第十一話:届かぬ言葉と届いた想い
語りの余韻が、夏の夜風に溶け込んでゆく。
誰もがその静けさに身を委ねていた。
やがて、ぽつりと白哉が言葉を継いだ。
「僕、元々は黑の事が嫌いやってん……」
突然の言葉に、俺は思わず顔を上げた。
「……やってさ、お前。最初の頃、鈴に冷たかったやろう?
あの子、いつも寂しそうな顔してた。
……それが、めっちゃむかついててん」
感情を押し殺すようにして語る白哉の声は、微かに震えていた。
だがその目はまっすぐ俺を見据えている。
「でも、【あの夜】を境に優しくなったやろ?
僕、それ見てて……ああ、許してもええかなって思えたんや」
白哉が言う【あの夜】がどの夜を指すのか。俺には分かっていた。
何も出来なかった情けない俺を、鈴が優しく許してくれた夜。
「それにな……鈴が里を出る時、お前が言うたやんか」
白哉は、ふっと目を細めた。
「『……俺も、お前のお兄もずっとお前の幸せば祈っとるけ』って。
あれ、めっちゃ嬉しかってん。……僕の声は鈴に届かんかったけど、
お前が代わりに伝えてくれた思ってな」
俺は、黙って目を伏せる。その時、確かに何かが胸に落ちた。
白哉が【そこに居た】ことを、漸く心から信じることができた。
静かに立ち上がり、白哉の肩を叩く。
「疑うて、すまんかった。
俺は、鈴さなんもしてやれんかったけど……お前は、
俺を認めてくれたんじゃな」
「まぁな。今んとこ及第点やけどね」
肩を竦め、白哉がわざとらしく言った。
その直後。
白哉は何かを思い付いたらしく、
いたずらっ子のような笑顔で、俺の耳に顔を寄せてきた。
そして、俺にだけ聞こえる声で。
「実はな、黑……僕、
鈴が里を出た後もちょくちょくお前の様子見に戻っててん」
「……は?」
唐突な告白に眉を顰めると、白哉は口角を更に吊り上げ、にやりと笑った。
「せやから、
あれも知ってんで? 川で如月ちゃんが水浴びしとったのをお前が……」
「待て、一旦止まれっ!」
反射的に白哉の口を塞いだ。
顔が耳まで真っ赤に染まるのが、自分でも分かった。
そんな俺らのやり取りを黙って見ていた如月に、
怪訝そうに問い掛けられる。
「何の話してるの……?」
「い、いや。なっ、何でもねぇ!」
「そそ♪ なんでもあらへんから、気にせんで~♪」
しどろもどろになる俺に、如月の眉がぴくりと動いた。
だがその時、不意に一つの疑問が胸に浮かぶ。
(あ? 白哉が、あの事を知っとる言う事は……まさか)
「白哉。……お前、その場に居ったって事じゃな?
……どっからどこまで見よった?」
白哉の表情が凍る。
「……あ」
「てんめぇえええええっ!!
殴って記憶ば消しちゃるけ!! 歯ぁ、食いしばれ!!」
「ご、ごめんて!? ちゃうねん!!
たまたまやってん!! 巻き込み事故!
不可抗力や!!」
ばっと身を翻して逃げる白哉。後を追って怒鳴りながら走る俺。
如月がぽかんと取り残される傍ら、
ただ一人、天羅だけが静かに夜空を見上げていた。
月の光が優しくその姿を照らしている。
「……鈴、君の【兄さんたち】は騒がしいよ。
でも、君がこの場に居たらきっと笑っていたんだろうね。
君が優しい訳が分かった気がするよ」
天羅の呟きは、夜風に攫われていった。




