第四十話
人は見た目で判断されがちです。
それは瞳の色であったり、髪の色であったり長さであったり、皮膚の色であったりもしますし、きている服の質にもよるかもしれません。
それに惑わされずに人を見れるということはとても大切なことだとマグニュスは思いました。
謁見の間に現れたリクシールの皇子の召しものは、王族というには少々地味 (いやそれでも十分華美なものには違いないのだけれど)ではあるが上質のもので、母親であるリクシール女皇の華やかな姿を見れば本人の意向がかなり取り入れられているものだというのがよくわかる衣装でした。
鏡に映る皇子の髪は後ろで無造作に束ねられていますが、謁見のときの彼は、正式の場で王族の誰もがするようにまとめることをせずに長い髪を背中に流していました。
瞳の色は魔法で違えているのかと思ってはみましたが、皇子からは魔法の痕跡が見えないのでそれは違うようです。
マグニュスにはどうやって瞳の色を違えているのか理解できませんでしたが、鏡に映る皇子は間違いなくリクシールの皇子でした。
アキくんの人を見る目は正しかった、ということです。
「どうなん?皇子やないん?」
「いえ。間違いなくリクシールの皇子です」
「まじでっ?!うっわー。俺すごない?」
ええ、ええ。すごいですね。
アキエテラヴォリ王子が自慢げに言わなければ、マグニュスは確かにそう言おうとしていました。
その言葉は口の中で霧散してしまったのは残念ですが。
「あったんやったら、もどしてぇな」
「何を言っているんです?それとこれとは別問題ですよ」
「えーっ?!せやったらなんでいきなり問題だすん?普通ここで問題解いたら向こうに帰らせてもらえるっちゅーもんやで。それにはよ帰らな、柚里、危ないし!」
帰る?
今たしかに王子は『帰る』という言葉を使いました。
王子の本来の場所はマグニュスがいるフィーヨルだというのに、柚里の世界に『帰る』なんて言葉を使うとは、随分と向こうに慣れてしまったに違いありません。
いくら王子嫌がっても、マグニュスはそろそろ当初の予定通りにするのがいいと、その言葉で最終的な判断を下しました。
「王子。やはり約束をしていただけませんか。今、意識をすぐに戻すのと引き換えに、王子にはフィーヨルに戻ることを約束してください」
「せやから、それは嫌やってゆうたやん。俺は柚里のそばにいたいんや。なんでそれをわかってくれへんのや?」
「フィーヨルの国民も王子にそばにいてほしいと願っていますよ。それはどうなんですか」
「それは……それは、ちょっとだけ待ってて欲しいねん。ちょっとだけ待っててくれたら、嫁さん連れて帰ってくるやん。そのほうが皆かて喜んでくれるって」
「けれど王子。柚里さんはうさぎのときの王子や子供の王子とは暮らしてくれましたが、今の王子とは暮らしてくれるでしょうか?柚里さんも一人の女性です。一人暮らしの女性が動物や子供ではない、そして伴侶でもない大人の男性と暮らすということがどんなに評判を落とすか、王子は考えていらっしゃいますか?」
「伴侶……になるから」
アキくんは悔しそうにそうマグニュスに告げました。
だってほんとうは分かっているのです。
マグニュスの言っていることが正論だって言うことを。
柚里の世界ではフィーヨルと価値観が違いますから、もしかしたら大人の自分に戻っても一緒に暮らしてくれるかもしれないと思っていなくもなかったのですが、それでもフィーヨルで結婚もしていない男女が同じ家に二人で暮らすというのは女性の評判を著しく落とし込む、そういう行為だということはマグニュスに指摘されるでもなく重々承知していました。
まがりなりにもアキくんは王子です。
そのような評判を受けた女性と結婚することはできないでしょう。たとえそれが王子と一緒に暮らした結果だとしても。
向こうの世界のことを知っているのは王様とマグニュス、そして鏡に映るレクシールの皇子だけです。
あのおっさんさえだまっといてくれたら。
彼さえ知らぬぞんぜぬでいてくれれば、一緒に暮らしているという事実をフィーヨルでは誰も知らないに等しいのに。
それどころか今ではレクシールの皇子すら、柚里に求婚しているではありませんか。
「なんでっ。なんであいつ、柚里に求婚してんのや?それこそ俺と一緒に暮らしている柚里やねんから、こっちの感覚でゆうたら王族と結婚なんてありえへんはずやん」
「リクシールには複雑な事情があるんですよ。現国王がどうして女性だと思いになりますか?それは王であるべき夫の存在がないからです。……ああ、先に言っておきますが、未婚の母ではないですよ。それでしたら王位継承権を剥奪されていますから」
「……どういうことや?」
「まあそれは、王子がこちら側に戻ってこられたときにきちんとお話しますが。
というわけで、リクシールの皇子の邪魔をしたいのでしたら、先に約束をしてください。ほら、そろそろまずい方向に」
その言葉に反応したアキくんが鏡に向きなおすと、たしかにマグニュスがいうように柚里の背後から抱きしめていた樹がその腕の中にいる柚里の身体の向きをくるりとかえているところでした。
真っ赤になった柚里は樹のされるがまま身体をすっぽりと樹にくるまれて固まってしまっています。
「うわあああっっ!あかんがなああっ!!!」
「王子。どうします」
絶妙のタイミングでマグニュスが促してきます。
王子も必死ですが、マグニュスだって王子を戻すことに必死なのです。
「王子、早くしないと取り返しがつかなくなりますよ」
「ううううっ!!!わ……わかったっ!わかったから、はよ戻してぇな!!」
「……その言葉、忘れないでくださいね」
マグニュスの小さな息遣いが慌てふためくアキくんの耳に届いたのでしょうか。
マグニュスが手に持っていた小さな鈴のついた杖を一振り、アキくんの頭にこつんとぶつけると、わめいていたアキくんの動きがぴたりと止まって、大きく目を見開いたまま後ろにゆっくりと倒れこんでいきました。
そうしてマグニュスの手に倒れこんだアキくんにマグニュスがもうひと振り、ちりんと音をたてて杖を振り当てると大きく開いた目をゆっくりと閉じて、そのままきらきらと煌めく光になって、意識の器であったアキくんはマグニュスの夢から消えました。
壊れる前のフィーヨルの城の王子の部屋には、たったひとり、マグニュスだけが残りました。




