第四十一話
びったんっ
いきなり水が滴るお手拭をおでこに投げつけられたような衝撃を受けて、アキくんはマグニュスの魔法から覚めました。
もちろんびっくりしすぎて目は最大限に大きく開け広げています。
そうして飛び込んできた目の前のむかつく場面をどう対処していいか一瞬悩んだと時、
にやり
意識の戻ったアキくんに気が付いた樹が、軽く振り向きざまに口元をあげてきました。
うわっ。むかつくーっ。
大きく開いた眼をすいと細めたアキくんは、目の前の抱き合っている二人を妙に冷めた気持ちになって眺めました。
「……おっさん。離れぇや」
地を這うような低い声でアキくんはそういうと、柚里の身体はびくんと震えました。
「あ、アキくんっ?」
アキくんが起きたことに気が付いて驚いた柚里は、やっと自分の置かれた状況に慌てふためいてばたばたと樹の腕の中でもがいてみたものの、一向に緩む気配のない腕に捕われたままでした。
「い……樹、さん?離してくれませんか」
「なぜ?」
「えーっと。……アキくんが……みてます」
「アキエテラヴォリ王子が見ていなかったら抱いてもいいということか?」
「違いますっ!!」
「おっさん、往生際が悪いで。柚里が嫌がってるんやから、離したらどないや」
慌てふためく柚里にちょっとだけほっと安心したことは隠して、アキくんは樹に馬鹿にしたように告げました。
「……アキエテラヴォリ王子は、口がお悪い」
樹も負けじと言い返してみたものの、子供相手にちょっと大人げなかったかと思いました。
けれども柚里と子供の王子が河原で仲良く過ごしていたことや、柚里の陰から「よるなさわるな」と威嚇して樹を見ていた小さい王子を思い出して、子供でも敵になりうるのであれば容赦など必要ないと思いなおしました。
「おっさんに言われたないわ。だいたいおっさんかて、嫌がってる女性を離しもしーひんくせに。よう、偉そうに言えるなあ」
「王子はまだまだわかっていないとみえる。まあ、成人してなおいまだ公務にでてこない『隠れた』王子なだけあって、人の心の奥底にある感情を測ろうとは思わないようだ」
「……なんやねん、それ」
「その言葉の通りだが?まさか意味が分からぬなどと子供が使う戯言を言うつもりか?」
「あのぉ?」
さっきから急に部屋の温度がさがったようで、ぴりぴりとした空気があたりに充満しています。
アキくんが目覚める前に柚里を恥ずかしさで悶えさせた直球の告白とは違い、目覚めてからはいきなり辛らつで威圧感のある言葉遣いで話しだした樹に羽交い絞めにされている柚里としてみれば、状況についていけずにどうしていいのかわかりませんでした。
二人って、天敵?
たしかに前から顔を合わせても、アキくんはいい顔をしたことがありませんでした。
それどころか柚里の陰(!)からじっと樹を睨んでいました。
けれど樹のほうはといえば、そんなアキくんを笑って見ているだけだったような気もします。
敵扱いしているのはアキくんだけで、樹にとってあの時のアキくんは小さな子供で可愛らしい存在であったはずです。
それがアキくんがフィーヨルのアキエテラヴォリ王子だとわかったとたんに樹はなぜか柚里に結婚を申し込むは、アキくんに大人げもなく言い争いをしているわ。
それはまるでアキくんをライバルかなにかとみなしているように柚里には見えました。
柚里が考え込んでいる間にも、二人は辛らつに言い争っています。
アキくんにしても樹にしても、たぶんこれが初めての出会いに等しいはずなのに、なかなか口を閉ざすということをしません。
「あのぅ」
何度か声をかけてみても、柚里のことで争っているはずの二人は柚里のことなどお構いなしのようです。
「……いい加減になさいっ!!!」
とうとう柚里が切れました。