↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛縁奇縁 ― 忘却の魂、再び巡る ―  作者: 里 恵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/32

第十五話:夜の闇に包まれる月


 村の会合の日だった。


 質素な集会所の畳の上で。

 笑い声に囲まれて、年配の誰かが「仲の良い若夫婦じゃのう」と言った。


「……俺たちゃ、夫婦じゃねがんす」


 その一言が咄嗟に口から滑り落ちた。

 嘘ではない。だが……――。


 胸のどこかがぎゅっと締め付けられた気がした。


 その言葉を聞いた如月が振り返って目が合う。

 だが、彼女は何も言わずに小さく微笑むだけだった。


 それが余計に胸へ深く突き刺さり、俺は思わず目を逸らす。




 ……――――数日後。


 縁側で本を読んでいると玄関先から声が聞こえた。

 覗きに行くと如月が村の婦人と話し込んでいる。

「あら、黑くん。煩かったかしら、ごめんなさいねえ? 

 実は如月ちゃんに良い話を持って来たの」


 何かが胸の奥で音を立てた。


「よか話って……まさか、縁談か?」

「そうよ。二人は、夫婦じゃないって聞いてね。

 如月ちゃんまだ若いし、未婚なんてもったいないもの!


 あ、黑くんにも何人か紹介しましょうか?」


 笑って、そう言うご婦人。それが善意だと言うのは解る。

 だがどうしてだろう。胸がざわめき、言葉が見つからない。


 ちらりと如月を見ると、微かに微笑んでいた。いつもと変わらぬ様子だ。

 

(……きっと、断るに決まっとる)


 そう思い、俺は黙って事の成り行きを見守ることにする。

 縁側から玄関横の部屋へ移り、茶を飲みながらその会話に聞き耳を立てた。


「この人とか、どうかしら?

 如月ちゃんと歳も近いし、優しくて頼りになるわよ」

「そうなんですね」


 ご婦人は人相書きを見せながら話しているようだ。

 如月はそれをちらりとだけ見て、手に取ることもなく答えている。


「ねぇ、折角だし……一度会うだけでもどう?

 もちろん。無理にとは、言わないわ」

「……」


 如月は黙って考える素振りを見せた。

 断るだろうと思いつつ、俺は茶を啜る。


 すると、


「そうですね。お会いする、だけなら……」


 

 その言葉を聞いた瞬間。

 俺は持っていた湯飲みを落とし、立ち上がろうとするが躓いてしまった。


 それでも、なんとか手を伸ばして如月の手首を掴んだ。


「……何?」


 振り返らずに、如月は俺に問う。その声はいつもと変わらず柔らかい。

 

 でも、なぜだろう。

 突き放されるような寒さを感じた。


「……嫌じゃ」


 如月の背を真っ直ぐ見据え……俺は静かに、けれどはっきりと告げる。


「どうして?」


 そう聞かれ、一瞬返答に困った。

 だが、それはほんの一瞬で、言葉は口から零れ出る。


「……好き、じゃから」


 たどたどしくも、その言葉が口から紡がれた時。

 俺は漸《ようや》く、自分の気持ちに気づいた。


 胸の奥に詰まっていた霧が、すっと晴れたような感覚。


「……情けないのう。

 今更、自分の気持ちに気付くなんぞ。


 俺は……大馬鹿じゃな。

 思えば、はじめっからお前さんに惹かれとったんかもしれん。


 一緒に過ごして、痛みば分け合って……

 そんでも、如月の笑顔ば見とると痛みも辛さも忘れられる気がしとった。


 ……そげなもん。惚れとる以外、なかろう?」


 しばしの沈黙が流れる。

 やり取りを聞いていた婦人は顔を綻ばせると、

 如月の肩を軽く叩いて帰って行った。


 やがて、如月が口を開き。


「……遅い……っ、……馬鹿」


 ぽつりと言った次の瞬間。

 振り返った如月は、俺の胸に抱きつき顔を埋めた。


「嬉しいのに、涙が出そう。

 ……好きよ。

 黑、私もあなたが好き」


 微かに震える声を、俺は黙って受け止めた。右腕はもう動かない。

 だから左手だけで彼女の背を抱き寄せ、額に口づけをした。




 障子の外では風が吹いている。遠い空へ、過去の影を攫っていくように。

(……あんとき、こん手ば離さんでよかった)


 もう一度彼女の髪に顔を寄せ、俺は静かに囁いた。


「……今更じゃけど。

 これからずっと、俺ん傍におってくれ」

「うん。私も、黑が良い。

 黑の隣じゃなきゃ、嫌」




 夜空には、綺麗な満月が輝いている。

 二人の想いは、ようやく一つになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。