↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

第1話 【甦る前世の記憶】

「──んん……いてて……」


 目が覚めると見知った天井。私、リオラ・プレスコットの私室。ベッドの上に寝そべり──というより、横たわっている。


 後頭部に鈍い痛み。酒を飲んだことはないが、酩酊というのはこのような感覚なのだろうか。とにかく、ひどく気分が悪い。だが、そんなことよりも──


「…………」


 記憶がはっきりしない。ありがちな『頭を打って記憶喪失』とか、そういった話ではなく。本当には(・)っ(・)き(・)り(・)し(・)な(・)い(・)のだ。


 リオラ・プレスコット。マールストーナ領の領主であるプレスコット家の令嬢。年齢は15歳。艶のある金髪に、碧の瞳。趣味は紅茶とお菓子。嫌いなものは虫畜生。


 15年間生きてきた記憶はしっかりと脳内に刻まれている。では何が問題か? それはもう一つ、自分の人生の記憶が存在していることだ。


 城ヶ崎(じょうがさき) 智慧(ちえ)。波汐(なみしお)高校に通う女子高生。年齢は16歳。ボサボサの黒髪に、茶色の瞳。趣味は甘いものを食べること。嫌いなものは虫畜生。


 降って湧いたように現れた人生の記憶。その終わりは、凄惨なものだった。血溜まりの中に横たわる自分。周囲の悲鳴。血の付いた自動車。慌てふためく老人。


 ──さて、どういうことなのだろうか? いわゆる、前世の記憶というやつか? 人間は死ねばそれまで。あるのは等しく、永遠の無。そう思っていたのだが。


「──お目覚めですか? リオラお嬢様」


 聞き馴染みのある声。声の方に顔をやると、やはり見慣れた顔がそこにあった。


 ルーナ・ワットソン。屋敷の使用人である。年齢は18歳。茶髪をサイドに結び、真紅の瞳を光らせている。彼女が12歳の頃から私に仕えており、常に私のそばにいるので、一緒にいた時間で言えば両親よりも長いかもしれない。


 やはり、彼女についてもしっかりと覚えている。頭を打った衝撃による、一時的な記憶の混乱? それにしては、あ(・)ち(・)ら(・)での記憶もやたら鮮明だ。


「……ごめんなさい。少しドジしちゃったわ。あなたが運んでくれたの?」


「ええ。ご無事で何よりです。お嬢様にもしものことがあればと思うと……ああっ! お嬢様っ!」


 ルーナは頬に両手を当て、まるでタコのように身体をくねらせている。正直、めちゃくちゃ気持ち悪い。


「──ん?」


 タコ? ……そう、タコだ。全身が赤みを帯びた、海に棲む8本足の軟体動物。生で刺身にするもよし、たこ焼きにするもよし。


 ──たこ焼き。明らかにこ(・)ち(・)ら(・)の知識ではないだろう。信じがたいが、やはりそういうことになるのだろうか?


「……? どうされました? リオラお嬢様」


「……なんでもないわ。ちょっと外の空気を吸いたいのだけれど」


 重たい頭を持ち上げ、ベッドから飛び降りる。その衝撃で目眩に襲われたが、サンチン立ちをしてなんとかやり過ごす。


「外の空気ですか。とはいえ、もう夜も更けてまいりましたから。窓を開けましょうか?」


「そういうことじゃなくて。外を歩きたいのよ。散歩したいの。お兄様だって、夜遅くに出歩いてるでしょう?」


「え、ええ。ですが……」


「大丈夫。いざとなったら──」


 スッと拳を構え、前に突き出した。風圧がルーナまで伝わり、彼女の前髪が巻き上がる。ルーナは一瞬目を見開いたが、すぐにキラキラと目を輝かせて拍手をする。


「すごいです、お嬢様! いつの間に武術の心得を?」


 前世での記憶は身体にも刻まれているようだ。空手の高校選抜で優勝した、城ヶ崎 智慧の記憶が。


「……“睡眠学習”ってやつかな? ある意味でだけれど」


「……?」


 不思議そうに首を傾げるルーナに歩み寄り、上目遣いで彼女を見上げた。


「ねっ? いいでしょ?」


「……やれやれ。分かりました。ただし、このルーナも同行いたしますよ?」


「ええ、構わないわ。ありがとう、ルーナ」


「はっ!? お嬢様が、わたくしに感謝を!? なんという、身に余る幸せっ!!」


 ルーナは自らのサイドテールを両手で掴み、下に勢いよく引っ張った。今にも引きちぎってしまいそうで、痛々しくてとても見ていられない。


 前世の記憶を思い出すまでは、私想いの優しい使用人としか思っていなかったが、こうして見るとただの狂人……いや、変態とでも言うべきだろうか。正直、めちゃくちゃ気持ち悪い。


「──では、参りましょうか」


 ルーナは部屋の窓をバッと開けた。そして、懐から梯子状のロープを取り出し、窓の外に投げる。窓際にある出っ張りにロープを結びつけ、私を抱え上げた。


「……これは何かしら?」


「何って、ロープですよ? 『リオラお嬢様が真夜中に外を散歩したいと言い出した時』用に用意していたんです」


「そ、そう……」


 なぜそんなピンポイントに用意があるのか? もし尋ねると、より恐ろしい返答が返ってきそうなのでやめておいた。


 私を片手で抱えたまま、颯爽とロープを使い屋敷の庭へと着地。私を地面に下ろし、ロープを窓へ投げ入れて証拠を消し去った。


 ──急に外を出歩きたくなったのは、やはり前世の記憶が関係しているのだろう。私は夜の街が好きだった。


 静かな通り。きらめくネオン。昼と同じ街のはずなのに、まるで異世界に迷い込んだような感覚。えも言えぬ背徳。


 目的地はとあるマンション。エントランスで指定の番号を入力し、エレベーターへ。部屋に入ると、タバコの臭いが充満した空間。刺青の入ったガラの悪い男や、厚化粧で派手な服を着た女。


 マンションカジノ。ルーレットやバカラ、ポーカーにスロットなど、さまざまなギャンブルが用意されている。当然違法であり、レートもかなり高い。


 これは、そんなカジノに入り浸っていたご(・)く(・)普(・)通(・)の(・)女(・)子(・)高(・)生(・)が、異世界の令嬢として転生した──そんな物語。始まりは記憶を取り戻した夜、散歩中に兄であるトロイ・プレスコットを酒場で見つけたところだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。