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見張りの夜・2

 考えを巡らしているうちに、明かりは一つ二つと消えていった。途中コルトが来て世間話をし、南門の方へ移動する。夜は時間の経過がひどく遅く感じられた。

 いつしか村の中の音よりも外からのフクロウの声の方がより耳に響く。ラルフは篝火に薪を追加し、大きく伸びをした。


「……ラルフ」


 小さな声に振り向くと、暗がりに毛布の塊があった。中にくるまっているのはシーナだ。


「シーナ? どうしたんだよ。もう夜中だぞ」


 昼間の快活さはどこに行ったのか、彼女はうつろな瞳でラルフを見ると黙って近づいてくる。



「さっき目が開いて、……眠れなくなって」

「大丈夫か?」

「……嫌な夢見たのよ」


 明るいところに彼女を呼び寄せると、目が泣いたように潤んでいるのがわかった。


「怖い夢?」

「そうね。……疲れていればよく寝れるかなと思ったんだけど」


 昼間、やたら張り切って動いていたことを思い出す。その前日も、悪い夢を見たといって夜中にこうして話をしていた。やはり、昼間のはただの空元気だったのだろう。


 シーナは寒いのか毛布を頭からかぶると、見張りの椅子に腰掛けた。ラルフは篝火に薪を足し、彼女の隣に座った。俯いていて表情は見えないが、指先が小さく震えていた。

 パチ、と火花が散った音とともにラルフはシーナに問いかける。


「……ガイアの夢か?」


 シーナは大きくからだを震わせた。そっとしておいてやるのと敢えて追求するのと、どちらがいいのかラルフには分からなかったが、今の彼女をそのままにもしておけないと思った。


 シーナはしばらくの沈黙のあと、潤んだ声で話し始めた。


「どうしたらいいのかわからないの」

「どうって?」

「私、ガイアとは数週間しか一緒にいなかったの。酒場にお客さんとしてきて、あっという間に好きになって好きになってもらえて。……まるで夢みたいだったわ。だから、彼がいなくなったのも夢の一部のようにしか思えない。……まして死んだなんて」


 シーナはポケットを探り、懐中時計を取り出す。その表面の細工をゆっくりとなぞった。


「まだ本当は信じてないわ。……でも、確かにこれは父の形見の懐中時計で、ガイアにお守り代わりに渡したもの。ガイアが何もなくてこれを手放すはずはないし。……何より、ラルフが私に嘘をつくはずないってわかってるの」


 毛布から聞こえる声が嗚咽混じりに変わっていく。


「いっそ全部夢だと思えばいいのかしら。彼の存在そのものも、恋をした記憶も。そうしたら私は傷つきも失いもしないんだもの」

「シーナ」


 ラルフは毛布越しにシーナに触れた。頭の方から撫でるように背中へと掌を滑らせる。


「もし夢だったとしても、シーナにその記憶があるなら本物なんだよ。大切に思った人がいて、両思いになって、その相手を失ったんだ。辛くて当たり前だろう。無理に笑うことなんかない」

「ラルフ」

「頑張らなくていいんだ、シーナ。時間をかけて癒やせばいい。俺はもう逃げないから。シーナが本当に元気になるまでずっと傍にいる。だから」


 慰めようと必死に言ったのだが、次の瞬間顔を上げたシーナはなぜかラルフを睨んでいた。


「……そんなこと言って」

「え?」


 予想外の反応にラルフは思わず手を離す。何故怒られる。俺が何をした。


「ラルフだって、私のこといらないくせに。いつの間にかなんでもできるようになってさ。……母さんもいないし。ガイアもいない。私のこと、必要な人なんてもう誰もいない」

「誰がそんなこと言ったんだよ。俺はシーナのことをいらないなんて一度も思ったことないぞ」

「嘘よ。五年も帰らなかったくせに。……それに、ラルフだっていつの間にか大人になって、周りの人からも頼りにされてて。……私なんかいなくても困らないじゃない」


 どうやら一度も帰らなかったことは相当根に持たれているらしい。涙目のまま恨みがましい視線を投げかけられると、根性なしの自分を殴りたくなる。


「シーナがいないと困る」

「なんでよ」

「だって、ほら、見ろよ。このシャツ。シーナが縫ってくれたやつだ。頻繁に着るからもうボロボロになってきてる」


 ラルフを見つめるシーナの視線は冷たい。萎えそうになる自分を奮い起こして、必死に続ける。


「飯だって。俺の一番好きなものを作れるのはシーナだし」

「私はお母さんじゃないわよ」

「知ってるよ。でも、そういうのでも俺はシーナに助けられてきてるし」


 潤んだ彼女の瞳に映る、思い切り焦っている自分をひどく滑稽に感じながらラルフは続けた。


「何より、俺は今、シーナを守りたいって思っているから強くなれる」

「……私を?」

「そうだよ。シーナやラナおばさんや、……大事な人を守りたいから強くなろうって思ったんだ。シーナがいなかったら、戦う意味が無いからあっさりやられるかもしれない」

「そんなのダメよ」

「だろ? だからシーナは必要。わかった?」


 シーナはキョトンとして視線を巡らせた。


「なんか、言いくるめられてない?」

「ないない! シーナだって俺が死んだら困るだろ」

「当たり前じゃない。大事な弟だもの」

「じゃあ、シーナはそこにいてくれるだけでいいってこと。それだけで俺は強くなれる。つまり俺を守ってるってことになってるってわけだよ」


 顔が熱くなるのを感じながら一気にまくし立てると、シーナは呆れたように笑った。


「やっぱり言いくるめられてる。私は何もせずにただ居るだけなんて嫌よ」

「何もするななんて言ってないよ。でも、元気になるには時間がかかるだろ。その間、俺に頼ってくれてもいいよってこと」

「頼る……ねぇ」


 まるで考えてもいなかったことを言われたのかシーナはしばらく口元に手を当てて考え込んでいたようだったが、吹っ切れたように「ねぇ、軍にいた時の話をして?」と話題を変えてきた。


 とは言え、別に軍時代の話も面白いことはそんなにないので。仕方なくコルトの破天荒な行動を中心に話すと、シーナは時折声をあげて笑った。


「なんだよずいぶん賑やかだな」


 そのタイミングでコルトが巡回に来て、シーナとラルフは同時に笑った。


「ちぇ、俺が寒い中歩きまわってるっていうのに、二人は仲良く歓談中かよ」

「ごめんなさい。私が眠れなくてきただけなの。もう戻るから、コルトがここに座るといいわ」


 シーナが立ち上がった場所に、コルトは遠慮なく座る。


「おお、あったけぇ。いいねぇ。女性に温めてもらった椅子」

「あはは。本当に面白いのねぇ」


 シーナは楽しそうに笑い、手を振りながら避難所の方へ戻っていく。

 少しは元気になったか、と安心した心地でラルフが見送っていると、背中に重みがのしかかる。コルトの足が背中をどついているのだ。


「邪魔したか?」

「いや。もう話も終わりってところだった」

「いい雰囲気だったぜ? 思わず邪魔に入りたくなるほどに」

「お前は性格が悪い」


 コルトと軽く掛け合いをしながら、ラルフは少しだけ心が軽くなっているのを感じた。

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