それぞれの思惑・1
「おーい。セシル待てよ」
後ろから声をかけられて、セシルは不快を露わに振り向いた。
「なんですか。コルト先輩。忙しいんですけど」
「だから手伝ってやるよ。買い物するんだろ?」
「結構です。付きまとわないでください」
つれなく断られてもコルトはめげない。足を速めたセシルの隣を大股で歩いた。
「そんなに俺と残るのが嫌かな。別に今までと変わんないだろうに。本当はそれが理由じゃなくて、ラルフと一緒に行きたかったんじゃないのか?」
「そんなんじゃありません。そのお見通しだみたいな図に乗った顔やめてもらえませんか」
「失礼だな。どんな顔だよ」
ムッとしたコルトがセシルの腕を掴むと、反射で弾き返される。
「触らないでください」
「そんなにあからさまに逃げることないだろ」
あまりの拒絶っぷりにコルトは表情には出さないものの少なからずショックを受けた。
「自分は、あなたが嫌いです」
はっきりとそう告げたセシルは、まるで子供がダダを捏ねるときのような顔を見せ、そして走り去った。
「嫌いでも別にいいけどよ。……じゃあなんであんな顔するんだか」
コルトはその姿が見えなくなるまで見送って溜息をついた。
*
ラルフはまず医者に向かい、薬を多めに出してもらった。その後、村を不在にすることを告げるために色々と走り回った。
見張りと自警団に関してはコルトとタクミに任せられるので安心だが、カスタ村長とコルトの仲の悪さが問題と言えなくもない。これでラルフが何の報告もなく出て行ってはこじれるに決まっている。
「ああ、そういうことですか。ならば私が一緒に行きましょう」
途中で出会ったマルクにこぼすと、簡単そうに言われたので驚く。
「でもあの村長は色々と頑固ですよ」
「大丈夫ですよ。交換条件があればね」
ウィンクしてみせたマルクは、役場に向かって足を速めた。
「失礼します」
村長室にいたのは村長とグレオだ。二人の入室に怪訝そうな顔をしつつも招き入れる。
「おお、先ほどの伝令とラルフではないか」
「村長、お願いがございます。ラルフとセシルを私に同行させていただきたいのです」
にっこり笑ったマルクに、村長のつばが飛ぶ。
「たわけ! ラルフはこの村の警護の責任者じゃぞ。そいつを出してしまえばこの村はどうなる!」
予想通りの切り返しにラルフは目をつぶったが、マルクは笑顔を崩さずに伝える。
「……先ほどの徴兵の件ですが。何もなくこの村だけ徴兵を免れるわけには行かないのですよ。お二人をお貸しいただくだけで免除すると言っているんです」
「むうっ……!」
村長は顔を真っ赤にして息を飲む。
マルクは表情こそ笑顔だが、威圧感がたっぷりだ。この伝令の真価を見たような気がしてラルフは思わず絶句した。
「……ラルフ殿は、この村の警備についてはいかがお考えで」
にらみ合いになった村長とマルクに助け舟を出すようにグレオが口を挟んだ。
「はい。あの……自警団の指揮についてはコルトとタクミに任せます。見張りについてもコルトの方に任せてありますので、心配ないかと」
「だそうです、村長。もとより我らには選択権はないようですよ」
「くっ、好きにせい」
やけくそ気味ではあったが、これでどうにかラルフとセシルの出発は了承された。
*
一方その頃、セシルは調理場の二階を訪れていた。ノックをすると予想より年配の女性の声で返事がある。
「失礼します」
中に入ると、シーナはベッドに起き上がり食事をしているところだった。付き添っているのは彼女の母親のラナだ。
「あら、セシル?」
「こんにちは。熱が出たそうですが、具合はいかがですか?」
「さっきはかったら熱も下がってたし、もう大丈夫。ありがとう」
シーナは最後の一口を食べ終え、お盆に茶碗を戻す。
「ごちそうさま、母さん」
「もういいのかい。じゃあ私は戻るよ。いいかい、今日は一日じっとしてるんだよ。…
…アンタはここに座るといい。心配してくれてありがとう」
ラナはセシルに笑いかけると、茶碗一式を持って出て行った。セシルは戸が閉まったのを確認するとベッドの傍により椅子に腰掛ける。
「……私の風邪をうつしてしまったかと思いまして」
「やだ。セシルのせいじゃないわよ。ちょうど弱っていたタイミングだったのよ」
シーナは笑ったがセシルは笑わなかった。いつもの無表情を崩さず、シーナを見つめ続ける。
「それにね、もう熱も下がったし。そろそろ起きようかと思っているところ」
「そうですか」
「うん。だから気にしないで」
なんとか場を和まそうとシーナが話すも、会話は途切れがちですぐ沈黙が降ってくる。それでもセシルは帰るでもなくただ座っていた。そのうち、ポソリとセシルが呟く。
「……あなたにはお世話になったので、一言だけ忠告しておきます」
シーナがセシルを見つめると、彼女は目をそらして窓の方を向いた。
「明日、ラルフ先輩と私はとある人物の警護でこの村から出ます。……もし、あなたがラルフ先輩を好きなのなら、止めたほうがいいです」
「どういう意味?」
シーナは驚きのあまり言葉の意味が飲み込めなかった。ラルフが村から出る? それに止めたほうがいいって?
セシルはシーナの質問には答えず、ペコリと頭を下げると扉の方に向かった。
「それ以上は教えられません。……失礼します」
扉はパタンと静かな音を立てて閉まる。シーナは取り残されたような気持ちでそれを見つめ続けた。




