◇ 執念
ロッソのスマートフォンが、着信を知らせる。相手はマーキーだ。
「俺だ。マーキー、どうした?」
「追跡できなくなった。バレたかもしれない」
「わかった」
マーキーも、これほどはやく追跡不能になるとは思わなかった。
「自分はもう役に立たないだろうから、本国に帰るよ」
「ああ、よくやった」
ロッソは通話を終えると、バルゴにふり向いた。
「マーキーが、追跡不可能だとよ。あとは俺たちで見つけるしかねえな」
「このビルの中にベルベットがいるのは、確かだよな?」
「ああ」
バルゴが、懸念していることを口にする。
「俺たちに知られずに、ビルの外へ出たときはどうするんだ?」
「人混みの場所じゃなければ大丈夫だろう。日本人より背が高い外国人の女なら、目立つはずだ」
しばらくして、ロッソのスマートフォンに部下のジェイコブから連絡が入る。
「ベルベットがいました。裏口から出てきました」
ロッソはバルゴに伝える。
「裏口だ、急ごう」
二人は、そっちへ向かった。なるほど、背の高い女は目立つ。しかも外国人、髪の色はブロンドだ。
彼らの目に映る身長一七六センチの女は、すぐにベルベットだとわかった。
ジェイコブと合流したロッソとバルゴは、彼女の跡をつける。
まず、ジェイコブがベルベットから一定の距離を置き、さらに離れてロッソたちが尾行する。
一方、ベルベットは
──やっぱり、来たわね
追跡されているのを知っている。見つからないようにビルから出ようとしたが、上手くいかなかった。
想定内ではあるが、よく知っている場所ではないことが、正確な判断や行動を妨げる要因になるだろう。
それが気がかりではある。
ひと気の多い所へ向かう。ロッソがジェイコブに連絡する。
「絶対に見失うなよ」
「はい」
自然と、ベルベットとの距離がせばまってくる。ジェイコブは彼女の術中にどんどんはまってゆくのだが、彼自身はそういうことに気づかない。
ベルベットは、スッと路地に入った。
「逃がすか!」
ジェイコブも路地に入り、さらにベルベットを追って右に曲がったとき
「うっ」
ベルベットが待ちかまえたように、ジェイコブの正面に立っている。
不気味に微笑んでいる彼女の右手は、サイレンサーを取り付けた銃をにぎっている。
パシュッ
その弾丸は、ジェイコブの心臓を確実に撃ち抜いた。
ロッソとバルゴの二人をはさんで、追っ手がひとりいるとわかったベルベットは、その彼を最初に片づけることを考えた。一人でも人数を減らした方が、相手をまくのに成功しやすい。
だが、ロッソたちは思ったよりも執念深かった。
ジェイコブが倒れているのを見たロッソとバルゴは、顔から血の気がひいてゆく。
「くそっ、あの女!」
「やられたな、ロッソ。だが、まだ遠くへは行っていないはずだ」
「絶対に見つけるぞ」
追跡しているのはロッソとバルゴの二人だけとなった。しかし、ベルベットの動きがまったく読めないわけではない。
自分が同じ状況にあったとき、どうするか。殺し屋としての思考が、ベルベットと一致する部分がある。
ロッソとバルゴにすれば、以前のボスであるグッデンの復讐は、必ず果たさねばならない。そういう彼らの執念が、少しずつベルベットを追い込んでゆく。
「いたぞ、ロッソ」
バルゴが、右手の人差し指をベルベットに向けながら、ロッソに伝える。
「やっぱり、日本では目立つ女だな」
彼女は後ろから見ると、ブロンドヘアで背が高いので一目瞭然だ。
「今度こそ逃がさん。追うぞ、バルゴ」
二人は、ベルベットとの距離を詰めてゆく。
ベルベットも、彼らの気配に気づいた。
「しつこいわね」
背後にまとわりつく視線を感じながら彼らをまこうとするが、ひき離せない。
ジェイコブを葬った手段は、あの二人には通用しないだろう。同じ手にひっかかるようでは生きてゆくことができない世界で、勝ちのこっている人間たちなのだ。
とにかく、この状態をいつまでも続けようとは思わない。追われる彼女は、姿を消すように路地に入った。




