怪しき者を追跡せよ!
よしよしよーし!お使い完了だ。疲れたしあとは帰って寝よう。
ぺっとんぺっとんと下手くそなスキップをしながら坂を登る俺の耳に偶然不穏な会話が入ってくる。
「……セレスのガキの……はどうなった?」
「うまくい………ますぜ!泣き……助……聞こえやしやせん………な……」
セレス?まさか……
声は路地裏から聞こえる。俺はさっと付近の店の入り口で商品を眺めるふりをしながら聴力を必死に働かせた。
「そりゃあただでさえ人々に忘れられた屋敷の更に地下なんだから聞こえる訳ねぇっつーの」
ギャハハと下品な声が耳に痛い。
つまりプリオルの妹はどこかの屋敷の地下……
「それにしても地下に儀式場があるって昔の金持ちの考えることは不気味っすね。」
「しっ、もしそれを聞かれたら俺らの首が物理的に飛ぶぞ。」
「おっとこりゃいけねぇや。じゃあまたあのガキの叫び声でも聞きに行きますかねぇ。」
男は視界の端でナイフをすりすりと手で擦り、そしてもう1人の男と共ににやにやと気持ち悪い笑いを浮かべながら路地の奥へと消えた。
胸糞悪い会話に、まだ子供の脳は会話から先の展開を連想する事を拒絶したいのか吐き気を催す。
この事を誰かに報告しに行くか、いや屋敷の場所がわからない今この男達をつけて場所の把握をするのが先決だ。
「うう、あいつらナイフ持ってたし俺見つかったら死ぬかも。でもここで動かなかったら俺一生この瞬間を思い出すんだろな……。」
気合を入れるために頬をパチンと叩くと注目されそうなので片手でモミモミする。
「うん、大丈夫。頑張るぞ。」
そうして俺の姿もすぐに薄暗い路地に吸い込まれていった。
裏路地に入って体感1時間ほど歩くと巨大な壁についた。おそらくこの都市をぐるりと一周している城壁で、彼らはどうやら壁の少し脆くなったところからこっそりと抜け出すつもりのようだ。
確か正規の入口はプリオルが封鎖したんだったっけ?
男達が通り抜けた事を確認して俺も壁のほうへ向かう。こっそり人を追いかけたことなんてないから緊張感で本当に息が詰まってしまう。体力も普段の何倍も奪われている。けどここで倒れるわけにはいかないんだ。
壁をくぐり抜けると鬱蒼とした森が広がっている。行きはテオがいたから魔物は襲ってこなかったし、ずっと喋りっぱなしで森の不気味さを感じる暇もなかった。
どこからか聞こえる魔物の鳴き声、木々に阻まれ不明瞭な視界、追跡の気配を消すにはぴったりな環境は本来今の俺にとってありがたい筈だが、実際は心細さと恐怖でブルリと震えている。
「目印、付けないと。」
俺はその辺に運良く落ちていた鋭利な石を使って通り道にある特徴的な木に目印をつけていく。ヘンゼルとグレーテルになった気持ちだが、俺自身はドロドロに汚れているし目印は原始的だしで絵本のようなメルヘンさは全く感じない酷い絵面だ。
ひたすら息を潜めて必死について行くうちに、突然森が開ける。うっかりそのまま進もうとした俺は寸のところで低木の茂みに身を隠すことができた。
葉の間からこっそり覗くとそこには、立派だがつる植物に覆われており、所々装飾が禿げている明らかに廃墟になった屋敷が建っていた。
屋敷の様子を必死に目に焼き付けようとして少し前のめりになってしまい、無意識に目の前の葉をかき分けてしまう。
「何か今でけえ音しなかったか?」
ぎくり、折角特定したのにここでバレたらお仕舞いだ。必死に右手で口を抑え、茂みの奥へと後ずさる。
「気のせいだろ、音ならさっきから魔獣がそこかしこで出してるじゃねえか。」
「それもそうだな。あの人の魔物よけがなければ俺たちとっくに奴らの晩御飯だ。」
再びギャハハと笑う男達の隙をついて、俺は来た道を全速力で戻ることにした。
本当はこのまま助けるのが1番だけど、俺が力をろくに使えない今、捕虜が2人に増えるオチしか見えない。
チートだか秘めたる力なんだか知らないが使えなきゃなんの意味もねえよ。
あまりの無力感に抱えた魔道書をぎゅっと握りしめながら、がむしゃらに走って教会を目指す。
再び壁をくぐり、全ての始まりの坂を登ったところで、フッと足の感覚が消える。
これは、体力の限界だ。
ドサリとそのまま全身が地面に叩きつけられる。
突如表道に姿を現した尋常ならぬ様子の少年にあっという間に人が群がってくる。
視界が暗くなっていく中、その中で一際際立つ金色の輝きが眩しくて、俺はそのままぎゅっと目を瞑った。




