響く銃声・1
当座の目的が決まったラルフとガイアは、考えうる最短の道で軍の西支部まで戻ることにした。とはいえここはまだ西の森の奥深くで、どう急いでもこの森を抜けるまでに一日では足りない。まして、ラルフは怪我人だ。
「足、大丈夫か」
「ああ、あんたのおかげで歩けはするよ」
ガイアの応急処置が良かったのか、痛みは感じるまでも歩けないほどじゃない。ガイアが先を歩いて、足を引っ掛けそうな草や木の根を、剣で払ってくれていたお陰もある。ガイアの決意は本物なのだというのは、ラルフへの気遣いからも伺えた。
ガイアの背中を見ながら、ラルフは仲間たちへと思いを馳せる。
あのまま順調に森を抜けれたとすれば、少なくとも自分たちよりは先に軍につくだろう。だとすれば、ガイアの持っている情報の価値は薄れる。彼がもっと重要な情報を持っているならまた話は別だが。
もし交渉がうまくいかずガイアが捕まえられるような事になれば、自分は彼を裏切ったことになるのだろうか。
ラルフは、自然に唇を噛み締めていた。結果的には自分を助けてくれたこの男に、感謝と同時に好意も持ち始めていた。できることなら、うまく取り次いでやりたい。そのためには一刻も早く森を抜けなければ。
「日が暮れるな。ラルフ、無理は禁物だ。少し休もうか」
「いや、大丈夫だ」
「ダメだ。顔色が悪い。無理をして倒れたら余計な日数がかかる」
「……分かった」
確かにその通りだった。足の痛みはもう慣れすぎてしまい気にはならなかったが、ほぼ二倍ほどの太さに腫れあがっている。ラルフはガイアに促され、近くの木の陰に座った。
「水でも飲めよ。お前、水筒とか持ってないのか?」
ラルフは背負っていた荷物を下ろした。が、崖から足を滑らせた時に木に引っ掛けたか穴が空いていて、水筒代わりにしていた瓢箪はどこかに落としてしまっている。両手を広げて、お手上げというポーズを取ると、ガイアは自分の水筒をラルフに渡した。
「飲めよ。軍部に辿り着く前に死なれちゃ困る」
「じゃあ遠慮無く」
水は、喉を通りながらそこかしこに染みこんでいくようだった。ラルフは生き返るような心地で、喉を鳴らす。ガイアはその様子を微笑みながら見ていた。とてもスパイをやっていた男の顔には見えない穏やかさだ。
「あんた、本当にスパイなんかやってたのか?」
ラルフの問いに、ガイアは視線を遠くの木に移した。幹に背中を預けながら腕組をする彼は寂しそうに笑う。
「俺は孤児だからな。生きていく為には養育者の指示に従わなくちゃならない。どんなことでもやったよ。スパイなんて可愛い方だ。人を殺すことだって厭わなかった。だってそうだろう? 従わなければ自分が殺されるんだ。自分の意思で何かをするのは、今回が初めてだ。だからこそ、慎重にもなる」
ガイアは身震いをして、自分の腕をさすった。ラルフはガイアの中の話の言葉を復唱する。
「孤児……」
「ああ」
「……俺と一緒だ」
そう告げると、ガイアが一瞬目を丸くして笑う。ラルフは、急にガイアに親近感がわいてきた。そして、両親を失ったあの日、シーナやラナのような存在が無ければ、自分だってどうなっていたかわからないと改めて思う。
ラルフは沈んだ空気を変えようと、明るい話題を振ろうと考えた。
「あんたの恋人は? どんな人なんだ?」
途端にガイアの目が緩む。声も明るくなった。
「優しい娘だよ。明るくてしっかり者で、時々妙に頼りなくて。頑張り屋の娘だ」
ノロケになった途端にガイアは饒舌だ。ラルフは半ば呆れながら先を促す。
「早くに父親を亡くしたらしい。俺のことも、最初は記憶にある父親の面影に似てると言っていた。まあそれで、俺によくしてくれたんだが」
うっすらと頬を染めながら、ガイアは胸元から何かを取り出す。金属音と共に彼の掌に収まったそれを見て、ラルフは思わず息を呑んだ。
「……それは」
「彼女から貰ったものだ」
ガイアが愛おしそうに眺めたそれは、懐中時計だった。ラルフにも見覚えのあるそれは、シーナが父親の形見だと言って大切にしていたものだ。
ラルフは信じられない思いで、まばたきを繰り返す。
「あんた、シーナの……」
“恋人なのか?”
その続きを告げる前に、一発の銃声が山間に響き渡った。




