避難地で・2
「おお、ここにおったのか、ラルフ」
「村長」
モニール村の村長が戻ってきて、避難所として集会所を借りた旨を伝える。カスタ村にも情報はほとんど入っては居なかったが、モニールだけではなく他の村からの避難者も受け入れていると聞いた。
「結局、分かっていることは戦争が始まったということだけか」
「始まったとも言い切れん。開戦宣言が出されたわけではないからな」
「でも事実、襲撃を受けている」
「ラルフ、軍は何を考えておるんじゃ?」
村長が疲れた表情でラルフに問いかける。
「分からないから俺は飛び出してきたんだ」
ラルフは、こんな答えしか返せなかった。
とりあえず今できることは村人に休める場を提供することだ。ラルフはコルトたちに手伝いを頼み、疲れきった風の村人たちを集会所へと移動させた。
「シーナ、起きれるか?」
「ん……」
肩を揺さぶってもシーナの瞼は開かない。相当疲れているのか、とラルフは彼女を背中に背負い、空いた手で荷物を抱え上げた。
「ラルフ。腕、腫れてるぞ」
コルトが眉をひそめてラルフの右腕を見つめ、荷物を奪い取る。痛みはずっと感じていたが、なにせ危機的状況が続いていたから慮る暇は無かった。
「大丈夫だ。とりあえず動かせないわけじゃないし」
「でも、しっかり治さないと癖になりますよ。その人、俺が運びましょうか」
タクミがひょこひょこと脇にやって来た
「いや、いい。彼女は俺が運ぶ」
「あー、先輩のいい人ですか」
タクミが冷やかすように笑うが、ラルフは首を振る。背中のシーナはまるで目覚めるのを拒否しているかのように頑なに眠り続けていた。
「……きれいな人ですね」
「俺の姉代わりなんだ」
「ああ、この人がシーナか」
名前を言い当てたコルトにラルフは頷く。
「色々あって憔悴してる。できるだけ休ませてやりたいんだ」
「でもそれは他の村人も一緒だろ?」
「……それ以上の事もあったんだよ」
ガイアのことをコルトに話そうか迷ったが今はやめておいた。意識を変えるために別の話題を振る。
「それより、イータはどうしたんだ?」
「イータは調子いいからなぁ。今ごろ、新しい隊に潜り込んでるだろうさ」
「そっか、それなら良かった」
図らずもあの時の第二小隊の中でイータだけが軍に残った形になったわけだ。ちゃんと世話をしてやれなかったが、イータならば話術で新しい隊にも馴染んでいけるだろう。
「で、お前たちの宿は?」
「とりあえず前払いで支払ってあるから今日は宿屋に泊まるよ。明日からはここの集会所に混ぜてくれよ」
「ああ。……また村長と相談しておく」
*
村人の移動を終え、カスタ村の女性陣に寄る炊き出しをもらいその日は眠りについた。
毛布は一人一枚支給されたが基本は雑魚寝という状態で、ラルフはシーナの隣に座り、未だ眠り続ける彼女を見つめていた。
うつらうつらと眠りに入った頃、突然シーナが飛び起きて体を震わせた。
「どうした? シーナ」
「……っ、はっ、はっ」
荒い呼吸で頭をかきむしる。癖のある髪が今では鳥の巣のようになっていた。
あたりはまだ真っ暗で、夜は明けていない。ラルフが人差し指を立てて静かにするように告げると、シーナはようやく正気に戻ったかのように、まばたきを繰り返してラルフを見つめた。
「……ラルフ」
「悪い夢でも見たのか?」
「うん。……嫌な夢を見た」
はあ、と溜息を漏らすシーナの汗をタオルで拭く。髪の付け根が濡れているところを見ると、服の中も結構濡れているかもしれない。
「大丈夫か。見てないから体も拭けよ」
シーナを壁際によせ、背中で隠すようにしてタオルを渡すと、背後でもぞもぞと動く気配がした。
「ありがとう。……ラルフ」
「終わった?」
「うん」
振り向くとシーナはラルフをまじまじと見ている。
「ラルフは寝た?」
「寝たよ。うつらうつらとね」
「ここは? 私、途中から記憶ない」
「ここはカスタ村だ。首都から見れば西南の村だな。集会所を開放してもらえたから、しばらくはここで休ませてもらえそうだよ」
「そう」
シーナは改めて辺りを見回した。薄暗い室内では、沢山の人が横になっている。うめき声を上げるものや、ただ丸くなって眠るものなど様々だ。
「まだ夜明け前だし。もう一度寝ればどうだ?」
シーナは震えのおさまらない自分の体を抱きしめて首を振る。
「ラルフ、少し話せるかな」
「いいよ。だったら外に行こう」
二人は息を潜めて集会所から外に出た。思ったより明るくて驚いたが、今夜は満月だったかと納得する。
大きな丸い月に照らされたシーナの顔は、ひどく青白かった。