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雨の中のうさぎ  作者: れんじょう
『雨の中のうさぎ』
31/51

第三十一話

 ガラス越しに見える外の景色が綺麗なオレンジ色に染まるころ。

 アキくんのいる部屋の中はだんだんと暗くなって、アキくんを背に黒い影が伸びていきます。

 

 おもろいなあ

 当たり前のことやけど、当たり前すぎてちゃんと見たことなかったわ


 フィーヨルの国ではなかった静けさが、アキくんに『思考』を与えたようです。


 前の俺やったら、こんなに静かなところ、耐えられんかったやろうなあ

 絶対寝てるって!


 真っ暗になっていく世界。

 けれども真の闇はこの世界にはないもので。

 外の建物からはぽつぽつと明りが漏れ始めました。

 ろうそくの火ではない、電気の、簡単には消えることのない明りです。

 もちろん、この家にも電気の明りはつけることができますが、アキくんはあえて電気をつけずに、薄暗い部屋の中で柚里の帰りを待っていました。


 別に電気代がかかるとか、そういったお話ではありません。


 たんに薄暗いこの時間を我慢すると、柚里が帰ってきたときにぱっと付けてくれる明りがとっても幸せを運んでくるように思えるからです。

 それに普段はうさぎの姿なので、電気をつけるスイッチまで手が届かないというのもあったのですが。


 がちゃがちゃがちゃ


 柚里が帰ってきた音が聞こえます。

 ドアのカギを開けている音です。

 アキくんはわくわくしてその瞬間を待っていました。


 がちゃ


 「ただいま~。アキくん、いい子にしてた?」


 ぱちぱち


 電気のスイッチを押す音が、部屋に響きます。


 「今日はね~、アキくんの好きなオムライス作るからね」


 会社の帰りがけに買ってきた食材を冷蔵庫に入れるために、ソファにいるアキくんに気付かずキッチンへと入った柚里が、アキくんにはちょっと残念でした。

 

 柚里が忙しいってわかってんねんけどなあ

 でも、ちょっとくらいはこっち見てくれてもいいのに


 声をかけようかとも思ったのですが、うさぎのときと人間のときでは声色が違っていてすぐにばれてしまいます。ですので、アキくんは柚里が気付くまで一言もしゃべらないように注意していました。


 「あれ?アキく~ん?」

 

 頑張って黙っています。


 「……寝てるのかな?」


 違います。起きていますよ。


 「ま、いっか。作り終わってから起こそう」


 あらら。予想外なことになりました。

 結局一度もリビングのほうを見ることなくご飯を作り終えた柚里は、アキくんの食事をアキくんがうさぎのときに使っているプレートに入れてリビングまで持ってこようとして、ソファの上で寝ているだろうアキくんを見つけました。


 「きゃあああああっ!アキくんっ!!?」

 「あ~、なんですか~。やっと気付いてくれましたかあ?」


 柚里の尋常じゃない叫び声に、眠りかけていた意識が戻ってきました。

 ところが、その叫び声はアキくんが想像していた『嬉しい』叫び声ではなく『なーにやってくれちゃってるんですかねえ』と言いたげな叫び声だったのです。


 んん?思ったんと(ちゃ)う驚き方、してんなあ


 それでも一応驚いてくれた柚里にちょっとだけ満足をしたアキくんですが、柚里のがっくりと落とした肩を見たとたん「あれ?もしかして俺ってば何か失敗やらかした?」と不安になって身体をソファから起こしました。

 そうです。まさにその通り。

 

 「あ~。アキく~ん……。あ、り、が、と、おおおっ!」

 「何それっ!?せっかく洗濯物を柚里がやってるように家の中に入れたのに、褒めてくれへんのん?」

 「褒めてるよ~。ありがとうって言ったでしょ」

 「うわー、ひどいわ。ありがとうって言われたけど、そんなん文字にしたらそうなだけやん」

 「おー、すごいねっ。アキくんは心まで読めるようになったの?それも魔法の力??」

 「んなわけ、あるかぁっ!」


 人間の姿になっても突っ込みは健在です。

 

 「うん。ほんと。ありがと」


 にっこりと笑いながらもひくひくと唇をひくつかせている柚里を見ると、やっぱり自分はとんでもない間違いをしてしまったんではないかと逃げ腰になったのですが、もともとソファに座っているだけあって背をぴったりとつけてしまうとどこにも逃げるところはありませんでした。


 「あっ!アキくん、どいてっ!!」


 がちゃんとトレイをテーブルに置いて、アキくんの座っているソファにどかどかと足音高くやってきた柚里は、アキくんがソファから飛び降りるや否やアキくんの下敷きになっていてしわくちゃになった洗濯物を持ち上げました。

 アキくんが外からとりいれたものの畳むことをせずソファに置いた洗濯物です。

 朝のあわただしさの中でもちゃんと洗って干しておいた、洗濯物です。

 それがアキくんの好意によって、見事にくしゃくしゃになっていました。


 けれどそれはアキくんが初めて自分から何かしようとしてくれた、大切な証です。

 よく見ると心なしか部屋も綺麗になっているように思いますし、いつも置いている場所から掃除機も心持場所が違っているようにも思います。


 「アキくん。もしかして、掃除もしてくれたの?」

 「う……うん。あかんかった?」

 「ううん。……ありがとう。とっても、とっても嬉しいよ」


 心のこもった一言に、アキくんは破顔しました。

 まるでそれが合図のように、きらきらと輝く光が下りてきて、その光がアキくんを包み込みました。

 そしてその光が霧散すると、いつものうさぎのアキくんが現れました。

 そのアキくんを柚里は優しく抱きよせて、ソファに座り、そしていつもよりももっと慈しみのこもった優しい手つきで、アキくんの綺麗な毛並みをなでました。


 「お手伝いしてくれて、ありがとう」

 「ん~。これくらいしか、俺、出来ひんし」


 それに何か間違えていたんだということが、初めの柚里の態度でわかったのです。


 「洗濯物」

 「うん」

 「中にいれたらあかんかった?」

 「ううん。取り入れてくれて、嬉しいよ?でもできるなら、畳んでくれたらもっともっと嬉しかったかも」

 「畳む?畳むって?」

 

 アキくんは王子さまなので、服は脱ぎっぱなしにしても従者がハンガーにかけたり畳んだりしてくれていました。ですから、すっかり服は畳まないと皺くちゃになるということを忘れていたのです。


 「あー、そっか。畳まんと、皺くちゃになるねんなー。その上俺ってば、それに凭れかかってたからもっと皺くちゃになってるし。……ごめんな、柚里」

 「ふふ。アキくんて、素直になったね」

 「え?俺って初めから素直やけど?」

 「……前言撤回。自分を素直っていう子は、素直じゃない」


 ぷいとむくれたうさぎさんが、柚里の膝の上でたんっと後ろ脚を踏みました。

 

 「いたたた……」

 「あ、柚里!ごめんごめんっ」


 うさぎの後ろ脚の蹴りは、ものすごく力強いもの。

 いくら無意識の行動だといっても、柚里の太ももには痛みを与えてしまったのです。


 「ごめん、柚里!なんでもするから許して」

 

 顔をしかめる柚里を心配そうに身体を捻りながらアキくんが覗きこみました。

 大きな黒い瞳がうるうると潤んでいます。

 

 「ふーん?なんでもするの、アキくん」

 

 アキくんはこくこくと首を上下に振りました。

 わざとではないにしても、人に痛みを与えてしまったのです。お詫びをするのは当たり前なのです。

 

 「じゃあ……今週中のお掃除とお洗濯、頼んじゃうぞ~」

 「えっ?えええっっ!?何それ。等価交換やないやん!」

 

 そうなのです。お詫びもお礼も、相手との等価交換、つまり同じだけのものを与えなければならないのです。

 けれど柚里はそれを知っていても自分の痛みよりも大きいものをお詫びに選びました。

 

 「アキくんはさっき『なんでもする』っていったよね?だからお掃除とお洗濯を頼んだんだよ?等価交換なんて難しい言葉を知っているのなら、どうして初めからそうしなかったのかな?」

 「うっ!……だって、つい……」

 「つい、じゃないよ?ちゃんと非礼に見合ったお詫びを選ばないとね。わかった?」

 「はい……」


 アキくんはしゅんと俯いてしまいました。

 自分をよく見せるために大きな口を叩いてしまったのですから、仕方がありません。

 冗談を言っていい時と悪い時がありますし、ね。 


 そんなわけで、一週間のお掃除お洗濯当番を任命されたアキくんなのでした。


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