六話 失敗
「お父様、それでお話というのは?」
悠馬が門出する数十分前、国王の執務室へと呼び出されたユリナは何か不満が有りそうな顔で向かい側のソファに腰掛ける。暫くの間、自室でもあるこの部屋に籠っていたせいか、身だしなみもあまり整ってはおらず、一国の国王とは相応しくない髭面で相対する父に苦言を呈したい気持ちを抑えて話を進める。
「あぁ、今後においての…ユリナの身の振り方について聞きたくてね」
何故、今そんな話を?と言わんばかりの顔で訴えられるも、取り敢えず笑顔で誤魔化す。
国王の作戦は至って単純。
長話をして、娘をこの部屋に長時間拘束させる。
その作戦を遂行すべきうってつけなテーマが『ユリナの進路』及び『今後の身の振り方』。
国王である立場からではなく、三人の愛娘を持つ一人の父親として真剣に娘の口から聞きたく思うのも事実である反面、悠馬が王都を出る時間稼ぎをする二重の意味を持つ。
「それなら以前、お話した事と相違ありません。私はお姉様達と共にこの国の発展に努めます」
「私としてはもっと自分のしたい事を聞かせて欲しい。例えば、悠馬君との婚約とか……」
「こ、婚約……ですか?」
あまりそう言った話に疎い筈の娘が持て余した感情を抑えきれず、若干赤面してしまう所に親として少し
複雑な気持ちになる。
「彼とはやはりそういう関係が望ましい。そう思っているのだろう?」
「……はい。私は、多分そうなんだと思います」
「まぁ、私個人としてもユリナにとっての伴侶が彼である事には異存ないよ。けど、今はもっと別の事を聞かせてもらえるかな?本当にやりたい事とか」
優秀な姉二人を見て育ったユリナはその背を追いかけるべく、同じ道を辿ろうと努力をしていた。自由にさせていたつもりが返って彼女の意志や尊重を縛ってしまっていた様に思える。
だからか、こうして改めて世界を知り、己の欲望を認識した事で違う生き方を見出したのではないかと期待してしまう。
「やりたいこと……強いて言えば、新しい国を作る事でしょうか」
余りにも予想外の言葉に少し動揺を示す。
国を作る。あるいは国を興す。その過程が如何に大変で、簡単なものではないことはユリナも重々承知している。その上で言ったのだとすれば、本気度が窺える。
「どういう国を作る気だい?」
「悠馬様を王とした種族関係のない多文化共生国家というのも悪くないのではと思いました」
「ほ、ほうほう」
「私達は種族間で国家という壁を隔て生活しているため、お互いの文化や価値観をよくは知りません。ですので、その壁を少しずつ取り除くための場を設けるべきだと思います。どの種族にも属さない中立な立場でかつ異世界からの来訪者である悠馬様が国王に添えた国であれば種族間における差別がない、平和でどの種族も平等な文化を閉鎖的ではありますが作れると思うのです」
「……なるほど」
ユリナの指摘には国王自身も思うところがあった。先だって、かのエルフの里の族長である『大賢者』セルフィード・フォレストの提案で、人間族とエルフ族の間で文化交流の場を設けたいという申し立てを受けていた。個人的な意見で言えば、国王自身は賛成していた。魔導大国でもあつエルフの里とは友好関係である方が他の国に対しても都合がよいし、一番敵に回したくない相手でもあるから。
しかし、現実的な話。そう上手くはいかない。王族が友好の手を差し伸べたとしても、王族に与しない諸侯貴族は反発するだろう。特に旧王国の勢力は近年、王国の転覆を図っているという情報も憶測ではあるが耳に届いている。悪魔との戦争で王国側は多大な犠牲者を生じた隙を狙って、旧王国の復権を狙うというのもあながちない話ではない。自国内での争いを避けるため、諸侯貴族を煽り立てるような案件は避けたいのが国王の本音でもある。
この案件はかなり面倒なもので、話を先延ばしにすればあのエルフからグチグチと文句を言われるが、容易に決めれる案件でもないとして頭を悩ませていた。だが、ユリナと悠馬君がそういった国家、あるいは場を作ろうというのであれば問題を丸投げするのも悪くない手である。
うん。そうしよう。
そう決意して娘に向き直ると何処か申し訳なさそうな顔で答える。
「申し訳ございません。全て作り話です」
「その割には具体的だったが?」
「半分真剣で、半分は虚言です。この話の前提は悠馬様が王になるという意志があり、全種族を分け隔てなく接することが出来なければなりません。後者においては平気でしょうが、前者は私の一存では決められません。あくまでも私の理想です」
「それは少し残念かな。今の提案には私も魅力を感じたが」
「そう思って頂ければ幸いです。ですが、今はもっと別な話をしましょうか、お父様?」
突然、ユリナの雰囲気が変わった事に嫌な予感を覚える。
「つい先程、大荷物を抱えたお父様の従者からお話を伺ったのですが……」
冷ややかな声のトーンにビクッと身体を震えさせる。
「大荷物を悠馬様に持たせる様に指示したらしいですね。何処か遠くへ、旅立たせる用の荷物を」
しまった、早くも気付いてしまったか。
仕方ない、ここはそれっぽい噓で誤魔化す他無い。
「実はだね、暫く悠馬君に魔王復活の阻止をする為の調査に行ってもっているのさ」
これは嘘だ。
悠馬君にすら伝えそびれてしまった嘘だが、この場を通すことでは上手く成り立つだろう。
「その話は以前から聞いておりました」
ん、どうやら彼も同じ嘘を?
これはかなり好都合だ。
「君も知っての通り、魔王復活の阻止はアリセントが全力で取り組んでいる事だ。だが、私が調べた所、何ヶ所かそれに関する手掛かりがあった。それを調べに行ってもらったのだよ」
国王の妻。
この国の女帝であるアリセント・L・ラフォルトは彼女の悲願である魔王討伐並びにその復活の阻止に、明け暮れている。
悪魔族の残党及び、それに与する者たちを全て倒し、真の平和を望む為に国力の五割をそれに回している。
「それでは、悠馬様はお一人でその様な事を?」
「あぁ、そうだね。護衛役は要らないと言われてしまってね」
「ですが!」
「問題は無かろう。この世界に彼よりも強い者はおそらくいない」
「そうではありません!私達、王族が果たす使命をどうして悠馬様がお一人でそのような事を!」
珍しくユリナは気を荒立てる。
それは無理もない。
嘘をついているとは言えど、ユリナの言っている事は間違いなく正しいからだ。
「なら、私も………」
「ならん」
「どうしてですか!」
「彼一人に任せる。そう彼と約束したのだ」
「………」
「魔王と勇者の存在は切っても切り離せない。だから、この調査は彼に一任した方が良い……」
「嘘です」
「え?」
「お父様は嘘をついています」
見破られた?何故だ、早過ぎるのではないか。
「ここ一週間辺り、お父様が何の研究をしていたのかは知りません。ですが、先の言葉は嘘です」
「ど、どうしてそう言い切れる?」
「噓をつく時、お父様は視線を斜め横にずらします。これは私を含めて、お姉様やお母様も承知です」
その言葉にびくりと身体を揺らす。
「やはりそうでしたか………」
「待ってくれ、これには訳があってだな………」
言い訳をして更に逃げようと活路を切り開こうとするも母親譲りの鋭い眼差しに気圧される。
「はぁ。それに私、知ってるんです。魔王が復活する原因」
ユリナのその言葉に国王は眉を動かす。
内心とても驚いているが顔には出さない。
「でも、教えません。嘘をつくお父様には」
「え、ちょ………ユリナ……」
露骨に嫌われた態度を見せられると流石に親心というものが痛む。
分かってはいたが、予想以上の攻撃だ。
「ですので、悠馬様を呼び戻……いえ、連れ戻します」」
「待ってくれ!それなら………」
「嘘つきのお父様は黙っていて下さい。これはもう私の問題です」
早々に話を切り上げると早足で部屋から出る。
その後ろ姿を止める術もなく、ただ見るだけだった。
ユリナが言った『魔王復活の原因』それが、何なのか深く気になる所ではあるが、それ以上に嫌われた事に心を奪われた。
「上手くいかないものだ」
すまない。
私には彼女を止められなかった。
そう心の中で呟くとソファに埋もれ、天井を見上げる。
暫くちゃんとした休眠を取っていなかったせいで思考も酷く鈍っている。
「それでも、彼なら上手くやってくれるかね」
私に出来ることはした。
後は彼に任せよう。
そう、思いを託すと深い眠りについた。
この時、国王自身に最悪の展開が訪れ、全ての計画がご破算になる事を迎えるとは思いもよらなかった。