揺れるカスタ村・2
その後ラルフが役場に行くと、コルトが村長やグレオを頭を突き合わせていた。
「あー、やっときた、ラルフ。助けてくれー。おっさんたちは頭が固い」
「何を言うか、この若造!」
カスタ村の村長に小突かれ、助けを請うようにラルフに手を伸ばす。お前が任せろって言ったんじゃないか、と手を弾き返したい欲求にかられたが、しなかった。咳払いをすると輪の中へと入っていく。
「話はどこまで?」
「避難民の話じゃ! お前の言うようにその中にスパイ行為を働く奴がいるなら、このカスタ村においておくわけには行かん」
「だから、その判別ができねぇだろって言ってんの。おっさん、嫌か嫌じゃないかだけで話してるだろ」
「たわけが! わしにはこの村を守る使命があるのだぞ!」
どうやらスパイ疑惑に伴い、避難民そのものの扱いについて揉め出したようだ。
「……グレオさん、調査の結果を聞いてもいいですか?」
「ええ、各村の古株たちを中心に聞き込みまして、ここ三年以内に移住してきた者、及びどの村の古参達も見慣れない人物を割り出しました。しかし、結構な人数に及ぶのですよ。彼らを全て一箇所に隔離するわけにもいかないし、事実上このままの体勢を取るしかありません」
「そうですか」
「古参たちには見慣れない人物たちが外部と接触していないかをできるだけ観察するように伝えてあります」
「ありがとうございます」
グレーゾーンが広すぎる。当然だろう。例えば同じ村にいたところで、世代が違えばそんなに交流があるわけでもない。感覚と記憶だけで人を排除するのは危険過ぎる。
「……首都から連絡とかはありませんか?」
「数日のうちに伝令が戻ってくる頃だと思います。上手くカルゼン公国を追いやってくれれば、何も心配することはないんですけどね」
「ええ」
「ですが、……どうでしょうね。正直、この村にまで人を潜入させるほど、彼の国は人材豊富ということでしょう。……平和になったと浮かれていたのは、私達の国だけだったのですね」
「……ええ」
グレオの弱気に釣られるように、皆が沈んだ顔になる。
実際、今回の戦争は全体的に押され気味だ。カルゼン公国軍はバナーの近くまで迫っている。首都をとられたら終わりだということを思えば、次の通達では徴兵も覚悟しなければならないかもしれない。
でももし。
ラルフの頭に、不意にひらめいた。
もし首都が落ちたとしても、王家の血筋は消えない。正当なるザムザ王国の跡継ぎは人知れずこの村にいるじゃないか。
「……希望を捨てないことです」
ラルフは確信を持って皆に告げる。しかし聞いている方には気休めにしかならなかっただろう。
*
コルトとラルフが共に村長室を出ようとすると、ラルフだけが首根っこを捕まえられる。
「痛いですよ!」
「うるさい、ちょっとお前は話に付き合え」
「ラルフ、俺先に行くわ」
逃げるようにコルトが出ていき、カスタ村の村長はラルフを相手にコルトの態度がどうだこうだとまくし立てる。
「そんなの本人に言えばいいでしょう」
「言っても相手にされないので苛立っておられるのですよ」
ボソリと告げたのはグレオだ。
「とにかく気に入らん!」
「多少不遜な態度をとっても、コルトは有能ですし、信用も出来ます。お願いですからこれ以上内部の揉め事を増やさないでくださいよ」
「だったらお前が黙って話をきいておればいいんじゃ」
愚痴聞き要員か。ラルフは諦めにも似た気持ちでその立場を受けいれた。
*
ようやく村長から開放され役場を出ると、武器屋にセシルの金髪を見つけた。
「……セシル?」
どうやら弓の弦の調整をしているらしい。ラルフが声をかけるとハッとして顔を上げた。武器屋はにっこり笑って、「今直しますからしばらく待っていてください」といった。
「なにしてるんだ?」
「どうも弦が緩いので調整してもらってるんです」
「普段と違う武器はどうだ?」
「別に、弓自体は苦手じゃないので平気です」
うつむきがちのセシルは顔色が悪く見える。そういえば病み上がりだしな、と頭をくしゃりと撫でる。
「え?」
「顔色悪いぞ? 大丈夫か?」
「へ、平気ですよ」
「実はシーナも熱を出したんだ」
ラルフの手を弾こうと手を振り上げたセシルは、そこで動きを止めた。
「シーナさんが?」
「ああ。皆疲れが出てくる頃なんだな。セシルも困ったことがあればいつでも言えよ」
セシルはちょっと黙ると、何を思い出したのか眉を潜めた。
「……だったらコルト先輩を何とかしてください。付きまとわれるとうるさいです」
これにはラルフも笑うしかなかった。
「コルト、セシルが気に入ってるみたいだな。俺が言ってやめるような奴じゃないけど、一応釘は差しとくよ」
「お願いします」
「でも、普通には話してやれよな」
「……善処します」
嫌そうな顔でセシルは頷いたとき、店員が直した弓を持って戻ってきた。
「じゃあまたな」
ラルフは邪魔にならないようにと、店を出た。
*
午後は訓練をして過ごし、夕食はコルトと打ち合わせをしながら食べた。
「へぇ、シーナさん倒れたんだ」
「ああ。まあ色々あったからな。気が緩んだんだろう」
「ラルフが変なことしたわけじゃなくて?」
軽く言われて、パンが喉に詰まる。断じて変なことはしていない。告白しただけだ。
「じゃあ夜はついててやればいいじゃん。俺、タイトの護衛してやるよ」
「いいのか?」
「まあ俺じゃ信用ならないかも知れねーけど」
「……どうしてだ?」
不思議に思って見返すとコルトは笑う。
「俺って女ウケはいいんだけど、男ウケはイマイチなんだよね。無条件に信じてくるのお前ぐらい」
「……何か悪いこと企んでいるのか?」
「まさか。でも疑われると悪さをしたくなる」
「……頼むからこの状況で敵を増やすのはやめてくれよ」
不敵な笑みを浮かべるコルトに、ラルフは本気で懇願した。




