八話 逃げた先で
ここはどこだ。
辺りは暗く、何も見えない。
時刻は既に夜中。今の今まで橋の付近から転移させられた後、目が覚めるまでここでずっと寝ていたらしい。しかし、未だ身体の感覚は戻らず、指先と口を動かすのでギリギリの状態。加えて、意識も激しく 耄碌とし、嘔吐と頭痛も収まらない最悪な体調を迎えている。
「くそっ……なんで、治らない」
かなり強力な麻痺なのかもしれないが、少しおかしい。聖剣の力により、あらゆる状態異常の耐性を得る能力を身に付けているのだが、今は全くと言ってその効き目がないように感じる。
「聖剣……」
少しずつ思い出した。
ユリナの罠に嵌り、その後に聞えた声によって逃がされた。その辺りまでは覚えている。
だが毒が身体に回っている為、強烈な睡魔に駆られて意識を失った。 そこまでの記憶しかない。
このフカフカなベッドで寝る前の事はさっぱりだが、おそらくここはどこかの家の中だ。
暗闇に目が慣れてきて、次第に天井や俺の寝ているベッドから見える夜景がハッキリと見える。
「お目覚めになられましたか?」
ドアが開き、光が入る。
その方を向くと知り合いの少女が薄く覗いた。
「アイラ……ちゃん?」
「はい、良かったです。気がついたようで」
彼女は部屋の灯りを付け、少し焦った表情で慌てて部屋に入るとベッドの隣に設けられた椅子に腰掛ける。
「気分はどうですか?」
「……最悪な気分だよ」
毒が抜けないせいで酔った様な感覚が残り続ける。
視界はあまり揺らぎはしないが、頭はクラクラする。おかげで思考が纏まらない。
「すみません。薬は王都にでも行かないとなくて………」
「いや、いいんだ。こうして、看病してくれるだけでも本当に有難いから」
「それより、勇者様はどうしてこの様な状態に?この領内で劇毒を持つ魔獣は聞いた事ありません」
「あぁ、これには理由が………ごめん、今は少し休ませて欲しい」
ここに至るまでの経緯を話せるほど、今の俺に余裕はない。
「いえ、無理に聞いてしまってすいません。コレ、換えのタオルです。額に当てておきますね」
「ゴメン、ありがとう」
かなりひんやりとした感覚が頭から足先まで突き抜けるように感じる。
毒耐性は無い訳では無い。
ただ、この毒が普通のと比べれば強力で、対俺専用に作られたせいで治りが遅いだけ。
このまま夜を明かせば治っている筈だ。
「それでは私は失礼します」
「待って、これだけは言わせて」
「はい?」
「この毒を持つ魔獣はここには居ない、から」
彼女が最も心配しているのはそこだ。
勇者である俺すら卒倒させる毒を持つ魔獣。
そんなものが領内に居れば不安になるのも必然。
その言葉を受けた彼女は初めて笑顔をみせる。
「ありがとうございます。父の方には私から伝えておきますので、安静にお休みください」
丁寧な対応をした彼女は一礼をした後、直ぐに部屋を出て行く。
ドアが閉まる音が耳に届くと眩しい朝日を遮るため、羽毛布で顔を覆う。
この臭い……なんか落ち着く。
思い出の中で締まっていた懐かしい記憶を彷彿とさせた。




