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蝮の娘3

「名を………?」

ああっという肯定の声が桜の木の向こうから聞こえる。

「いりません。」

「そうだな、そなたは美濃から来た。故にお濃じゃ。」

私の声、聞こえてた?

「お待ちください、私には……」

「お濃、そなたが蝮のような女でなく安心した。」


私は理解できずに聞き返した。

「……どういう事ですか?」

「そのままの意味じゃ。お前の父は蝮と呼ばれておる。蝮の娘は蝮であろう。」

私の父、斎藤道三は確かに蝮と呼ばれている。

別名、あだ名のようなものだ。


「……蝮……。」

私は自分が蝮のようだと言われている気がした。

蝮みたいな、女。

よくは想像出来ないがきっとろくなものではない。

「……私は蝮などではございません!父とて蝮などではございません!」

声を上げて否定した。

信長はこてんと寝転がり笑いながら言った。


「そなたは蝮の娘だ。その気の強そうな所が気にいった。」

そういった後、信長はまた笑い始めた。

私は怒るどころか、信長の全ての言動に悩ませられた。

この男、一体何を考えているのか。

先ほどから、彼のペースで話が進んでいる。


掴めない男。

それは、私が抱いた彼への印象だった。


私はちゃんと父に織田家の内情を正確に伝えられるのか不安になってきた。


信長が、立ち上がり馬のもとへ歩いていく。

走らせてきた馬も休憩できただろうし、日も暮れる。

城に帰るのだろう。

そう予測し、彼の後ろをついて歩く。


ちなみに、打ち掛けは馬の近くに置いていた。

汚してしまっては、侍女に悪い。

正確には、これ以上汚してしまっては侍女に悪い。

信長のせいで打ち掛けは汚れてしまっていた。

私は乗馬できる格好ではなかったため信長の馬にのせてもらってここまで来ていた。


帰りも二人で馬に乗る。

私が横座りをして、後ろから信長が支えてくれる。汚れた打ち掛けは落とさないように抱きしめるように持つ。

彼は馬を走らせるのが上手だった。

私も乗馬は好きだからわかる。

妙に近い距離に緊張したりしなかったのは、信長の乗馬テクニックに感心していたからだと思う。


「日が暮れてきたな。」

彼はそう言うと私にしっかり捕まるように指示をし、馬の速度を早めた。

その速度は、私が一人で乗馬するときにはなかなか出せない速度だった。

二人のせているから馬への負担は倍なはずなのに。

この馬は名馬なのかもしれない。


あまりの速さに恐怖心を抱いていたが、慣れてくるとだんだん楽しくなってくる。

楽しさのあまり、はしゃいだ声が自然と出る。

すると信長は気をよくしたのかわざと蛇行して走ってみたりするのだ。

その乗馬テクニックは悔しいが私にはないもので。

興奮のあまり笑いが止まらなかった。


「もっともっと!」

私のリクエストに、信長は答えるようにさらに速度をあげる。


城についた時には、楽しさのあまりこの時間が終わる事を残念にも思った。

信長も楽しそうに笑っていた。

「お濃、そなたなかなか乗馬に慣れておる。」

「美濃でも、遠乗りはしておりましたから。それよりも、名前!」

「そのうち慣れる。」

信長はそう言い、馬から降りると、私に手を差し出す。

乗馬服でない私はその手を借りて馬から降りる。

信長の手は、ゴツゴツしていた。

剣を持つ、手だった。


彼は馬を引き歩きながら振り返り、言った。

「また、行こう。」


信長の勝手な行動に振り回された時間だった。

私の意見は聞かないし、勝手に名前を着けてくる。

それでも帰り道は楽しかった。


「事前に言ってくだされば。」


私の答えを聞くと、信長は笑いながら馬屋に向かった。


「私って、単純。」

つい、独り言がもれた。

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