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夜の国  作者: 小択出新都
2.死霊の術者
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次の日です

 次の日、お城に出勤した私を待っていたのは。

「今日も、かわりに庭園の掃除にはいっておくれ」

「あい…」

 という女頭の言葉と。

「やあ、リゼル。今日はいい天気だね」

「そ、そうですね…」

 やたら上機嫌な殿下だった。

 いつもより5割ましぐらいのきらきら笑顔を発している殿下は、私が若干引き気味なリアクションなことすら気にせず、昨日の出来事を語る。

「昨日はあの『公爵』さまとお会いすることができたんだ。リゼルも『公爵』さまのことは知ってるよね?」

「は、はい…。一応は…」

 それ自分です…、などとは言えない…。

「すばらしい方だったよ。まさに夜の国の公爵の地位にふさわしい、威厳をもつお方だったよ。魔法の知識や力に優れているだけではなく、常に国政やその先のことまで考えておられる。それだけでなく、味方はおろか敵すらも思いやり行動されているんだ。あんな心の深い方に会ったのは初めてだよ」

 誰ですか…それ…。私ではないことは、確かですねぇ…。

「会えて感動したよ。本当に類まれなるお方だ。僕もあんな風になりたい。そう思ったよ」

 いやいや、このお城の底辺で芋虫のように箒振るってるのがその人ですよー…。

 殿下が見習っていいようなプレミアムな人間ではまったくありませんよー…。

 そう言いたいが、なんかテンション高すぎて別世界に行ってしまった殿下には私の気持ちはとどかない。

 殿下もそんな自分に気づいたのか、はっと我に返って頬をかいた。

「ごめんね、夢中になって語っちゃって。あれ、どうしたの?気分が悪いの?」

「い、いえ…なんでもないです…」

 殿下の話を聞いてるうちに肩が縮こまって震えだした私に、殿下が心配そうな顔をする。

「そうか、無理はしないでおくれよ。じゃあ僕は魔法の勉強をしてくるよ。あの人に少しでも追いついて認めてもらえるように」

「は、はい…。がんばってください…」

 本当のところがんばってほしくなかったが、一応応援の言葉で見送るのだった。

 それから恐る恐る後ろを見ると、ああやっぱりと言った感じに藪の影からお嬢さまたちが出てこようとしていたが(そんなとこにいつも隠れてらっしゃったんですね)、しかし今日はちょっと流れが違った。

「ちょっとリゼル!」

 大きな声が私にかかった。

 お嬢さまたちもびっくりして、藪の中に戻る。

「何わたしの仕事、勝手にとってるわけ?」

 声がかかったほうをみると、仕事に向かないロングでさらさらのプラチナブロンドに、おまけに背が高くないすばでぃなきつめの顔の美女が私のほうを睨みながら早足にやってくる。

 彼女こそ本来のここの庭の担当のセリナだった。

「まさか今更、玉の輿狙いに方針転換とか?確か犬系男子みたいな感じの男と結婚してるんでしょ?」

 もういい加減この誤解どうにかならないかなぁ。私の握る箒がミシミシッと悲鳴をあげる。

「あなたが勝手に休むから、私が無理やりいれられていたんだけど」

 セリナはまあなんというか、典型的な玉の輿狙い組の下女だった。庭掃除は自分のものと言ってはばからないこの根性。まことにありがたいことであるから、勝手に休まないでくれ。

 その中でもセリナは、有望株だった。王侯貴族も真っ青なプラチナブロンドは彼女の地毛である。彼女の家計図(平民なのでそんなに大したものではない)をひっくり返しても、まったく貴族の血はでてこないのだが。

 その容姿は大貴族の隣にいても見劣りせず、男なら大半は篭絡できるような美人だ。

 あとの問題は性格だけだろうというのが、ラティーナの分析である。

「それで何で休んでたの?」

 別に世間話がしたいわけではなかったが、この場では時間を稼ぐのが得策だろうと判断する。

 まだ藪に潜んでいる、お嬢さまたちが見ているのだ。

 そもそも明らかに玉の輿狙いである、セリナ一同を差し置いて、なぜ私が彼女たちに絡まれるかが疑問である。

 あれだ、背が低くて弱そうだからか。牛乳でも飲もうか…。

 一方、私に問われたセリナのほうは、悪びれた様子も無く彼女のきらきら光る髪をファサァと撫でてから言った。

「まあ、ちょっとねぇ。ふふんっ」

 まったくもって意味不明だった。

 げにやげに不可解なものである。若き女の会話というものは。

 これで会話が成立するのだろうか。

 それからセリナは私の予想外の行動に出た。

「まぁいいや、その仕事も私には必要なくなっちゃったし。あんたいまいち何考えてるかわからないけど、せいぜいがんばりなさい~。庭師ぐらいならあんたでも引っ掛けられるかもよ?」

 そう言って髪をまたかきあげると、浮かれた足取りで去っていこうとする。

 ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ていー。

 まるで計算違いである。

 簡単に彼女たちがこの仕事を他人に渡すとは思えなかった。なぜならシフトは交代制という名目がありながら、ほぼ庭仕事の9割5分は彼女たちに占拠されているのだから。

 そんなグループの一人が、外れものの下女に仕事を譲る?ありえないことだ。

 だから無駄に会話を長引かせ、侍女たちが飽きて退散してから悠々と水仕事に戻るという計画を立てたのだが、それは一気にぱあとなった。

 なんだ殿下もセリナも、どうしてここまで上機嫌なんだ。

「ま、待って!」

 こんなことなら箒を渡して、さっさとこの場から逃げるべきだった。

 私は慌てて、セリナを引き止める。

「なによ~?」

 さすがにみそっかすな下女に、何度も行動を遮られるのは面白くないのか、セリナが眉をしかめる。

 しかし、気にしてはならない。もともと下女仲間での私の評判など、どん底付近を這い回ってるのだ…。泣いてなんかいないぞ。

 いま大切なことは、お嬢さま方から逃れ、平穏な下女ライフを取り戻すことである。

「ほ、ほら、私に仕事譲ったら、水仕事やらなきゃいけないのよ!や、やりたい?やりたくないよね!だからね、仕事は普段どおりのシフトで!箒は返すよ!」

 身に迫る危機に、私の口調はわけのわからない感じになっている。

 彼女のほうはといえば、マイペースな表情で、ぽんっと手を叩くと。

「ああ、そうね。珍しくあんたにしては気が利くじゃない。まあどうせ今月いっぱいで仕事は最後だし、やってあげるわよ」

 最後、という言葉が少し気になったが、私は逃げるのに全力で集中するために聞き返すことはしなかった。

 セリナに箒を渡し、そろーっとお嬢さまたちと目を合わせないように移動をはじめる。

 目を見てはだめだ。間違いなく襲い掛かられる。

 そういう気持ちが、私を支配していた。

 しかし、それもあっけなく崩される。

「ところであの女たち何?」

 思いっきり藪の中に隠れているお嬢さま方たちを指差したセリナによって。

 はうっ、と反射的に私も藪のほうを直視してしまう。

 目が合った…。

「こーのーしーずーのーめーがー」

 もう見つかったらとばかりに、藪の中から這い出てきたお嬢さまたちに、私の顔が蒼白になる。

 なぜかお嬢さまがたたちが纏うオーラは、普段の二倍ぐらいどす黒かった。

「なにあれ?」

 そして空気の読めないセリナが私に問いかける。

「しらない、しらない、しらない」

 私は首をぶんぶん振って叫んだ。

「リーゼール、あなたねー」

「なんか名前呼ばれてるけど」

 なんで私の方がターゲットされる!

 セリナのほうが絶対悪い。あらゆる面で悪い。

 むしろ、私に悪いところがひとつもない!

「玉の輿ねらいって、やっぱりあなたアレスさまのことを!」

「そ、それじゃあ私はお仕事があるので失礼させていただきます」

 私は青い顔に作り笑いを浮かべると、誰とも泣く手を振ってその場を去ることにした。

 玉の輿狙いも私の発言ではないのに、なぜか私という話になっている。その後の妄言はもうまるで意味がわからない。

「いいの?あれ侍女たちみたいだけど」

「あっはっは、わからないなー。何もわからない」

 私はもうセリナの言葉を無視して、裏庭の方にむかって早歩きで移動しだした。その後ろを、加速するお嬢さまの足音がする。

 でも、ここを逃げ切れば私の勝ちだ。やつらも下女の水場までは追ってこれまい。あそこは日陰なうえに苔むしてぬめぬめしてるから、育ちのいい娘にとっては危険なテリトリーなのだ。

 私はもうほぼダッシュといった感じで、庭園を走り出した。

「待ちなさい、このアバズレー!」

 お嬢さまらしくない罵り言葉が聞こえてきたが、私は何も聞かなかった、何も見なかったのだ。

 その後、ダッシュしていたところを守衛のおじさんに見つかり怒られるなんてことがあったが、私は洗濯女として無事に返り咲いたのである。

 洗濯の仕事がこんなにありがたいと思ったことははじめてだ。

 





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