蝮の娘1
結婚式は最低だった。
大勢の家臣の前に一人座らせられ、『信長はすぐに来る』と言う言葉を信じけなげに待ていた。
一時間ほど私と家臣を待たせ、信長は登場した。
「変な格好。」私は思った。
これが第一印象だった。
とてもではないが、歴史上に名を残す人物には見えない。
雨が降っているらしく髪は水気を含み、腰には……ひょうたんをぶら下げている。
とてもじゃないが、新郎の格好では、ない。
そして、女顔。
綺麗に整っている中性的な顔。
肌は日に焼けているのに、キメ細やかで荒れていない。
女として敗北感を感じる。プライドはズタズタだ。
男の着物を着ていなければ、女と間違われてもしょうがない。
何故この男が『織田信長』だと分かったのか。
答えは簡単だ。
私の隣に、座ったからである。
新郎である信長以外が私の隣に座るはずはない。
どかっと遅れて来たくせに偉そうに座った。
私は隣を見る勇気がなかった。
これが、私の隣にいるのがあの有名な織田信長。
実感なんてない。
私はこの人と結婚するのか。
まさに『うつけ者』
この先大変だとは覚悟の上だ。
覚悟を決めてここへ、尾張にきた。
そのはずなのに、この『うつけ者』を前に私の固い決心は今にも崩れてしまいそうだった。
「光秀様は一番大切なものを姫様に尋ねられたとき、きっと姫様が一番大切だといいたかったのですわ。」
唯一の美濃から私についてきた椿は誇らしげにそういう。
私はあの最低な結婚式以来、信長を見かけていない。
これでは父へ流すための『織田家の情報』がつかみにくい。
侍女というものは噂話が好きだ。
そこからの情報も大切だがやはり、信憑性からいくと本人に勝るものはないと思う。
どうにかして、信長と接触したい。
だが、どうすれば………。
私は頭を捻らせ数日を過ごしていた。
考え事をしていると椿の高めの声がすっと耳をかすめた。
「姫様は、光秀様の事をお好きだったのですか。」
つい隣の椿をまじまじと見つめる。
椿はほわんと笑ってもう一度言った。
「姫様は光秀様をお慕い申し上げていらっしゃったのですか?」
私は目を大きく開いて、椿に近付いた。
そして椿に諭すように言った。
「あなた、大丈夫?私は尾張に嫁いだのよ。あなたも見ていたでしょ?」
それに………
「私が光秀様をお慕いするわけ、ないでしょ。光秀様は兄の様な方ですよ。」
椿はわからないというように頭をくねらせ、でもっと反論をした。
「光秀様はそうではないでしょう。姫様の事をお慕い申し上げてらしたでしょう。」
私は呆れて、返す言葉がなかった。
椿が何を見たのか聞いたのか知らないが、大きな勘違いをしている。
光秀様と私は従兄弟であって、兄であり友である。
一時は彼に嫁ぎたいと思うほど近い関係だったが、そこに恋愛感情はないとはっきり言える。
「椿、そんなことを二度と口にしてはいけないわ。光秀様にも私に対しも、侮辱と取られても仕方ないわ。」
厳しく私は言った。
椿は笑っていた顔をこんどは焦ったようにした。
「しかし姫様、光秀様は姫様に最後にお会いになった後、肩を奮わせてお泣きになられてましたわ。それに、大切なものは『姫様だ』っと………。」
光秀様が泣く?
そんなことあるのだろうか。
それに「大切なものは『国だ』と光秀様は……。」
「国だと言い直す前に、ちゃんとおっしゃいましたわ、『姫様』が一番大切だと。」
そんなはず、ない。
椿が嘘をつくとは思えない。
光秀の大切なものは『国』だと言った。
そんなそぶりなんて見せなかったし光秀が私を見る目は恋愛感情を持ったそれではなかったと思う。
それを椿は勘違いして、光秀は私のことが好きだと思ったのだろう。
椿の言葉は置いておくとして、光秀様も私との別れを悲しんでくれた。
私にとって彼が大切なように、兄と慕っていたように彼も私との別れを惜しんでくれた。
そう思ったら私は心が温かくなった。




