第一話:惹かれ合う魂〈前編〉
―如月――
雨は、いつの間にか止んでいた。
雲の切れ間から差し込む夕光が、濡れた山肌を照らしている。
鳥の囀りと、葉の一枚一枚が金色に縁取られていた。
穏やかな景色のはずなのに、胸の奥がざわつく。
「……泥濘んで、危ねぇから。麓まで、送っちゃる」
そう言うと彼は黙って歩き出し、私は慌てて後を追った。
けれど、不思議と怖さはなかった。
彼はゆっくりとした歩幅で足元の木や石を退かしながら進んでいく。
勘違いかもしれないけど、
その一つ一つの仕草が私を気遣っているようで、胸がきゅっとした。
(さっきの、記憶の断片のような映像……あの声と名前……)
歩きながら思考を巡らせるが、はっきりとは思い出せない。
でも心のどこかが温かく疼いている。
それは【思い出せない悲しみ】ではなく、
【忘れたくなかった記憶】がまだ残っている――そんな感覚だった。
不意に、前を行く彼の足が止まる。そこはちょうど、山の麓。
舗装された林道へと繋がる分かれ道だった。
「……送ってくれて、ありがとうございました。……黑さん」
名前を呼ぶと、彼はわずかに驚いた様子で目を見開く。
それから少しだけ嬉しそうに、けれどどこか寂しそうに笑った。
「……のう。如月」
その声は、囁きのように優しかった。
「また……会いに来てくれんか?」
思わず、言葉に詰まった。
悪い存在でないことは、この数時間でわかったけど、
相手は得体のしれない鬼だ。
簡単には、頷けない。でも、断るのも駄目な気がした。
目の前にいるこの人を独りきりにしてはいけない。
私の中の何かが、そう告げていた。
それに……この懐かしさの正体を、私はきっと知らないといけない。
「……はい。……また、会いに来ます」
彼の目がほんの少し、潤んだように見えた。
私たちはそれ以上語ることなく別れ、それぞれの帰路についた。
それから数か月。
私は一週間に一度、彼の待つ静かな山奥へ足を運んだ。
最初は戸惑いや疑念もあったけど……それらはすぐに薄れ、
気づけば彼と過ごす時間ばかり考えていた。




