カスタ村での生活・2
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二階の狭い部屋の中で机を囲んでいるのは、ラルフ、コルト、グレオの三人だ。
「避難民の名簿を作成しました」
グレオの事務処理能力は大したものだ。
避難民はそろそろ二百人を超えてきている。主にモニールの村人に割り当てられた集会所の他に学校や役場の部屋が避難場所として開放されだしているが、それでも収容場所は足りないくらいだ。
「戦況が落ち着いているのなら、自分の村に帰りたいという意見もでています」
「うーん」
ラルフは顎を撫でて考えた。
戦況を正確に把握するには、軍からの情報と戻る先が本当に安全なのか確認する先発隊が必要だ。今現在この村の警護だけで手一杯の自分たちにその人員が避けるはずがない。
「まだ無理だろうな。戦況を確認する急使を頼むことは可能かな」
「軍へでしたら可能です。ただ、どこまで正確な情報が出るかは分かりませんが」
「だよな……」
軍は国民全体の士気にも気を配っているはずだ。もし負けが混んでいるとしても混乱を恐れて正しい情報を流さない可能性はある。しかし、良い方の情報ならば信ぴょう性があるといえるだろう。
「まあ、情報が無いよりはマシでしょう。それについては私が手配します」
「頼む」
グレオが一礼して部屋を出て行く。その間ずっと窓際で佇んでいたコルトが、ようやく口を開いた。
「……なあラルフ、あれは放っておいていいと思うか?」
コルトの指の先を辿る。宿屋の屋根、そこから少しずれた中央広場の片隅で剣術練習をしている数人の男が見える。
「自主練か? いいじゃないか、感心かんし……」
頷こうとして止まったのは、打ち合いをしている男の一人が、タイト少年であったからだ。
「はぁ?」
相手は村の男。年頃はタイトより少し上な位だ。傍らでそれを見守っているのがカルタスだ。
「……ダメじゃね? 怪我したらまずいよなぁ」
「だよなぁ」
目付役のカルタスが許可しているのならいいのか?
しかし、不安に思った二人は急いでその場に駆けつける。
「何してるんですか!」
ラルフの叫びに、カルタスは声だけで返事をする。
「訓練だよ。弟はちょっと体がなまってるんでね。ちょうど午後の訓練のために集まっている人たちがいたから、相手をお願いしたんだ」
よくよく見ると、タイトは力で押され気味になっているものの撃ち込まれた剣はすべてはじき返している。剣の腕で言えば、相手の男よりは上だろう。
「それにしたって何も知らない人と相手させて大丈夫なんですか。怪我でもしたら……」
ラルフがカルタスにだけ聞こえるよう小声で言うと、カルタスは視線はタイトに向けたまま笑った。
「何も知らない相手じゃなきゃ手加減されるだろう。彼を連れて旅をしているのは、城ではできない経験をさせるためだ。大丈夫、怪我はしないよ。何かあってもすぐ止めれる」
確かにカルタスの手は剣の柄を握っている。昨日見せたあの素早い剣さばきならば、怪我をさせる前に対応できるのだろうが。
「でも」
「……うわっ」
タイトの足がもつれ、体が後方へと傾く。ラルフがカルタスに呼びかける前に、本人はタイトの前で振り落ちてくる剣を受け止めていた。
「わ、大丈夫か?」
相手をしていた男が、金属音と同時に呟く。
「どうやら弟の負けのようだな」
カルタスは余裕げに微笑み、座り込んでしまったタイトを起き上がらせる。
「……くそっ。もう一回」
タイトは拳を握りしめ、再び立ち上がる。相手の男が頷くのと同時に、カルタスは脇によけて見守る体勢を取る。
「……大丈夫そうだな」
コルトの囁きに、ラルフは頷いた。
「ああ。……そうだな」
タイトに色々な経験をさせたい、という目的でこの二人が旅をしているのだとすれば、何を呑気なことを言っているんだ、という心境ではある。
今は戦時中で、仮にも一国の王子が政治を離れてそんな遊休の旅をしている場合ではないだろう。
でも、タイトののびのびとした表情と、穏やかに愛情を持った眼差しで見つめるカルタスを見ていると苛立ちは緩んだ。ラルフはカルタスの肩を叩く。
「午後からの訓練。あなた達も参加してくれませんか? 初心者が多いから基本的な型から教えないといけない。人手があると助かるんだが」
「そうだな。……少しだけなら」
「俺があんたに教えてもらいたいくらいだけど」
カルタスの目に止まらぬ速い太刀筋。コツがあるならば習得したいところだ。
「悪いな。人に教えているほどの余裕はない。今はタイトから目を離すわけにいかないからね」
「だよな」
こうして話している間も、視線はタイトからそらされることはない。
「昔はもう少し無邪気に笑う子だったんだ。……だが今は、色々なものに怯えている。それを治すのが、今回の旅の目的だ」
剣がぶつかり合い、相手の力にタイトが押し負けそうになる。そう思った瞬間、カルタスの姿が視界から消えた。
「心配してくれてありがとうな」
言葉だけが残され、彼は相手の男の剣を自分の剣ではじき、倒れ込みそうなタイトを支える。
「カル……兄さん! 邪魔しないでよ」
「いや、ちょっと顔にぶつかりそうだったからついつい」
「なんだよ、大人が入ってくるのはズルいぞ!」
言い合いを始めたかに見えたが、またすぐに打ち合いが再開される。王子のことはカルタスに任せておけばいいのだろう、と結論付けてラルフはコルトを連れ集会所へ戻ることにした。




