136.雪山の主
カイトが首を傾げて私を見る。
「今度は何だ?」
「黄金色の球体!私たちを誘うように飛んでいるわ!」
「主の何かだな」
プレムさんが素早く反応し、皆に背に乗るように言った。
「案内してくれ」
「分かりました」
この金色のフェアリーのような球体は私にしか見えていないので、プレムさんに乗りながら道案内をしていった。前回は逃げるように飛んでいった球体だったが、今は先導するようにゆっくりと飛んでいる。不思議だ、私たちをどこに誘っているのだろう?
球体は一直線に山を登っていった。山頂まで登りきると今度はその裏側を下降していく。案内されたのは窪地に水が溜まっている場所で、今は表面が分厚い氷に覆われていた。黄金色の球体はしきりにこの氷にアタックしている。下に何かあるということか。
「この下に何かあるみたい」
私は皆に下がってもらって、表面の氷を魔法で割って岸辺に避けた。中は凍っていないので冷たそううな水が揺蕩っている。透明な水底にはかつて大きな動物だったと思わせる骨が綺麗な状態で沈んでいた。
「あれは…」
「鹿の骨格に見える」
同じように覗き込んでいたカイトがそう言った。
(もしかして主死んじゃっているの?)
だとしたら鹿茸は手に入らない。
主の何かと思しき球体は氷を避けたがずっと同じような仕草をしている。どうやら水には入りたくないらしい。
「あれを引き上げろってことみたい」
「それよりもこの水をあの時みたいに割った方が早いんじゃね?」
「あ、そっか」
レオンさんのナイスな指摘により私は水を2つに割って凍らせた。ちょっと圧迫感のある氷の壁が側面に出来たが、少なくともこれで水を被る心配はない。
水底の鹿の骨格と地続きになると黄金の球体はその骨格に飛んでいった。私たちも後を追って水底に辿り着く。球体は心臓のあったであろう位置で止まると明滅し始めた。
「何だ?」
「何が起こっている?」
この明滅する光は皆にも見えているらしい。球体は凄まじいエネルギーを放っていた。
「そんな…」
私は目の前の光景が信じられず唖然としている。皆もきっと同じに違いない。
白骨化した死体に小さな肉片が付き始めたかと思うと、それはどんどんと増えて行き、徐々に鹿の形に肉付いていったのだ。
その摩訶不思議な光景はしばらく続いた。やがて横たわっていた骨格は雄々しい鹿の姿となった。淡く黄金に輝いていて神々しい。雪山の主は目をぱちりと開けると立ち上がり、天に向かって叫んだ。
ピィイイイイイイ!!!!
すると生えていた猛々しい古角がポロリと落ちて、代わりにその部分からにょきにょきと若角が生え始めた。まるで早回しの映像を見ているようだ。
良いところまで伸びると主は頭を下げてきた。その姿勢のままじっと動かない。
「鹿茸を取れってことじゃないか?」
カイトがそう言った。私が主を見ると小さく頷いたように見えた。
「レピダアネモス―風の刃―」
両角を根元の部分から切断する。これで最後の材料を入手することができた。
雪山の主は若角が取れたことを確認すると再び地に伏した。それきり動かなくなったと思ったらまたしても光に包まれ、一瞬にして元の骨の姿へと戻ってしまっていた。
胸の部分には黄金の球体が先ほどと同じように浮いていたが、それはフワフワと天に昇っていく。皆は骨を見つめ、私だけが空を眺めていた。
「何だったのでしょう?」
ギルバートさんがぼそりと疑問を口にする。
「黄金の球体は主の魂だったんだと思います。導の材料集めはこれ自体が1つの神の試練だったのかもしれません」
湖の主も雪山の主も、もしかしたらマンドレイクの王も神の使いだったのかもしれない。取りに来た人々に難題を与え、それを乗り越えた者たちだけに材料を差し出す。この黒いドラゴンがその難題の1つだったのかは定かではない。何か不測の事態が起きて、雪山の主は死んでしまったのかもしれない。それでも神の言いつけ通り、魂の姿になっても材料を集めに来る人を待ち続け、私たちは何かしらの試練に合格したからこそ材料を与えられた。そうしてようやく主の魂も天に上ることができたのではないだろうか。
(私たちは随分と待たせてしまっていたのかも)
神々が導を置いてから、彼らはずっと自分たちを狩りに来る者を待ち続けていた、何だかそんな気がした。
「何だかよく分かんねーけど、材料が集まったんだし帰ろうぜ」
「そうだな」
随分と冷えていた。早く拠点に帰って温まりたい。
「あ、拠点」
私が呟くと皆思い出したようで顔を顰めた。冷静なカイトが追い打ちをかける。
「雪洞はまた作れば良いが問題は荷物だ。俺とアリサの荷物はあの雪原にあるとして、拠点にあった荷物は全部吹き飛ばされているぞ」
「我々に手伝わさせてくれ」
プレムさんの有難い申し出により、バラバラになっていた荷物は何とか回収することができた。とはいえそこそこ時間がかかってしまったので今日は拠点のあった雪原で休み、翌朝から国に帰ることになった。
拠点を再生し、皆で仲良く夕飯を食べている時、エリスさんが話しかけてきた。
「アリサさん、すっかり言いそびれていましたが、治療ありがとうございました」
「いいえ、とんでもないです。治って良かった」
「本当にいくらお礼を言っても足りません。アリサさんがいなければこの職を続けることができませんでしたから」
「お礼だけじゃなくてアリサを騙したこと謝れよな」
カイトが横から入ってきた。
「今謝ろうと思ってたところ。だけどそれについてはカイトも共犯だから」
「騙した?何のことですか?」
「僕が持っているといった睡眠薬あったでしょう」
「はい」
「あれ実は風邪の引き始めに飲むちょっとした栄養剤だったんです」
「えっ」
すぐに眠気が来たので物凄い効果がある睡眠薬だと思っていたのだが。
「カイトも薬の包装を見て気がついていたんですよ。だけど敢えて何も言わずに薬を包装から出して渡したんです。共犯でしょ?」
(あれはつまり、プラシーボ効果だったということ!?)
「すぐに効き始めたと思ったんですけど」
「疲れていたんでしょうね」
私は両手で顔を覆った。勘違いであんなにすぐ寝た自分が何だか凄く恥ずかしい。
「すみません、背に腹は代えられない状況だったもので」
「すまなかった」
「良いんです、結果としてすぐに寝ることができましたし、エリスさんを治療することができましたから。それよりも自分の単純さが恥ずかしくて」
「素直なのは良いことですよ」
そう言えば以前もエリスさんからもらった飲み物に一服盛られていたことを思い出す。どっちも仕方のない状況とはいえ、今後エリスさんからもらうものには十分注意しようと内心思った。
「そう言えばどうやってあの黒いドラゴンを倒したんだ?」
カイトに訊ねてきたのはオークリーさんだった。色々思い出したのかカイトは苦虫を潰したような顔をする。
「報告書、どうするかな…」
そうぼやきながら皆に事の顛末を話していた。今回は私の毒薬の他に認識阻害魔法のこともある。本当に何と言うか、心中お察しする。
翌朝から出発して1日半でドラゴンの棲家に戻った。そこから更に2日かけて王都に帰り、すぐに皆で謁見した。こういう言い方はあれだが全員お尋ね者だ。国王陛下はカイトの報告を聞いてすぐに強権を発動した。国王陛下が在任中に1度だけ使える恩赦という制度である。これにより私たちの罪は全て綺麗さっぱり水に流れることになった。
「このご恩は一生忘れません」
私たちは国王陛下に深く頭を下げた。
これでようやく魔法薬作りのための材料集めは幕を閉じたのだった。
次回は今日の20時台に投稿予定です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




