看病・1
夕食後、ラルフは村内を巡回し見張りの報告などを聞いた後、調理場の二階にあるシーナの休んでいる部屋に向かった。ノックをすると答えたのはラナだ。
「ラルフかい。お入りよ」
ベッドではシーナが横になっており、ラナが寄り添うようにその傍に座っている。
「シーナはまだ目を覚まさない?」
「いや、一度起きたよ。でもまた眠っていった」
ラナがシーナの額のタオルを取り換える。ラルフも丸椅子を持って近くに腰掛けた。
「まだ熱がある? なんか、見るたびに目の腫れがひどくなってる気がするなぁ」
ラルフがシーナの顔を覗き込むと、ラナは冷やかすように言った。
「そりゃ、あんたのせいだろうよ」
責められる覚えはないこともない。ラルフは伺うようにラナをみた。
「なんか聞いた?」
「まあね。どっかの根性無しが今頃になって告白したっていう話を少し」
「うわあぁぁ」
親代わりのラナに言われると恥ずかしくてたまらない。ラルフは頭を抱え軽いうめき声を上げた。
「ようやく男になったじゃないか」
予想と違って続く言葉は穏やかなだったので、ラルフはそろそろを顔をあげた。
「もう大人だからね。後は自分たちでなんとかおしよ。じゃあ私は休ませてもらうよ」
ラナがいきなり腰を上げるので、ラルフは焦って引き止めた。
「ちょっと待った。シーナを放っておくのかよ」
「なんだい。アンタがついてるんじゃないのかい?」
「ついてて……もいいけど。でも俺」
ふたりきりになったら何するかわからないよ。
目に意思を込めて見つめてみたが、ラナには笑われるだけだった。
「なんだい今更あんたとシーナの仲で」
「聞いたんだろ、告白したの。だったら俺だってタガが外れるというか」
「シーナに意識がないのに、アンタがそんなことできるわけないだろう。寝込みを襲うような子に育てた覚えはないよ。……忘れるんじゃないよ。アンタを十歳の時から育てたのはこのあたしだってことを」
最後の一言は脅しだろうか。ラルフの鼻を人差し指でつついてニヤリと笑うと、ラナは部屋を出て行った。
「さすが、おばさん。きっちり釘をさされた」
きっと一生敵わない相手だろう。そして、そういう存在が自分にいることがラルフは少し嬉しかった。
*
一度落ち着いて部屋の中を見る。
外はもう暗く、部屋の灯りは手元のランプだけだ。それでも見て取れるほど彼女の頬は赤い。
ラルフはベッド脇の椅子に腰かけて、眠るシーナの顔を上から眺めた。やつれたような気がする。この数週間のうちに起こったことを思えば、それも当たり前だと思えた。
ラルフは温まった額のタオルを替え、まだ熱の残る彼女の頬を撫でる。
ラナの言葉がなくても純粋に看病をするつもりではあるが、それでもこうして寝顔を見ていれば段々落ち着かない気分になってくる。ラルフは気を紛らわすため、立ち上がって窓際に寄った。
外はもう暗い。ランプを持ちながら歩く村人がまるで星のようだ。
こうしていると、まるで世界にふたりきりになってしまったような気がする。
「……シーナ」
「ん……」
小さく呼びかけると、シーナがタイミングよく呻いた。目は開いていないので、まだ夢の中ではあるのだろう。ラルフは再び額のタオルを絞り直して乗せようとした。その時、ラルフの手は寝返りを打ったシーナに捕まえられる。
「……かないで」
反射的に手をひっこめたが、シーナは意外にも強い力で握り続ける。ガイアの夢でも見ているのかと、ゆっくり手を解こうとすると、シーナが続けて呟いた。
「軍になんか行かないで」
ラルフの手が止まる。心臓も一緒に止まるのではないかと思った。今夢の中でシーナが力一杯引き止めているのは、五年前のラルフだ。
どうしてあの時あんなに意地になって離れようとしていたんだろう。
ラルフの胸に、今頃後悔が湧き上がる。
俺はずっと臆病だっただけだ。シーナを守ると言いながら、実際は弟としか見られないことが辛くて、いつか目の前で他の男にかっさらわれるのが怖くて逃げていただけだ。
「シーナ」
ラルフはゆっくりシーナの髪をなでた。何度も、何度も。そして耳元で小さな声で呟いた。
「もうどこにも行かない。ずっとシーナの傍にいる」
ラルフは再び椅子に腰掛け、シーナの気が済むまで腕を掴まれたままにしていた。そしてそのまま、いつしか眠りに落ちていった。




