◇ おまえもか
不意に、ピーターはトーマスの方をふり向いた。
「なあ、トーマス」
「はい」
「奥さんに内緒で1万ドルで買ったダイヤは、ストリップの姉ちゃんに喜んでもらえたか?」
──ギクゥゥゥッ
トーマスは、ものいわぬ石像と化す。その石像の全身から、冷たい汗が流れ落ちる。
部屋にいるみんなが、開いた口がふさがらないという顔をして、トーマスにふり向いた。
トーマスは、震える声で言い訳を口にする。
「こ、このまえ、ジュリアとけんかして……そ、それで、むしゃくしゃするから、ストリップの店に行って……」
ジュリアというのは、トーマスの奥さんだ。二人は結婚して六年目を迎える夫婦である。ちなみに、娘が一人いる。
後輩のアレックスが、ジュリアについて以前から思っていることを先輩のトーマスに話した。
「先輩の奥さん、恐いですよね」
トーマスは下を向いて、おそるおそる語る。
「ジュリアが怒ると、ガラスのでっかい灰皿で殴ろうとするんだ」
青ざめた顔がなかなか元にもとらないワットは、悲惨な目をして彼にいった。
「おまえ、死ぬぞ」
トーマスは、ワットに顔を向ける。
「俺、まだ死にたくないです」
クヒヒッと笑っているピーターは、トドメを刺すかのようにトーマスに教える。
「あの子にプレゼントしたそのダイヤな、おまえにもらった次の日に、ソッコーで質屋にもって行って売られたぞ」
──ガーンッ
トーマスの全身を、いままでにないショックが貫いた。みんなは、トーマスを「馬鹿な男だ」という目で見ながら思った。
──1万ドルを、どぶに捨てたのか……
尋問室が、情けない空気で満たされる。
ここまで話をきいていたロッドマンとナナセは、唖然となった。
あまりに馬鹿らしくて、なにをいう気にもなれない。CIA の男たちは、いったいなにを考えているのか。
あきれはてている彼女たちだが、話はこれで終わりではなかった。
ピーターは、尋問室で呆然となっている若い後輩たちを嘆いて、彼らにいった。
「奥さんがいるのに、なにをやっているんだ、おまえたちは。まったく」
彼は、アレックスの方をふり向くと笑顔を見せる。
「アレックスは、三ヶ月後に結婚するんだよな」
「はい」
相手はメアリーという女性だ。ピーターは、微笑んだまま言葉を続ける。
「こいつらのようになってはダメだぞ。奥さんは大事にしなきゃな」
「はいっ」
「ところで」
次なる犠牲者は、彼だった。
「おまえ、フィアンセの妹と五回ぐらいヤってるよな。おまえのフィアンセ、そのことを知ってるのか?」
──ギクゥゥゥッ
みんなが、あきれた声でアレックスに言葉を投げる。
「おい、アレックス」
「おまえ、フィアンセの妹と……って」
「しかも、一度だけじゃなくて五回も」
ピーターの告白で頭の中が真っ白になったアレックスは、自分をとりもどすと必死で弁明しようとする。
「い、いや、妹のナンシーの方から、すり寄ってくるんだ。だ、だ、だから自分は……」
こんな言い訳が、フィアンセのメアリーに通用するわけがない。これが彼女にバレると、待っているのは修羅場どころではないだろう。
あたり一面、血の海となる惨劇が展開されるかもしれない。
ピーターは楽しそうに、クヒヒヒッと笑っている。
アレックスは、泣きそうな顔になりながら思った。
──いや、全然、笑えないんですが!
ナンシーとの関係は、誰にも知られてはならない二人だけの秘密だ。
彼女がそれを他人に漏らすとは思えない。これが姉にバレると、冗談ぬきで殺されるかもしれない。ナンシー自身が、そういっていたのだ。
誰も知るはずのない秘密を、なぜピーターが知っているのか?
老兵、恐るべし。
この世には、絶対に敵にまわしてはならない存在があることを思い知らされる。




