出発・2
*
小さくなっていく五人の姿を黙って見つめていたシーナは、不意に五年前のラルフの出発の日を思い出した。
何度反対しても、意思を翻さなかったラルフ。もう子供じゃないんだという事実を突きつけられ、シーナも大人の振りをするしか無かった。
あの時と一緒だ。
本当は行ってほしくなど無いのに物分りの良い姉の振りをした。
朝もやが五人の姿をすっかり隠してしまう。もう取り戻せないところに来てから後悔するのまで同じだなんて馬鹿げている。
「……え? シーナさん泣いてんの?」
隣から間の抜けたようなコルトの声が聞こえる。
「私って、……馬鹿だなぁ」
自嘲気味な呟きは、悲しみを増長させるだけだった。認めるのが遅すぎる。
「やっぱり私、ラルフが好きなんだ」
五年前、軍に行くラルフを見送ったときより、今のほうが何倍も何十倍も悲しい。
「行かないでって言えば良かった」
「おい……」
顔を覆うようにしてしゃがみこんでしまったシーナにコルトは一瞬途方にくれたが、見張りたちの好奇の視線が気になって彼女の腕を掴んだ。
「とりあえずこっち」
コルトは、涙が止まらなくなったシーナを見張りたちの好奇の視線から逃す為に連れだした。
*
コルトは東門から一直線に進み、調理場の二階にある本部室へとシーナを連れてきた。
その間に何人かが不審な眼差しを向けられたが敢えて追求されなかったのは、コルトが女性と絡んでいるのは通常営業だからであろう。
「はい、まあこれでも飲んで」
コルトに差し出されたカップには温かいお茶が入っている。
「ありがとう」
「どういたしまして。でも、ちゃんと出発前にそういうことは伝えないとねぇ」
「……うう」
恥ずかしさに顔をおさえるシーナを、コルトは生暖かい目で見つめた。
コルトとしては、ラルフの長年の片思いを知っているだけに、自覚したならば早く伝えてやればいいのにという気持ちで一杯だ。ラルフには不幸が似合うとは思うが、あまりに長い片思いははっきり言って気持ち悪い。もはや想像だけで恋愛してるんじゃないかと思ってしまう。
「こうして、シーナさんとちゃんと話すのは初めてだね」
「そう……だっけ。そうかな。ところで、いいの? お仕事は大丈夫?」
「いいよ。せっかく綺麗な女性と話す機会があるのに逃すなんてバカだね。見張りの仕事も単調だし、訓練だって俺が来なきゃ誰かが中心になって始めるだろ。あんたの話聞いてる方が面白そうだ」
いっそ思い切りの良いサボり発言に、シーナは目を丸くする。
「ラルフなら絶対言わないなぁ」
「まあね。あいつのそういう真面目なところが気に入ってた」
「仲良かったの?」
「軍でずっと同室だったからな」
コルトは飲み物を一口含むと、伸びをした。
「……アイツみたいな生き方は物珍しかったんだよ。真面目で愛情深くて、まず先に他人のことを考える。どんだけ人がいいんだってバカらしく思えるほどだ。今まで俺の周りには、自己保身に長けた奴しかいなかったし。……俺も、結局はそうだ。自分の事は何でもやれるけど、人の事は基本どうでもいいと思っている」
「そう……なの?」
「なんつーか、観察してるのが面白かったな。……ああいうやつが当たり前に幸せになれる世の中になればいいよなと思う。平和ってそういうもんなのかなって」
シーナは改めてコルトを見つめた。
つかみ所の無い青年だと思っていたが、悪い人間では無いのだろう。最後の一言は妙に胸にしみた。
「なあ知ってた?」
コルトはいたずらな笑みを浮かべてシーナを覗き込む。
「ラルフは、ずっとアンタのこと好きだったんだぜ?」
「……なんでコルトがそんなこと知っているの」
「軍時代からアンタに手紙書くラルフを見てきたから」
そう言われて返答に困る。帰らない五年間。しかし手紙だけはとぎれなかった五年間。ラルフがどんな想いをしていたのか、想像すると胸が苦しい。
「ガイアのことも聞いたんだって?」
「うん」
「スパイだってこと、黙っていたのはアンタのためだぜ? ラルフはアンタを騙そうとしたわけでもないしアイツを殺したわけでもない」
「そうね。……私、本当の事を言うとね。少し疑っていたのよ」
そのことを考えるとまだ胸は痛む。ラルフを信じきれなかった自分に対してなんとなく負い目を感じるのだ。
「セシルが教えてくれたの。ガイアを殺したのはラルフじゃないって。……銃で撃たれたんだからあり得ないって」
シーナが告げると妙に間が開いた。不思議な沈黙にコルトを仰ぐと、目を丸くして驚いている。
「……セシルが?」
「え? うん」
コルトは口元に手をあてたままラルフが軍に戻ってきた時のことを思い出した。
あの時、倒れたラルフを見つけて連れてきたのはタクミだ。見つけた場所は森の入口で、近くに他の死体はなかったという。
だからこそ、コルトは最初、ラルフがガイアを含めた三人と戦ってやられたのだと思っていた。
ラルフはそのまますぐ医局運ばれ、コルトが見たのは治療後の姿だ。セシルがその前にラルフを見ることはおそらくあり得ないだろう。
ラルフは目を開けてすぐ軍上層部に直談判に行った。そこでようやくガイアが銃殺されたことを話したが、そのまま再び倒れてしまった。その後は部屋に運ばれ、コルトはずっと付き添っていたのだ。そこからラルフがモニールヘ出発するまで、ラルフがセシルと会うことは無かったはずだ。
この村で再会してからも、ラルフはシーナに知られることを恐れて、ガイアの話をあまりしないようにしていたはずだ。彼が銃で撃たれたなどと知り得るタイミングがセシルにあったか?
コルトは嫌な予感が沸き上がってきて息を呑む。
頭を整理させるために手近にあった紙に書きだした。
西の森でラルフが敵を引きつけるから逃げろといった後、コルト達一行は森の入口まで揃って戻った。その後、コルトとイータが報告のため軍に戻り、タクミとセシルにはラルフを探すように指示した。
二人は別行動で捜索をしたらしく、ラルフを見つけたのはタクミ。セシルは、後から見つからなかったと言って戻ってきた。
ラルフがモニールヘ向けて出発した後、第二小隊を率いていても気持ちの乗らないコルトが、「ラルフを追いかけようかな」と冗談交じりに言った時、背中を押したのはタクミとセシルだ。
『その時は俺、絶対ついていきます』
もとよりラルフに心酔していたタクミの言動にはおそらくおかしなところはない。しかし。
『その時は私も連れて行ってください』
淡々とした口調でそう言ったセシルを意外に思ったことは覚えている。ただあの時は、きっとラルフに気があるのだろうと思って納得した。
しかし、当時は班編成を組んだばかりで、しかもラルフはたった一人の女性に馬鹿みたいに長い期間片思いをしているうだつのあがらない男だ。セシルにそこまでの感情を抱かせるほど交流があったとは考えにくい。
コルトははじかれたように立ちあがった。
「きゃ、どうしたの?」
突然のコルトの態度に、シーナが驚いて見上げる。それもお構いなしにコルトは時刻を確認した。
まだ昼前だ。今から馬を走られせば、日が暮れる前には追い付く。
「ちょっと気になることができた」
コルトは慌てて部屋をでると、広場で訓練中のタクミを捕まえた。
「お前、あの時、なんでセシルと一緒に行動しなかったんだ?」
「あの時っていつですか!」
いきなり首根っこを押さえつけられ、タクミはむせながら襟ぐりを抑え気道を確保する。
「西の森でラルフと離れた後だよ。俺、お前とセシルに、ラルフを探すように言ったろ? でもラルフを見つけたのはお前一人だった」
「え、何すかちょっと、そんな前の話」
タクミはたじろいでいたが、すごい剣幕のコルトに必死で記憶を辿った。
「えーと、いや、あの時は。最初からずっと別行動だったんですよ。セシルがその方が効率がいいからって。丸一日探して見つからなければ軍に戻るという約束だったんです」
「セシルが……」
コルトは呆然とタクミの首根っこを掴んでいた手を離す。
「悪い。俺、しばらく村をでるから」
「え? コルト先輩」
「お前に全部任す!」
「は? ちょっと!!」
タクミの叫び虚しく、コルトはすぐさま走りだし、顔見知りの民家の家に飛び込み半ば強引に馬を借りた。
追いかけてきたシーナが声をかける暇もなく、馬上の人となったコルトは馬を走らせていく。仕方なく同じく取り残されたタクミにとぼとぼと近づき、声をかけた。
「一体どうしちゃったの?」
「さあ」
二人は首を傾げ、不安を感じつつ見つめているうちに、コルトをのせた馬の姿はすっかり見えなくなってしまった。




