をラルフは一瞬受け入れられなかった。
自分たちを狙う黒い銃口。それを構えているのはセシルだ。いつも使用している銃身の長いライフル銃ではなく、短銃だ。
「なっ」
「いかん。タイト乗れ!」
咄嗟にカルタスは自分の馬にタクト王子殿下を引き上げ、馬の尻を蹴った。馬は驚いたように右側に向かって走りだし、王子の馬も興奮して逆方向に動いた。ラルフは引っ張られそうになりあわてて手綱を離した。
と同時に空気を切り裂くような銃声が響き、それまで馬がいたその場所に銃弾がめり込んだ。林にいたのであろう鳥達が一斉に飛び立つ。
「なっ」
「ご覚悟を」
セシルはいつもの無表情のまま、冷たい言葉を告げる。ラルフは、直感で本気だと感じた。
「逃げろ、俺に構わず」
ラルフの叫びに、カルタスは一度振り返る。
「早く行くんだ。急げ!」
「わかった。すまん」
カルタスはそう叫ぶと前に座る形になったタクト王子を抱えるようにして馬を走らせた。
「……ちっ」
小さな舌打ちに、ラルフは背筋が寒くなる。ずっと仲間だと思っていたセシルの裏切りが本物なのだと実感して、吐き気が沸き上がってきた。
「どういうことだセシル」
問いかけながらラルフはセシルからカルタスと王子の姿を隠すように自分の位置を移動させる。
「どうもこうも、こういうことです」
返答と同時に銃声がニ発響いた。
ラルフは胸と右腕に焼け付くような痛みと衝撃を感じて倒れこんだ。腕から鮮血がほとばしる。ラルフは目の前に広がるその血液が最初自分のものだとは思えずにまばたきを繰り返した。
「ずれた。先輩の腕にあたったせいか」
セシルは、もう二発追加で小さくなっていく馬に向かって銃弾を放つ。しかしカルタスが上手く避けたのか木にあたって外れたのか、二人と一頭は走り続け、やがて木に隠れて見えなくなった。




