◇ それは忍術じゃない
二人の男は、顔から滴る汗をぬぐいながらエリナを見下ろす。
「これほど、てこずるとはな」
「はやく済ませよう」
彼らは、ライオットのいる病室のドアを開ける。
すると──
「………?」
想定外の光景が、二人の目に飛び込んでくる。
ライオットがいないのだ。部屋の窓が開いている。
「まさか」
急いで窓に近寄ると、ベッドにくくりつけられているロープが窓の外に出されている。
「ここから逃げたのか?」
「くそっ」
二人は焦ったように病室を出た。
ところが、彼らが窓から逃げたと思ったライオットは、部屋から出てはいなかった。
病衣姿の彼は、ベッドの下から、のそのそと這い出てくる。
──ナナセに教えてもらった忍術のおかげで、助かった……
忍術でもなんでもなく、ただベッドの下に隠れていただけなのだが、ライオットは忍術だと信じている。
ドア付近でエリナと男たちがバタバタ騒いでいる音をきいたライオットは、すぐに窓を開けてベッドに結んでいるロープを外へ放り出すと、ベッドの下へ潜り込んだのである。
ナナセから、異変を感じたときにはこのようにするのだと教えられていたのだ。
立ち上がったライオットがドアから廊下をのぞくと、エリナが倒れているのが目に入った。急いで彼女に近づくと、顔色を変えながら声をかける。
「エリナ、大丈夫か? エリナ!」
「う……」
意識をとりもどしたようで、ホッとする。
「スタンガンでやられたようだね。女性を相手に、ひどいことをするやつらだ」
「あの二人は、どこに?」
「わたしを探そうと、外に出たみたいだ」
「すみません、彼らを止められなくて」
「いや、無理もないよ。それより、君がぶじで良かった」
そのとき、エリナのスマートフォンが着信を知らせる。アサコからだ。
「もしもし、エリナよ」
「ロッドマンさんが男たちに襲われました。まあ、怪我もなくぶじですけど。それがですね、襲ってきた男たちって CIA だったんですよ」
エリナの顔が、ピキッとひきつる。
「エリナ姉さん、いまからロッドマンさんをそっちへお連れして行こうと……」
「こっちにも来たわよ。CIA だったのね。スタンガンで、やられたわ」
「本当ですか!」
電話の向こうでアサコが驚いているのがわかる。
しかしエリナは、なぜ CIA がライオットを狙っているのか想像もつかない。
不意に、電話の相手が代わる気配がした。
「もしもし。ロッドマンだけど、ライオットはそこにいる?」
エリナは彼女に答える。
「います。代わりますか?」
「お願い」
ライオットは、エリナからスマートフォンを受け取った。
「もしもし、ライオットです」
「あなた、大丈夫だった?」
「エリナのおかげで、ぶじです」
ロッドマンは、安堵のため息をついた。
「そっちにも CIA が来たそうね」
「理由がわかりません」
「ちょっと、ややこしいことになってね」
「くわしくききたいのですが」
ゆっくり話すには、双方とも場所が適切ではない。
「いまからいうマンションに移動して。わたしが住んでいるマンションじゃないけど。ああ、クノイチの彼女もいっしょにね。そこで話すわ」
「了解です」
エリナがいないと、地理に疎いライオットひとりだけでは目的地にたどり着くのは難しいだろう。
ライオットは移動する場所をロッドマンから教えてもらうと、エリナにスマートフォンを返した。
「エリナ、わたしといっしょに来てくれますか?」
「ええ、もちろんです」
ライオットがスーツに着替えて部屋から出ると、エリナが声をかける。
「変装した方がいいですね」
「変装?」
「まだ CIA がうろうろしているかもしれません」
エリナはライオットを連れて、別の部屋に行く。
ロッカーから白衣を出して、ライオットに渡した。さらにメガネを手渡す。黒ぶちの伊達メガネだ。
エリナも白衣を着ると、メガネをかける。さらにマスクも忘れない。
医師に変装した二人は、エリナの運転する車でロッドマンが指定したマンションに向かうのだった。




