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訓練・3


「セシル? どうした?」


 構わず続けられる口笛に、トンビが上空を旋回し始める。いくら経ってもそこから離れないトンビに、ラルフは違和感を感じた。もし木々が密集していなければ、降りてきそうな気さえする。


「もしかして今のが鳥使いの技?」


 タクミがセシルに向かってからかうように言った。セシルはちらりとタクミを見ると、口笛を止め手を上へと大きく伸ばした。するとトンビは、急に興味を失ったかのように方向を変え飛んでいった。


「なんだ? 今の」


 ラルフは驚きの表情を隠せないままセシルを見る。彼女は無表情のまま視線を反らすと、何事もなかったかのように歩き出す。タクミがフォローするようにラルフの脇に来てこっそりと告げた。


「セシルは鳥使いって噂があるんですよ」

「鳥使い?」

「鳥に懐かれるんですよ。よく寄宿舎の庭で鳥を手に乗せているのを見ます。同期の奴らがいつしか鳥使いって名づけて、それで広まってるんです」


 セシルは感情のこもらない目で、タクミを睨む。余計なことを言うな、とでも言いたそうだ。


「でも凄いな。あんなふうにトンビが寄ってくるのは初めて見た」


 手に乗せることもできるのならいつか見てみたいものだ、とラルフは本心から感激する。


「自分にとっては何も珍しいことではありません。昔から自然にできたことです。それよりほら、一番目の小屋が見えてきましたよ」


 セシルは無表情で振り向くと、手を伸ばした。その指が示す先には、確かに古びていて蔦のはっている山小屋が見える。五人が更に近づくと、ドアには何かを叩きつけたような痕があった。誰かが入ろうとしたのか、それとも単に獣が引っ掻いていったのか。痕跡からは前者のように思えたが、断じるには証拠が足りなかった。


 ラルフは部隊長から預かってきたカギで小屋の戸をあけた。すると先ず漂うって来たのはカビの匂いだ。こじんまりとした室内には、救急セットや補給用の弓などが置いてある。他に毛布や乾物がいくつかあったが、一年間放置されたものだと思うと手を付ける気にはならなかった。


「とりあえず荒らされた形跡はないな。ちょっと掃除するか、埃っぽいし」

「えー、まじですか」


 ラルフの呼びかけに、一番にイータが不満を言う。


「いいからほら、動け動け」


 狭い室内を片付けるのは簡単だ。備え付けのほうきで蜘蛛の巣やホコリを払い、外に掃き出す。軽く毛布を叩くと虫が中から出てきたりと短時間ではあったが悲鳴は絶えなかった。


「マジでこんな毛布で寝れねぇって」


 一番に弱音を吐いたのはコルトで、同意するように何度も頷くのがイータだ。この調子では今夜泊まる予定の二つ目の山小屋の内部も思いやられる。


「先を急いで、次の山小屋の掃除もする時間を確保したほうが良さそうだな」

「さすが先輩。前向きっすね」


 ラルフの提案にタクミが頷き、一同は小屋に再び鍵をかけ、森の中に戻った。

 途中で昼食の休憩を一回とり、それ以外は歩き通しだった。疲れてきたのか、おしゃべりのイータもその後は黙々と歩いている。


 2箇所目の山小屋に辿り着いたのは、もう日も落ちるかという頃だった。


「やっとついたな。皆、疲れただろう。今日はここで泊まる。日が暮れる前に準備を進めよう。タクミとイータは湧水のところまでいって水を汲んできてくれ。セシルとコルトはここで火をおこす。俺は室内の掃除。いいな、手早くやるぞ」


 文句を言う奴もいたが、実際五人しかいないのだから一人でもサボったらそれだけ遅くなるのは目に見えていた。全員が自分なりの精一杯で動き、一行は保存食が中心の簡単な食事をし、交代で眠ることにした。


 最初の見張りはラルフだ。小屋の前で小さな焚き火に枯れ枝を入れていると、セシルが小屋から出てきた。

セシルはラルフと目が合うと気まずそうな顔をする。


「どうした、セシル。眠れないのか?」

「……いえ、肩がこったので体を伸ばしに出てきただけです」


 相変わらずの無表情ながらも声に覇気が感じられず、ラルフは心配になって隣に座るように手招きした。


「男ばかりの中だから緊張してるか? 考えてみれば、野宿もあるような訓練に女性一人ってのは考えが足りなかったな。俺も気が利かない方だし、困ったことがあったらなんでも言えよ?」


 セシルは驚いたようにラルフを見つめた。


「ここで、自分が女性という認識をされているとは思いませんでした。もともと私は他の女性隊員と違って戦闘要員として入っていますし、男の中に女一人とかいうのは、気にしたこともありませんでした」

「そっか、ならいいんだ」


 事も無げに言うセシルに、ラルフはホッとした。確かにセシルからはあまり女性らしさというものを感じないので、今まで女性扱いをしたことがなかったのだ。


「もう寝ます。失礼します」


 セシルはきまり悪そうに立ち上がると小屋の中入って行き、ラルフはまた一人になった。山小屋周辺は木々が少し開けているので、月がよく見える。


――シーナもこの月を見ているかな。


 ここから見る景色は、軍の寄宿舎にいる時よりもモニールの景色に近い。懐かしさを感じながら、ラルフはずっと月を眺めていた。




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