第1話 【甦る前世の記憶】
「──んん……いてて……」
目が覚めると見知った天井。私、リオラ・プレスコットの私室。ベッドの上に寝そべり──というより、横たわっている。
後頭部に鈍い痛み。酒を飲んだことはないが、酩酊というのはこのような感覚なのだろうか。とにかく、ひどく気分が悪い。だが、そんなことよりも──
「…………」
記憶がはっきりしない。ありがちな『頭を打って記憶喪失』とか、そういった話ではなく。本当にはっきりしないのだ。
リオラ・プレスコット。マールストーナ領の領主であるプレスコット家の令嬢。年齢は15歳。艶のある金髪に、碧の瞳。趣味は紅茶とお菓子。嫌いなものは虫畜生。
15年間生きてきた記憶はしっかりと脳内に刻まれている。では何が問題か? それはもう一つ、自分の人生の記憶が存在していることだ。
城ヶ崎 智慧。波汐高校に通う女子高生。年齢は16歳。ボサボサの黒髪に、茶色の瞳。趣味は甘いものを食べること。嫌いなものは虫畜生。
降って湧いたように現れた人生の記憶。その終わりは、凄惨なものだった。血溜まりの中に横たわる自分。周囲の悲鳴。血の付いた自動車。慌てふためく老人。
──さて、どういうことなのだろうか? いわゆる、前世の記憶というやつか? 人間は死ねばそれまで。あるのは等しく、永遠の無。そう思っていたのだが。
「──お目覚めですか? リオラお嬢様」
聞き馴染みのある声。声の方に顔をやると、やはり見慣れた顔がそこにあった。
ルーナ・ワットソン。屋敷の使用人である。年齢は18歳。茶髪をサイドに結び、真紅の瞳を光らせている。彼女が12歳の頃から私に仕えており、常に私のそばにいるので、一緒にいた時間で言えば両親よりも長いかもしれない。
やはり、彼女についてもしっかりと覚えている。頭を打った衝撃による、一時的な記憶の混乱? それにしては、あちらでの記憶もやたら鮮明だ。
「……ごめんなさい。少しドジしちゃったわ。あなたが運んでくれたの?」
「ええ。ご無事で何よりです。お嬢様にもしものことがあればと思うと……ああっ! お嬢様っ!」
ルーナは頬に両手を当て、まるでタコのように身体をくねらせている。正直、めちゃくちゃ気持ち悪い。
「──ん?」
タコ? ……そう、タコだ。全身が赤みを帯びた、海に棲む8本足の軟体動物。生で刺身にするもよし、たこ焼きにするもよし。
──たこ焼き。明らかにこちらの知識ではないだろう。信じがたいが、やはりそういうことになるのだろうか?
「……? どうされました? リオラお嬢様」
「……なんでもないわ。ちょっと外の空気を吸いたいのだけれど」
重たい頭を持ち上げ、ベッドから飛び降りる。その衝撃で目眩に襲われたが、サンチン立ちをしてなんとかやり過ごす。
「外の空気ですか。とはいえ、もう夜も更けてまいりましたから。窓を開けましょうか?」
「そういうことじゃなくて。外を歩きたいのよ。散歩したいの。お兄様だって、夜遅くに出歩いてるでしょう?」
「え、ええ。ですが……」
「大丈夫。いざとなったら──」
スッと拳を構え、前に突き出した。風圧がルーナまで伝わり、彼女の前髪が巻き上がる。ルーナは一瞬目を見開いたが、すぐにキラキラと目を輝かせて拍手をする。
「すごいです、お嬢様! いつの間に武術の心得を?」
前世での記憶は身体にも刻まれているようだ。空手の高校選抜で優勝した、城ヶ崎 智慧の記憶が。
「……“睡眠学習”ってやつかな? ある意味でだけれど」
「……?」
不思議そうに首を傾げるルーナに歩み寄り、上目遣いで彼女を見上げた。
「ねっ? いいでしょ?」
「……やれやれ。分かりました。ただし、このルーナも同行いたしますよ?」
「ええ、構わないわ。ありがとう、ルーナ」
「はっ!? お嬢様が、わたくしに感謝を!? なんという、身に余る幸せっ!!」
ルーナは自らのサイドテールを両手で掴み、下に勢いよく引っ張った。今にも引きちぎってしまいそうで、痛々しくてとても見ていられない。
前世の記憶を思い出すまでは、私想いの優しい使用人としか思っていなかったが、こうして見るとただの狂人……いや、変態とでも言うべきだろうか。正直、めちゃくちゃ気持ち悪い。
「──では、参りましょうか」
ルーナは部屋の窓をバッと開けた。そして、懐から梯子状のロープを取り出し、窓の外に投げる。窓際にある出っ張りにロープを結びつけ、私を抱え上げた。
「……これは何かしら?」
「何って、ロープですよ? 『リオラお嬢様が真夜中に外を散歩したいと言い出した時』用に用意していたんです」
「そ、そう……」
なぜそんなピンポイントに用意があるのか? もし尋ねると、より恐ろしい返答が返ってきそうなのでやめておいた。
私を片手で抱えたまま、颯爽とロープを使い屋敷の庭へと着地。私を地面に下ろし、ロープを窓へ投げ入れて証拠を消し去った。
──急に外を出歩きたくなったのは、やはり前世の記憶が関係しているのだろう。私は夜の街が好きだった。
静かな通り。きらめくネオン。昼と同じ街のはずなのに、まるで異世界に迷い込んだような感覚。えも言えぬ背徳。
目的地はとあるマンション。エントランスで指定の番号を入力し、エレベーターへ。部屋に入ると、タバコの臭いが充満した空間。刺青の入ったガラの悪い男や、厚化粧で派手な服を着た女。
マンションカジノ。ルーレットやバカラ、ポーカーにスロットなど、さまざまなギャンブルが用意されている。当然違法であり、レートもかなり高い。
これは、そんなカジノに入り浸っていたごく普通の女子高生が、異世界の令嬢として転生した──そんな物語。始まりは記憶を取り戻した夜、散歩中に兄であるトロイ・プレスコットを酒場で見つけたところだった。




