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夜の国  作者: 小択出新都
1.夜の国の公爵さま
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一日の終わり

 夜もかなりふけてきたころ。

 王都のはずれの一角、私は扉の前に立ち尽くしていた。

 鉄製でも装飾がされてるわけでもない、むしろ風化しかけてる感がある木の板一枚の扉。

 こここそが私が住い、家賃の安い賃貸住宅である。

 なんでその扉の前に立ってるのかというと、閉まっているのだ。うん、ここは私の家だが、扉は閉ざされていた。押しても引いても開かない。

 普段はどっちに押してもしても開くのだが…。

 私は覚悟を決めるように手を握り、扉をノックする。

 そしてここの家主として告げる。

「あの~、ナナパさん~、開けてくれませんか~」

 ご近所さんから苦情がこないよう控えめな声で。

 すると家の中から、足音が聞こえてくる。主人の帰りを待ちわびる犬のように、というわけがなく、むしろのっしのっしといった感じで。

 そして鍵の開く音がして、木の扉がギシギシ言いながら開く。

「ただい「ご主人様、こんな遅くまで何をやっていたんですか?」

 私が言いかけた帰りの言葉は、扉をあけた主によって阻まれた。

 ふわふわの草原のような髪に、くりっとして垂れ気味の丸い瞳。やわらかそうな白い頬に、私とほぼ変わらないぐらいの身長。一歩間違えれば美少女にしか見えない少年こそが、私の同居人ナナパだった。

 おまけに悪い冗談のように、彼の頭と尻にはふさふさの耳と尻尾がついていた。それがとてつもなく似合ってるのだから―――生来のものなのだから当たり前なのだが…―――頭が痛かった。

 さらにはラティーナからお下がりとしてもらったのだという(サイズが絶対に違う)やたらピンクのふりふりのエプロンをつけている。それもとてつもなく似合ってた。

 怒った表情をしてこちらを睨んでくるさまも、はたから見ると可愛いものだが、その性格を知る私からすると脂汗が出てくる。

「ちょ、ちょっと仕事が長引いちゃって……」

 本当の理由は言える訳が無い。まあ話したところで、信じて貰えるわけもないのだが。

「ちゃんと定時に帰ったってラティーナさんから聞いてますよ」

「げっ」

 あの女(あま)また余計なことを…。

 もはや言い訳は通じない。通じたことなど一度もないが。

「えっと、そのですね」

 私は必死に言い訳を頭からひねりだそうとする。

「まあいいです。それについては、ご主人様にもプライベートがあるでしょうから」

 しかし、ナナパは深く追及するつもりはなかったらしい。いつも私がろくな言い訳しか並べなかったせいもあるのだが、そう言って言葉を切ってくれた。

 私はほっとしたが、だがそうは問屋がおろさなかった。

「それでも、ちゃんと帰りが遅くなるときは連絡をくださいと言ってましたよね」

 そう言い訳は許してもらえても説教は続くのだ。

「だいたい、ご主人様も一応は若い女性なんですよ。こんな深夜に徘徊してもしものことがあったらどうするんですか」

「あい…」

 まあ私にそんなことがあったら、もしものことになるのは変態や犯罪者のほうだが。

「それにこの匂い。屋台の串焼きをまたつまみましたね?あそこは不衛生でよくないって言ってるのに」

「あい…」

 ばれている…。夜の国から帰るとき、串焼き屋によって一本つまんだのだ…。

「だいたい晩御飯は毎日僕が用意してるんですから、家に帰ってくださればちゃんと食べられるんですよ。それを事あるごとに買い食いしてお腹を膨らませてきて」

「い、一本だけだし…」

 仕方ないのだ。だって道を歩いていたら、いいにおいがするのだ。買ってしまうだろう。

「一本でもです!そういう一本も積み重ねれば、馬鹿にならない浪費になっていくんですからね。10回我慢すればご主人さまの食べたがっているステーキ定食だって食べられるんですよ。一ヶ月我慢すれば、あの扉に新しい取っ手だってつけられます。一年我慢すれば、新しいキッチン一式が!」

 言い訳はまずかった。家計について語らせたら、我が家でナナパに勝てるものはいないのだ。

 私とナナパしかいないのだが。

 私にはお説教にたいし反論せず、ただ諾々とうなずくしかもう手はなかった。

 ナナパもそこまで一息言いながら、腰に手をあてぷくーっと頬を膨らませ、まだ不満げな表情だったが、私のちょっと疲れ気味の顔を見てため息をつきながら頷いた。

「もう仕方ない。ちゃんと連絡をする、夜はあんまり出歩かない、買い食いはやめる、特にあの屋台では。これだけは覚えてください!それじゃあ、晩御飯できていますよ」

 そう言って家の中に入っていく。

「ぷはぁ」

 私も息をはきながら、ようやく敷居をまたぐ。こうしてようやく家に帰ってこれたのだった。

 それと同時に、何かいい匂いが私の鼻腔を刺激する。

「これは…?」

 思わずつぶやいた私に、ナナパが答えた。

「ステーキソースの匂いですよ。ご主人さまがステーキ食べたいステーキ食べたいうるさいと、ラティーナさんに聞いていたから、今日は遠出して安い降ろしの肉を買ってきたんですからね!」

「ステーキ!」

 さっきまで疲れて半眼気味だった私の瞳は、いまきっときらきらと輝いていることだろう。

 そして口元からよだれが垂れてくる。おっといかん…。

「それなのに、ご主人様が帰ってくるのが遅いから、なかなか焼けなかったんですからね」

 すねながら説教気味な言葉を漏らすナナパだが、私の意識はもうすでにステーキへといっている。

「食べよう。はやく」

 カタコト気味の言葉で急かす私に、ナナパが服とタオルを押し付けてくる。

「まだです。お風呂に入ってからにしてください。ご主人様、こげた匂いがしてますよ。本当にどこで何をやっていたんだか」

「ステーキ…」

「お風呂に入っている間に焼いておきますから、はやく入ってきてください!」

「あい」

 空腹だが、これはお風呂にはいるしかなかった。

 カラスの行水といった感じで、汗だけ流すと私はすぐ上がる。そんな、私の性格を見抜いているのか、テーブルにはちょうどいい焼き加減のステーキが並べられてあったとこだった。

「おおぉぉぉ、一ヶ月ぶりのステーキ」

 私は思わず涙ぐむ。

 そんな私をナナパは、わかっていたけど、というように、私好みの焼き加減に調理しおえたステーキにソースをかけながら、私を半眼で睨むのだった。

「わかってましたけど、ちゃんと身なりには気を使ってくださいね。仮にも王宮で働く仕事なんですから」

「大丈夫、大丈夫」

 どうせ明日も洗剤やら汗まみれになるのだ。そこは適当で構わない。

「それじゃあいただきます」

 私は手を合わせると、早速ステーキを切り一口放り込む。

 焼きたてのステーキはまだ熱かった。

「あ、あつぅ!」

「ああ、もう、いつも口にすぐ放り込むのはやめてくださいっていってるのに!」

 そんな私に、ナナパの説教が飛ぶが、ステーキに夢中の私は聞き流し気味だ。

 熱いけどおいしい。ちょうどいい焼き加減で、肉汁が口の中に溢れていく。ナナパのことだから、肉自体はそんな高級じゃないだろうが、調理加減が絶妙である。

 ただし、私の好みからすると、もうちょっと味が濃いほうが…。

 私がそろーっとテーブルの上のソルトに手を伸ばすと。

「だめです!薄い味になれてください!ご主人様の好みは濃すぎです!つまみじゃないんですよ。ただでさえ、塩分過多気味なんですから!」

 やはりだめらしい。まあ、このままでも十分おいしいけれど。

 そういえば、つまみといえば。

「ね、お酒はないかな?これにお酒があったら最高なんだけどなぁ」

 たまには機嫌をとるように笑顔で言ってみる。

「何を言ってるんですか。ご主人様、まだ未成年ですよ」

「いやいや、ディフォークとかだとちゃんと飲めるんだけど」

「ここランザニアではまだ飲めない年齢です!ちゃんと守ってください!」

 ちっ、やはりだめだったか…。御堅いやつめ…。

「うん、でも美味しい。ほんと、ありがとう」

 本当にナナパの作ってくれたステーキは美味しかった。今日の疲れが癒されていく。

「もう…。ちゃんと美味しくたべてくれたらいいです」

 そういうとナナパは、少し照れたように頬を染め顔をそらしながら、珍しくはっきりとしない声でそう呟くのだった。

 それから立ち直るように、私のほうを向くときりっとした表情でいう。

「これで元気がでたのなら、昇格に向けてがんばってくださいね!」

「昇格って下女頭?あんま人望ないんだけど成れるかな」

 まあ今の下女頭も特別に人望があるわけではないし、成れるのか?

「何を言ってるんですか、侍女を目指してがんばるんです!」

 ナナパの言葉に私は苦笑する。

「いやいや、あれは貴族の令嬢とか、商家のお嬢様とか、お金持ちがなるもんだから」

「調べてみたんですけど、ご主人さまの職場で何年か前に下女から侍女になった人がいるんですよね。とても優秀な方で、下女になってからすぐに侍女へと召し上げられたそうです。最終的には女官長にまでなり、結婚して退職したそうです」

「いや…、そんな偉人みたいな人の話をされても…」

 私みたいな一般人に、そんな次元を超えた立身出世を真似しろといわれても…。

「志しの問題です!ご主人様だって、このまま下女で一生を終えるなんて思ってないでしょ?」

「いや、そのつもりだけど」

 大きな不満はないし。時給はあがってほしいけど。

 ステーキをつつきながら言う私は、ナナパの熱い言葉に同調する気皆無だった。

「ご主人様はやればできるんです!自分ではできないと思っていますけど!もっと上昇志向をもって生活してください!とりあえず、侍女を目指す!そこから、はじめましょう」

 ナナパの一族は、命の恩人に一生をかけて恩返しをする決まりがあるらしいが、生活サポートだけではなく将来設計までサポートしてくるとは、とことん難儀な一族である。

「あい…、わかったぁ…」

 いつもどおり、私の返事はぜんぜんやる気のないものだった。

 そうしてナナパの私の立身出世、将来計画を聞き流しながら、久しぶりのステーキを食べ終えると、もう就寝の時間である。

「おやすみ~、ナナパ」

「わかってますか、ご主人様?毎日、寝る前に自分が成功した姿をイメージするんです!」

「わかったわかったから」

 そんなもの欠片も考えずに、心を無にして寝よう。

 ナナパの一族に伝わる成功の秘訣を聞き流し、使い古しだけど綺麗にナナパが洗濯したシーツにダイブする。

 こうして私の一日はようやく終わるのである。


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