百三話
うそ…何も見えなかった。
今の攻防を私の目で捉えるのは不可能な速さだった。
瞬きをする間に雄二の攻撃が完結し、悠馬君の頬や腕に浅い傷が刻まれていた。
それは私だけではなく、隣にいるユリナ様や魔王と呼ばれた大柄な男性もただ傍観していた。
異次元な戦いを前に私達が介入する余地はない。
入っても細切れにされて終わり。
簡単にそう思えるくらい実力に大きな差がある。
すると、突然目の前に小さなエルフの少女が再び目の前に現れる。
「何をボケッと見ておる!ここにいては二人の戦いに巻き込まれるぞ」
「…はい。そうですね」
心を奪われ、固唾を呑んで見守っていたユリナ様が我に返って立ち上がる。
「私らがいては悠馬の邪魔じゃ。ここは一度、距離を置くしかあるまい」
「そうはさせません」
影から声が響くと同時にエルフの少女の身体を二本の黒い棘が貫く。
「……っ!」
「先生!」
闇討ちにも等しい暗殺者の手が深淵より現れる。
影から姿を見せた少女がその素顔を堂々と晒す。
「……やはり人間の少女でしたか」
崩れるエルフの少女の身体を受け止め、兼ねてから少女の正体を予見していたユリナ様が告げる。
「流石の大賢者様も、この状況下でしかもあの人と戦った直後じゃ、私の攻撃も防げないか」
「何故、人間であるあなたが……」
「あなたに話す義理はありません。姫様」
少女はマントからナイフを出すとその刃先をユリナ様に向ける。
「どうせあなたもここで死ぬのですから」
「……ジグルドはどうした?」
魔王の空気の読めない言葉に少し眉を動かした少女は「その名前を出さない」でと小さく呟いた後に答える。
「寝てるわ。麻痺毒が効いている以上、あと半日は身体が動かない」
「ほう。お前如きがあの男を仕留めたとはな……」
「なにが言いたいの?」
「いや、あの珍獣は油断したってことだ。本来ならお前程度では絶対に敵わない相手だ」
ジグさんに対する純粋な評価を聞き、私は少しばかりジグさんを見直すも『油断した』という言葉がある以上、あの人はあの人だと感じた。
そして、その図星とも言うべき指摘に少女も少なからず認めていた。
「あれは化物よ。この世界の法則を害するね」
「ほう、よく分かっているのなら話は早い。何故、あの珍獣を殺さなかった?」
「……」
「眠らせる程度で、奴を足止め出来る。本気でそう思ったのか?」
「何を言って……」
そこで少女は気付いた。
背後に迫った強烈な圧力に顔を振り返らせる。
そこには大きな欠伸を浮かべながら暢気に歩くジグさんがいた。
「噓でしょ……」
「おーいたいた。ちょっとばかし寝ちまったよ」
「有り得ない……あんた本当に人間?」
「言ったろ、あれは珍獣だ」
「おいおい親父さんそれはねーよ。いくら俺でも珍獣って表現は見過ごせないな」
「油断をした罰だと思え」
「おーう、それを言われては否定できない」
どうしてだろう。向こうで雄二と悠馬君が真剣に戦っていて、エルフの少女も酷い傷を負っているのに、いつの間にか少し和やかなムードへと変わっていた。
これはいけないよね。
こんな感じじゃ、悠馬君の邪魔になっちゃうよね。
気を引き締める為に、私は私が出来る事を取る。
「ジグさん!真剣にやって下さい。私達の命が掛かっているんですよ」
「分かっているさ。暢気に寝ている暇がないことくらいな」
珍しくキリッとした真剣な眼差しで少女に威圧感を掛ける。
「悪いが手は抜かない。悠馬の邪魔はするつもりなら、二対一でも構わん」
そう虚空に向けて言い放つと白鬼の仮面を付けた悪魔が姿を見せる。
「あの方が目覚めた以上、この街は消える。どの道こいつらは死ぬんだ。お前は巻き込まれないうちに消えろ」
「ですが……」
「邪魔だ。居ても目障りなだけだ」
「……分かりました」
少女に対してそう命じると牙をしまい、あっさりと身を引いた。
棘のある嫌な言い方に聞いていた私も「そんな言い方ないんじゃないかな」と文句を言いたくなるも、私以上にそういう発言を嫌う正義感の強い男が前に立つ。
「高慢だな。それが悪魔としてのプライドか?」
「誇りなどない。俺が見ていて不快になるから苦言を呈しただけだ」
「俺からすればお前の方が嫌いだな。特にその仮面を見ていると、昔そういう仮面を付けた保育園のおばさんになまはげの疑似体験だって言われて泣かされた記憶が蘇る」
いやいや、どんな幼児期体験なのそれは。
そうツッコミを入れたくもなるが胸の内に留めておこう。
「そこのお主、ぼさっと突っ立っておると置いていくぞ」
注意を促された私は慌てて振り返る。
あれ、治っている。
右肩と腹部を貫かれ、致命傷を負った少女が既に全快した様子で早くしろと急かしながら、魔法陣を構築していた。
あの少女が言っていた『大賢者様』って言葉が正しいなら、この少女は間違いなく本物だ。
それは先の戦いを見ても頷ける。
「魔王、お主はいいのか?」
「俺はここで見届ける。お前達は上で見ておけ」
「ふん、好きにせい」
黄色に輝く魔法陣浮かび上がり、私達を包み込むように覆う。その次の瞬間、私達の身体は一瞬で戦闘区域から離脱した。
「さて、俺達も始めようか。さっさと終わらせてあいつの加勢もしたいしな」
「図に乗るな。獣が」
お互いに安い挑発を受け、睨み合いを利かせた後にここでも戦いの火蓋は切られた。




