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九話 心の毒

 この世界に星座はあるのか。

 ふと素朴に、そう疑問を抱いた。

 元の世界で、自分が何かに打ちのめされて、落ち込んだ日にはベランダに座って、晴天の夜空を見上げて星座を探すことがあった。

 決まっていつも、その季節毎の一番見つけやすい星を見付けて、ボーッと眺める。

 星になりたい。

 そんな、願望がある訳でもない。

 星々に伝わるギリシャ神話も詳しい訳ではない。

 ただ、眺めるだけ。

 それがある意味で精神統一の一環となっていた。

 それはこの世界でもそうだ。

 元の世界よりも遥かに綺麗に無数の星々が見られる。

 だが、何の星かは分からない。

 夜空の真ん中で一番輝くあの星。

 その名前はなんだろうか。

 考えても無駄だ、知る由がない。

 この世界の人々にとって星とは頭上で光る神々の恩恵を表す。

 星の数だけ神が存在し、星の数だけ幸福がある。

 あまりにも観念的なもので、実在性の無い空想論。

 理解は出来ないが分からなくもない。

 この無数に連なる夜空の輝きは観る人の心を奪い、その心を安らぎに包む。

 彼等の言う神が幸福を与えるなら、それは間違いなく癒しに等しい。

 心の安寧を与える。

 それが星々の役割なのだと、思った。


「おいおい、また星空を眺めているのか」


 声を掛けられるも無視して眺める。


「無視か?」


 不満そうな顔を浮かべた茶髪の青年が俺の視界に入る。


「お前を見るより星を眺めた方が価値はあるかな」

「失礼な奴だな、ったくよぉ」

「冗談だよ、で何の用だ。俺は天体観測中だ」

「は、天体観測?……まぁ、いいが」


 そう言うと俺の隣に腰掛けて座る。


「クロード、魔剣は?」

「置いてきた。別に魔獣に襲われる事は無いだろうしな」

「気が緩み過ぎだぞ」


 彼、御自慢の相棒である魔剣。

 それを置いてきてこんな真っ暗闇の岩場に来るのは少し気が緩み過ぎていると思う。

 いくら、魔獣が出ないからといっても、この辺りは悪魔族が襲撃してくるとも限らない。

 それを踏まえて、武器を帯刀して置くのは普通だ。


「お前が言うなっつーの。こんな所に一人で居るやつがよく言うわ」

「俺は聖剣持っている。それにここにいれば、敵が奇襲仕掛けても真っ先に対応出来る」

「陣営から離れてか?独断が過ぎる。また姫さんに文句を言われたくないぞ」

「分かっている」

「……はぁ、まぁお前の気持ち、分からなくもないねぇよ。気にしてんだろ、アイツらのこと」

「………」


 図星だ。

 こうやって夜空を眺めている時は決まって何かあったとき。それも良くない事だ。

 昼間。

 悪魔の拠点を発見し、俺達、勇者パーティーを含めた王国の騎士団による殲滅戦が行われた。

 その際、俺は勇者が率いる一部隊として味方を指揮し、悪魔族との戦闘を行った。

 敵は勇者である俺を倒すために、敢えて他の部隊を罠や魔獣で足止めし、主力の悪魔を俺に当たらせた 特攻に等しい攻撃をした。

 部隊は激しく消耗し、次いでは死人も多く出た。

 俺が最後の悪魔を倒し、味方が駆け付けた頃にはもう………背を預けた筈の共に戦った兵士は誰一人として生きていなかった。振り返れば、どこもかしこも死体だらけ。

 屍の山に立つという経験を初めて知った。

 しかし、俺が気を落としているのはそれだけが理由じゃない。

 あの血に染まった死体の中にクロードの友達も多く居たこと。

 彼らは俺を信頼し、命を預け、生き延びると誓った。

 その結果がこのザマだ。

 俺一人が生還し、戦闘に勝利。

 これにより、他の部隊は怪我人も少なく、死者は出なかった。

 想定していたよりも遥かに少ない数での被害。

 その事も含めた上で作戦は大成功した。

 しかし、俺の中では全くそう思えなかった。

 例えばいつもなら、元の世界のニュースの記事で知らない赤の他人が死んだという事実。

 それを見ても何も情は湧かないのと同様に、戦闘で関係の浅い味方が死んでも大して悲しまなかった。

 それはほぼ他人だから。

 俺と仲が良い訳じゃない。

 味方だが、知らない人。

 そう思い決めて、冷酷にただ時の流れに心を任せていたが、今回は違う。

 彼等と距離を縮め、親しくなってしまったが故に抱いてしまった感情。

 死なせたくなかった。という気持ち。

 それが俺を許せなくしている。


「分かっちゃいたが、キツいもんだな」


 作戦開始前、この中の何人かはおそらく死ぬ。

 俺一人、手練がいたとしてもこの15人を纏めて助ける事は不可能に近い。

 ある程度は彼等で助け合い、庇うしかない。

 非力ではあるが、そうしないと助かる見込みはない。

 少しでも彼等には生き残って欲しい。そう、思ってはいたが現実は厳しい。


「ゴメン、クロードの友達を何人も……見殺しにした」


 騎士団出身のクロードはその中でも飛び抜けて高い資質と能力を持っている為、晴れて勇者パーティーに入る事を認められた。

 以後も旅を通じて、魔剣の所有者に選ばれたり、強力なスキルを獲得したりと実力を延ばした。

 そんな彼を友達の騎士達は自らの誇りのようにクロードを慕って話していた。

 俺なんかよりも一緒にいる時間は長く、絆は強い。

 クロードにとって大事な友達を俺は守り切れず、殺させてしまった。

 その事に言い訳のする余地もなく、ただ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「俺を殴りたいなら、殴っていいよ」

「なんだ、いきなり」

「いや………何となく。罪滅ぼし………みたいな」

「阿呆か。そんな事してもアイツらは返って来ないし、救われもしない」

「違う!これはお前に対しての………っ!」


 そこで俺はあの戦い後、初めてクロードとちゃんと向き合った。

 言葉ではそう言っても、やはり怒りを隠し切れずにいる。そう思ってはいたが………

 クロードはいつも通り、少しヘラヘラしてはいるが普通そうな表情を浮かべていた。

 怒りではなく、悲しみか、それを少し感じさせている様な思わせ振り、それはもう他人の死に関する俺の時と同じ。


「お前……」

「悪いな。悲しいよ、本当に」


 声からしてもあまりそう感じない。

 本当にそう思っているのかと、疑念を呈する程。


「友達が死んでいるんだぞ」

「あぁ、だが悲しめないんだ。俺は」

「悲しめない?」

「そうだ。俺にとって悲しいっていう感情や怒りっていう感情は邪魔なんだよ。ある意味、毒だ。毒」

「何を言って………」


 そこで俺はクロードが今、魔剣を持ってないという事を思い出す。


「お前も知っての通り。俺の精霊『不壊の剣デュランダル』は、剣もそうだが、その所有者すら壊れる事を認めない」

「それって、死ねないって事か?」


 魔剣同様に所有者も壊れない。

 言い換えるとそう表現出来る。が、少し違った。


「見ての通り、俺の傷は治らない。壊れないのは心だ」


 クロードの頬や腕には刺傷の跡や包帯が巻かれている。

 それを見る限りは確かに魔剣の効果とは矛盾している。


「要するにだ。アレは所有者の心を制御し、剣を振るうに当たって使用者の感情を蝕む毒だと判断したものは何でも除去するみたいな感じだな」

「魔剣の割には過保護だな」

「常に同じ精神面で、同じ思考での安定した戦いを求めているって言えば、分からなくもない」


 魔剣の効果はそれぞれだ。

 しかし、こんなにも所有者を気遣い、一方的にケアする魔剣は珍しいし、ある意味で優れている。

 完璧な戦士を生み出すという意味では。


「だから、悲しめないのか」

「そうだな。アイツらと一緒に居て、馬鹿やって騒いでいた頃を思い出せば、辛くなる。そうなる筈なのに、何とも思えないんだ、ホント、他人事のようにな」


 魔剣を持ってこなかった理由。それは一つ。


「離れれば何か湧いてくるかなって………でも、無駄だったみたいだな」


 クロードも悲しみたいんだ。

 俺にとってあまりにも複雑な心情過ぎて、深く察してやる事は出来ない。

 悲しみは魔剣にとってクロードを蝕む毒。

 心から生じる毒はあまりにも深く、身体に残り続け、いつまでもその人を苦しめ続ける。

 毒が増えれば、増える程、その人は崩壊し、狂う。

 魔剣にとってそれは最も許せない事案。

 振れなくなるなら、思うな。

 精神統一が第一。と、言わんばかりに。

 しかし、人間として、道徳的な倫理を持つ人としてはもはや違う。

 完全にロボットの様な、機械の感覚。

 ただ、魔剣を振るう理想の兵士。

 そんなものに俺は成りたいと思わない。

 けど


「少し便利かもな」

「おいおい、それって少し不謹慎じゃねーか」

「分かっているよ。けど、俺にとっては………」

「だろうな。勇者のお前はそうあるべきかもしれない」


 クロードも分かっていた。

 勇者である俺は時に冷酷な判断をしなきゃいけない。

 十人の命と三百人の命を秤にかけ、どちらを選ぶかとなるとそれは秤の重い方に傾く。

 助けられる命がどちらにあろうとも、俺はどちらもではなく、片方しか選べない。

 両方を取ろうとすればどちらも失う。

 中途半端は許されない。

 それが勇者の選択。


「その役目、今度から俺がやるよ」

「何言って……」

「お前の毒、俺にも分けろ」

「は、さっきから意味が………」

「一人で背負うなって言ってんだ」


 俺は指で額を弾かれる。


「痛てぇ!」

「なんで、お前が痛いんだよ」

「いや、何か下手にやったわ」


 俺も少し額がヒリヒリする。

 クロードのその気持ち、分からなくもない。


「くっそぉ、締まらねぇ」

「阿呆だな。柄にもない事するからだろ」

「うっせ」

「まぁ、楽にはなったよ。そう言ってくれて」


 気が晴れた訳では無い。

 ただ、落ち着いただけだ。


「お前は俺の仲間で相棒だ。お前の抱えてる悩みくらい、少しは背負ってやる。だから、預けろ!」


 クロードは俺に向けて拳を突き出す。

 それに俺は……


「悪いな、半分任せたわ」


 拳を合わせ、応えを出す。

 この日の晩、俺だけが背負うべき勇者の責務、その役目を半分任せた事が後悔する日が来ようとは知る由もなかった。

 運命とは残酷だ。

 それは星の数と同じくらい。

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