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第三章『《神焔教会》』Ⅴ

 皆様読みに来てくださり、ありがとうございます! 

 前回Episodeのベル様のお言葉、少々変更しております。あと今回は9000字近くとまた少し長くなっております!

 コツ、コツ、コツ――と。

 歩くたび鳴る大理石の床を見詰め、先程までの会話の内容を思い出しゆっくりと歩を進めるリィン。

 足元に映る鏡のような大理石の床には自身の顔。

 そこに映る自身の顔を呆然と見詰め思案する。


 出来る事ならばベルクローズ(かのじょ)の、力になりたい――


 だが今は、シエルの兄ノルトを必ず見付け出すという大切な目的がある。


 それに、ロビーでの啖呵――……


(はぁ。こういうところがオレの、駄目なとこなんだろうなぁ……)


 ネーヴェにはもう少し落ち着いて行動しようね――、とよく言われるが本当にその通りである。あれもこれもと手当り次第手を付けていると今のように、どれから手を付ければいいのか分からず身動きが取れず儘ならなくなってしまう。


 本当に我ながらどうしようもない――


(それにしても《セーレム》の“闇”――か……)


 ベルクローズが口にした《セーレム》の“闇”の事をふと、頭に浮かべ。茫然とだが、先程の会話について考えを浮かべながら歩く。

 彼女が言う“闇”とは、あれ以上話を聞くだけで強制的に問題に巻き込まれる“闇”とは一体、何なのか――と。


(ベル様が話を止め、オレ達にあれ以上話を聞くかの選択肢を与える程の何か……。どう考えても、途轍もない厄介事にしか思えない。でも、何となくだけど……)


 そっと。連れ立って歩くシエルへ視線を向け、彼女を見る。

 先程から黙ったまま共に歩くネーヴェを気遣い、ゆっくりと歩くシエルは眉を下げ、心配そうに妹を見詰め歩を進めている。

 優しい女性(ひと)だ。

 そんな優しい彼女の為にも早く、彼女のお兄さんを見付ける手掛かりを掴めたらと思うリィンはある可能性を思い浮かべ、視線を宙へと向ける。


(エルのお兄さんも何か、ベル様が言う“闇”と関係がありそうな気がして、ならない……)


 これは直感でしかない――。


 落ち着き考え歩く今、じっくり考えてみてもそうとしかリィンには思えなかった。

 ベルクローズの言う“闇”が全て、シエルの兄ノルトの件だとは思わないが何かしらの関係はある筈なのだ。タイミングが、タイミングだから……。


(だってオレだけじゃなくベル様は、二人にも話を持ち掛けた。研究者絡みの話だったなら、啖呵を切ったオレだけにすればいいのに……。でも、そうしなかった。二人にも話を聞かせた。エルのお兄さんの情報を何か持っていると考えるべきだ。そして其れがベル様の言った“闇”と何か、深く関係があるはず……)


 先程会ったばかりの子供にすぎない自分達に突如、人類にとって至高の存在である神子が秘密裏にあの様な話を持ち掛けてきたのだ。彼女は間違いなく何か、ノルトの件について情報を持っている。彼女の協力者になればその情報の開示をしてくれるのだろうが、それと合わせて途轍もなく厄介な問題に強制的に巻き込まれる事となる――。自分だけならば別に構わない。喜んで協力者となろう。何やら彼女には信頼出来る協力者が少なそうに感じるから……。


(でも、二人を巻き込みたくはない。危ない目に、遭わせたくないから。そうでなくても……)


 拳を握りしめ、ロビーでの一件を思い出し表情を険しく思案する。

 あの時、何故か一瞬――。ほんの一瞬だが、足が動かせられなくなった。あの瞬間だけ何かに、足が縫い付け(・・・・・・)られたかの様に(・・・・・・・)動けなくなったのだ。

 恐怖からではない。

 何かの力が働いて、動かす事が出来なかった――。


(……警戒を怠ったつもりはなったけどあの場に、エルの命を狙ったあの得体のしれないのが多分だけど、いた。間違い無い。アイツだ――)


 そこまで考えて一息。

 歩を進めながら更に思案する。

 あの時ソール(かれ)が炎を凍らせて自分の代わりに遺物の奇跡を止めてくれなければきっと、被害は甚大なものになっていた。それこそネーヴェやシエル、シャルロッテだって怪我は免れなかったかもしれない。下手をすれば死ぬことだって、あったかもしれない。

 それを、きっとあの存在はあの時あの瞬間を狙って、妨害して来たに違いない。

 事故と装いシエルの、命を刈り取れるその瞬間を狙って……。

 そう思い至ったリィンは、心底ぞっとした――。






「オルクス様。少々、宜しいでしょうか――」






 リィンが最悪の事態を脳裏に浮かべたその時。

 静謐な、酷く凪いだ声が吹き抜けの回廊に静かに響いた。

 隣を歩くネーヴェの肩がその声に小さく揺れ直ぐ様、後ろを振り返り声の主へと碧の瞳を向け開口する。しかしその口から言葉は紡がれず、また直ぐ閉じられて。

 沈黙が場を、支配した――。

 優しく風が吹きつけ、ネーヴェの長い純白の髪がさらさらと揺れる。

 足を止め静かに、心配そうにそんなネーヴェを見守るリィンとシエル。


「……おニイさん」


 突然の彼の登場にどう声を掛ければいいのか分からず口を閉じるネーヴェに代わり、リィンが彼を見詰め言葉を零す。先程の執務室と思われる部屋にてベルクローズの護衛をしている筈の彼が何故――、と彼を見詰めて。


「身分証について少々、お話しがございます」

「ッ!!」


 その言葉に今度は、リィンの肩が小さく揺れる。否、跳ねる。


 まずい、どうしよう……


 魔導器をシャルロッテへと渡した際、身分証について何も触れられなかったので大丈夫だと思い込んでいた。が、やはり身分証は必須だったか。


(このままじゃ無断入国だって、バレる。どう答えれば正解なんだ……)


 ちらとネーヴェへ視線を向け、覗き見る。しかしいつの間にか直ぐ側に来て手を握る妹はその唇をきゅっと引き結び、彼の事を只々憂いを帯びた表情で見詰めるばかりで。

 言葉を、掛けることが出来なかった――。


「申し訳御座いませんが、こちらの用紙にご記入のほど、よろしくお願い致します――」

「……ふえ?」


 すっと差し出される数枚の用紙。

 其れ等を見詰め、小さく首を傾げる。


(……『身分証の再発行手続き』?)


 手渡された用紙に目を通し、用紙と青年を碧の瞳が行ったり来たり。

 全く訳が分からずリィンは、


「……えっと、その――」


 青年の青い瞳を見詰め言葉を零す。


「お無くしになられた身分証の再発行をさせて頂きます」


 訳が、分からない――。


 用紙に書かれている内容もそうだが、今、彼は何と言ったのだろう。

 首を傾げ、頭をフル回転させる。


 聞き違い――だろうか。


 いや、きっとそうだ。


 まさか持ってもいない身分証の再発行など……


 そう思考したリィンは気を取り直し、ここは素直に謝って事を穏便に済ませて貰おうと口を開き、


「……いや、あの、ごめんなさい。実はオレた」

「ご記入を」


 直ぐ様、彼の有無を言わさぬ静かな言葉により、口を紡ぐ事になった。


(……話、聞いてくれない。どして――)


 何故だろう。


 途轍もなく話が通じない――。


 どこか有無を言わさぬ彼の言葉に再度、手渡された用紙に黙って視線を落とし首を傾げる。


(何度見てもこの用紙、『身分証の再発行(・・・)』って書かれてる。けど、そんなの持ってた事も、失くした事も一度だって無いし……。身分証の再発行って言われるよりも、身柄を拘束するって言われる方がしっくりくる……)


 自分で言ってて悲しくなる事を思いつつ。用紙から青年へとそっと視線を移し、その酷く綺麗な相貌を覗き見ては悩ましい表情にてリィンは彼を見詰めた。

 そんなリィンの視線に少し。何か思うところがあったのか、青年がさらなる言葉を静かに紡ぐ。


「……ノエマ・ノエシス様にも後日、此方へとお越し頂くようお伝え下さい――」

「ッ!!」


 その言葉にネーヴェの手をぎゅっと、強く握り締めてしまうリィン。


 コレは、バレている。


 間違い、無い――


 リィンの体に緊張が走り、表情が強張る。

 しかし、その刺激を受けたからだろうか。ネーヴェがはっと我に返り、こちらを見遣り心の中で語り掛けてくる。


(……ごめんなさい、リィン。今、どういう状況?)


 眉を八の字に下げ、小さく言葉をぽつり。

 ネーヴェが状況確認の説明を求めてきた。


(えっと、これ……――)


 視線を手元にある用紙へと移し、妹の気がそぞろになっていた時の出来事を掻い摘んで念話にて説明をするリィン。この様な時、ネーヴェとの限定的なものにはなるが、念じれば声に出さずとも会話が出来るというのは実に助かる。


「あの、ソール、さん――。もしかしてなのですが二日前、検問所に……?」


 リィンの掻い摘んだ説明を聞き終え、言葉をぽつり。

 周囲を少しばかり見回した後、ソールへと聞こえるだけの声量でネーヴェが訊ねた。


「はい」


 そんな突然のネーヴェの問い掛けに対し、ソールの簡潔な肯定の言葉。

 ネーヴェが何を聞きたいのかを瞬時に読み取り、彼は静かに答えた。


「そう、ですか。その節はどうも、ご迷惑をお掛け致しました……」


 ソールの肯定の言葉に、ネーヴェが胸を撫で下ろしリィンを見遣る。


「? ネーヴェ、どういう事?」

「詳しい事は帰ってから言うね。それではソールさん。ノエマさんには私からちゃんとお伝え致しますので身分証の再発行の件、申し訳御座いませんがどうぞよろしくお願い致します」


 ほんの少しだがまだ、その(かんばせ)にどこか憂いの色が残るものの微笑みを浮かべネーヴェが言葉を紡ぐ。そしてその後には実は身分証が無くて困っていました――、と自然な流れにて用紙へと書き込みを入れ、それをソールへと手渡して――。

 気付けばもう、何時も通りのネーヴェに戻っていた。


「……あの。身分証と言うモノは皆さん、普通に持っている大切な物なのですか?」


 今まで静かに、リィン達の遣り取りを見守っていたシエルが何気無く疑問をぽろり。

 琥珀色の瞳を(しばたた)かせ、何か、酷く気になる言葉を口にした。


「……エル。どうやって《セーレム(ここ)》、来たの――?」


 彼女の言葉に、嫌な予感を覚える。

 記憶違いでなければ検問所では、古代遺物による身体検査と、通行証及び身分証の提示が必須だったはず。

 その筈なのに今、彼女は何と言った?


「? 普通にですよ? 普通に登って(・・・)来ました。体力には自信がありますので――!」

「「……」」


 彼女の言葉に、共に絶句するリィンとネーヴェ。

 直ぐ側ではとても眩しい笑顔にてグッ――、と両の手に握り拳をつくるシエルの姿と、静かにそんな彼女を見遣るソールの姿。


検問所(あそこ)、すっごい高い断崖絶壁の下にあったよね? ノエマさんの話だと、検問所通らないと絶対中入れないって確か言ってたけど……。いや、そもそも検問所行って、ない……?)


 気になる。凄く気になる。


 体力には自信がある――、って何?


 登ったの?


 アレを――?


 あの超絶高い断崖絶壁の真下から、誰にも見つからず登った――と?


(いやいや、そんな筈ないよね? 流石にない……よ、ね?)


 若干の戦慄を覚えつつ、今だ眩しい笑顔でこちらを見るシエルに胸中で問い掛ける。

 声に出して聞いてみたくも思う。が、何故だろう。聞かないほうが凄く良いような気がしてならないのは。


(駄目だ。聞くのが怖い……)


 ネーヴェもまた、同じ事を思っているのだろう。その顔に微苦笑を浮かべ、シエルを見詰めていて――。


「……コーディナー様もこちらの用紙へのご記入、お願い致します――」


 そしてソールは静かに、彼女へとリィン達と同じ用紙を手渡した。

































 紙の上を滑るペンの音――。


 階下では先程の騒動から一転、通常業務を取り戻した受け付け塔業務をこなす教会信徒達の姿。

 その光景を吹き抜けの上階から眺め、リィンはホッと胸を撫で下ろした。

 騒動の直後、ベルクローズに促され最上階にある執務室へと通された訳なのだが正直、自分が起こした騒動の現場状況が気になっていたから――。


(ベル様があの時騒動を治めてくれて落ち着いたのは見たけど、やっぱり気になってたんだよね)


 しかし此処から見える彼等の様子はもう落ち着きを取り戻しているようで、リィンはその相貌に笑みをつくった。


(それにしても凄いな、あの身分証――)


 階下(ロビー)からネーヴェとソールのいる方角へと視線を向け、そのネーヴェの手元へそっと視線を移し覗き見る。

 既に用紙への記入を終えたネーヴェがソールの説明に従い後程、身分証となるらしい酷く薄い透明な硝子カードのような物質へと手を当て《魔素(アニマ)》転写なるものをしているのだが、これがまた実に興味深いモノで。

 どういう仕組みなのか全くといって分からないのだがあの薄い硝子カードのような物質、対象の人物が《魔素(アニマ)》を込める事によりその人物の《魔素(アニマ)》を転写。カードに対象の生体情報を登録するという、何とも驚きを禁じ得ない事をする代物なのだ。実に凄い技術である。


(《魔素(アニマ)》は普通、知覚認識だって出来ないのにそれを操作して転写だなんて。あれも古代の技術なのかな――?)


 自信の胸元で時を刻む漆黒の懐中時計へと視線を向け、ふとそんな事を思うリィン。

 古代の技術とは本当に、計り知れない力を有している――。


「ところで、おニイさん。ベル様の護衛、しなくて良いの――?」


 意識を手元にある記入し終わった用紙へと戻し、それをソールへと手渡してリィンもまた、彼に教わり《魔素(アニマ)》をカードへと転写――。ふと、疑問に思った事を口にしてリィンは、彼に尋ねた。


「はい。今は、バーグ様の護衛騎士が側に居りますので――」


 そうリィンの問い掛けに対しソールは、その静謐な声にて事も無げに答えこちらへと視線を向ける。


 本当に、綺麗な青年だ――。


 初めて目にした時は正直、女性かとリィンは思った。

 だがこうして見ると中性的な相貌ではあるものの、男性だという事が見て取れる。

 何にも染められない漆黒の髪に、精巧なビスクドールの如き白磁の肌。すっと通った鼻筋に薄い綺麗な唇。《魔素(アニマ)》を凝縮したかの様なその青い瞳は酷く透き通った色を放ち、まるで、全てを見透かされている様なそんな感覚に陥る瞳で――。そしてその身を包むは、他の者とは少々色違いの黒を基調とした教会騎士の服。佇まいから所作に至るまで全てが洗練されていて、これに彼の表情が豊かでその相貌に微笑みを浮かべてくれれば尚完璧だと、リィンは直ぐ側にいるソールを見詰めそっと思った――。


(笑顔もきっと、物凄く綺麗なんだろうな……)


 ベルクローズも息を呑む美しさをしていたがこのソールという青年。酷く綺麗な、神秘的な雰囲気を纏った美しさがある――、とリィンは思う。そう、ベルクローズが青空に照る太陽だとすると、彼は文献に残る漆黒の夜空に浮く青い月の如き美しさ。


 太陽(ひる)と、(よる)に感じられた――。


「それでは(あと)はこちらの書類に目をお通し頂き、最後の用紙にサインのご記入を――。こちらは後日、提出して頂いて構いません。まだ大丈夫ですがもう幾らかすれば《霧》が出て来る時間ですので、お早いご帰宅を――。お引き留めしてしまい、まことに申し訳御座いませんでした」


 ソールが黄昏色に染まる外へとその青い瞳を静かに向け、言葉を紡ぐ。

 そういえばもう、夕刻になっていた。

 ベルクローズが話した内容や、気掛かりな事に思考を割いていたせいかすっかり《霧刻(むこく)》になる時間を確認し忘れていた。そう思ったリィンは彼の言葉を受けちらりと首に下げる懐中時計を見遣り、《青の刻針》を見詰め確認する。

 確かにまだ《霧刻(むこく)》までには時間がある。だが、のんびり寄り道しながら帰路に着く時間は恐らく残っていなさそうな時間。折角彼とゆっくり話せそうな機会が巡って来たというのに後ろ髪を引かれる思いでリィンはそれを断念し、帰路に着くことを選んだ――。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「それでは本当に、色々とありがとうございました。ソールさん――」

「ありがとう、おニイさん」

「あ、ありがとう御座いましたっ!」


 総合受け付け塔の重厚な出入り口扉の前――


 出口までお送り致しますと言うソールの申し出を受け、出入り口扉の前に到着したリィン達はそれぞれ、笑顔にて彼に謝意を述べた。

 先程(おこな)って貰った秘密裏の身分証作成もそうだが、ロビーで助けられた時の礼を今の今までちゃんと述べていなかった事を思い出し、別れる前に伝えねばとそれぞれ言葉を口にしたのだ。


「……恐れ多いお言葉、有り難う存じます。ですが、いらぬ敵をお作りになられますので、俺への謝意は今後なさいませんよう具申致します――」


 僅かな間の後――。

 そう淡々と言葉を紡いだソールは片手を胸に当て、リィン達へと静かにその頭を下げた。

 彼のその言葉に口を噤むリィン達――。

 そして直ぐ様、彼の言葉の意味を問う為口を開いたリィンは












「そ、そこの君ッ――!」












 背後からする呼び掛けの言葉に再度、口を噤む事となった。

 一体、誰なんだ! そう胸中にて叫び声を上げリィンは、呼び掛けられた声の方角へと視線を向け、焦る。

 側では静かに離れ行くソールの姿。

 その姿を見て声の主への若干の苛立ちと、離れ行くその背に何故か焦燥を感じ手を伸ばし呼び止めようと口を開くリィン。だが、しかし――。「白髪の君ッ! ねえ!」と今一度こちらを呼び掛けてくるその声に、ソールへと伸ばしていた手を直ぐ様、下ろさざるを得なくなる事となった――。

 駆けて来る、眼鏡を掛けた青年。

 彼はソールとすれ違い尚も此方へと駆けて来て、後もう少しでリィン達の元まで到達しそうと言う所でその、長い裾のローブを――




 ムギュッ!




 と何やら聞いてはいけなさそうな音を出し、見事に裾を踏みつけバランスを崩して……


 ビタンッ――!!


 とそれはそれは盛大に、転んだのだ――。


「「「ッ!」」」


 瞬間。反射的に眼前で繰り広げられた惨状にきつく、瞳を閉じる三人。

 彼が腕に抱え持っていた紙の束が広がる様に宙を舞い、一枚、また一枚と床へと舞い落ちて行き――


 場が、静寂と化した。


「〜〜〜」

「……だ、大丈夫ですかっ――!?」


 いち早く青年の安否を心配したネーヴェが驚きを顕に、声を放ち駆け寄る。

 強打の衝撃で声が出ないのか青年はその場で動けず、彼の周りには悲しいかな。死屍累々たる、一枚たりとも紐等で綴じられていなかった何かの紙達が凄い量で床に散乱。

 何とも物悲しい様相を呈していた――。


「ゆっくりとで良いです。こちらを向くことは出来ますか?」


 転けて倒れ込む青年を座らせて、怪我の具合を診るネーヴェ。

 ソールの姿はもう、近くにはない。

 その事に肩を落としつつも、目の前の眼鏡を掛けた、否、眼鏡を掛けていた青年を見遣りリィンは顔を強張らせた――。


 それにしても痛々しい……


 床へ顔面ダイブを果たした青年なのだが、顔からは見事なまでの鮮血――。見てる此方まで痛く感じる有り様で。彼を見詰めるシエルに至っては少々、顔色が悪いくなっていた。

 

「ぃ、ダダダ……。あ゛〜、ス゛ミ゛マ゛セ゛ン゛……」


 血で汚れる顔にて痛々しい声で青年が謝罪を述べてくる。

 無理に喋らなくても良いだろうに、笑顔にて言葉を紡ぐ青年は此方へと視線を向けて来て――。


(……あれ? この人、何処かで――)


 割れる事なく落ちていた眼鏡を手に。目の前で大変な事になっている青年の顔を見詰めふと、何処かで会った様な――とリィンは首を傾げた。


「ほ、本当にすみません、驚かせちゃって――。僕、何時もこんなで……」


 ネーヴェの治療を受けて少し。

 普段通りに喋ることが出来るようになった青年が此方を見遣り、少しずつだがゆっくりと言葉を紡いできた。

 話を聞くと何でも偶然、ロビーへと持って行かなければならない書類を届けに来てみたら、自分達が居たので思い切って声を掛けたと言うのだ。そして先程の惨劇に至った――と……。

 そこまでの彼の話を聞き終え一息。

 リィンは目の前の青年を見遣り、苦笑いを浮かべた。

 すっごい悪目立ちしたなぁ~、――と。


「それで、その――。さっきはありがとう。遺物、掴んでくれて。もし、壊したりなんかしたらどうなってたか……」


 そう、笑顔にて言葉を紡ぐ青年。

 よく見ると頬にそばかすが浮く彼はリィンが拾って返した眼鏡を掛け直し、二人にも謝意を述べ驚かせた事をまた謝っている。


「別にお礼を言われる様なことなんて、してないよ?」


 そんな彼に言葉をぽつり。

 したくてした事なので、感謝の意は必要ないとリィンは伝える。


「ううん。本当に助かったんだ。だから、ありがとう――。それにロビーでの一件も、すっごく嬉しかった。あんな事言ってくれる人、いないからさ。皆もきっと口には出さないかもだけど、そう思ってると思うよ? 怒ってくれて、ありがとうって……――」


 彼の言葉に。


 その、笑顔に――


 何故かは分からないがリィンは試験のことを思い出し、目を見開いた。


 そして――


 そうだ。


 今、しなければならない事とは何だ――?


 色々な事が起こり過ぎて頭が少しこんがらがってしまっていたが今は、控えている試験に合格し彼のような人達を守れる遺跡研究者を目指す事、シエル自身の件を解決する事ではないのか?


 試験に関しては啖呵を切った為後戻りは出来ないし、待ってはくれない。

 シエル自身の件に関しても今だ、命を狙われているのだから後回しになど出来ない。何よりその様な事、したくもない。


 優先事項を考えろ、リィン――


 あれもこれもと考え手を付けてなどいれば、いつか大切なモノを取り零してしまう。


 だから、考えろ――


 幸いと言っていいのかは判らないが恐らく、シエル自身の件と認定試験のこの二つ、何処かで必ず結びつく気がする。


 だったら――


「――ありがとう、おニイさん」


 感謝を言葉にして、目の前の青年へと告げる。

 彼の笑顔と言葉に、気付かされたから。


 やらなければならない事が、視えたから――


「?」


 青年がきょとんとした顔でこちらを見詰める。

 お礼を言わないとなのは自分だよ? とリィンを見詰め不思議そうにしている。

 そんな彼に今一度礼を述べ、リィンは決意する。


 一つずつ。


 自分に出来る事を成し続ける――


 皆を。


 守りたい人達の事を、守れるように――


(今は試験に受かる事とエル自身の件――、だな。あの得体のしれないヤツは必ず、また仕掛けてくるだろうし……。二人にもちゃんと、色々話さないと――)


 二人と共に彼と言葉を交わしつつ。

 リィンはこれからの事を思い浮かべ、気持ちを新たに気を引き締めた。











 お読みいただきありがとうございました! 次話もまた、読んでいただけると嬉しいです!

 

 本当に、書くって難しいですね。実は今回、ほぼ書き上げてたのを削除してイチから書き直してて……。時間、掛かってしまいました。自分の才能の無さに涙が出て来ます(本当に……。ぐすん)。でも、ガンバるです。


 ◆◇次話は『リィンの日記』。そして恐らく、その後から認定試験スタート――、かな?◇◆

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